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 私と殿下の婚約を解消するに当たって一番のネックは、これが家同士の利害関係による取り決めであることだろう。


 そもそも。スルタルク公爵家領は、広すぎる・豊かすぎる・王都から遠すぎる。どうぞ独立しなさいと言わんばかりの三拍子だったから、現国王はその家の娘と自らの息子の婚約を半ば強引に取り付けた。

 国王の親族になったら更に力を持ってしまうなどと言っていられる状況ではなかった。王権に依存する形で権力を増すならまだましと判断されたのだ。

 スルタルク家もスルタルク家で、痛くない腹を探られるのは煩わしい。父さまは私を可愛がっていたのでかなり渋ったが、王家からの打診を断っては角が立ちすぎる。仕方なく受け入れた。


 つまるところ、スルタルク公爵家が独立しないのであればこの婚姻はいらない。殿下には男兄弟がないので後ろ盾が必要というわけでもない。


 最近になってゲームの殿下が何を考えていたのかわかるようになった。

 シナリオで殿下は、王妃・もしくはこの国の重要人物の妻たるエミリアに危害を加えたことを理由にスルタルク公爵家を没落させる。エミリアがそのような地位に上り詰めたのは、愛されていたから、実は歴代最高の治癒魔法の使い手だったから、というだけではおそらくない。

 そこには政治的理由があった。愚かなレベッカのせいで扱いづらい公爵家。御しきれないなら、力を削ぐまで。


 殿下は大きくなりすぎたスルタルクを一度潰して作り直すのにエミリアとレベッカを利用したのだ。


 それがわかってしまえばあとは簡単だ。


「申し上げておきますが殿下、たとえ婚約がなくてもスルタルク公爵家に独立の意志はございません」


 まずはそれを伝えること。


「エミリアの治癒魔法の腕は類を見ないものです。今度魔力の強さを確かめてみては?」


 次にエミリアの有用性を知らせること。


「あら、向こうにいるのはエミリアですね。私は用があるので失礼しますけど、どうぞお二人で話されてください」


 そして殿下にエミリアの方を向いてもらうこと。


 もっと早くにこうすれば良かった。殿下との婚約を円満に解消してしまえば、下手にシナリオを変えようとするより失敗した時のリスクがないではないか。


 そうだ、遅かれ早かれ起こることだったのだ。


 (だめ、お願い、やめて!)


 可愛いエミリアのことだから殿下の気持ちもすぐに追いつく。これでエミリアも幸せだ。うん、よかった。


 (殿下が私以外を好きになるなんて身を切られるよりつらい)


 正式に破談になる前に父に伝えに行かないと。家は兄が継ぐだろうから私はやはり結婚して家を出る必要がある。


 (殿下以外と結婚などできるはずもないのに)



 ああ。心が言動とのねじれでぐちゃぐちゃだ。そうしたらわかってしまった。

 理屈をこね、もっともらしいことを言って。結局私は「別れよう」と言われるのが怖かったのだ。あの口で、声で、いつかそんな風に言われてしまったらと考えるだけで、こんなにも怖い。だから言われる前に自分から逃げた。


 初めて会った時、私を両腕に抱きとめてくれた彼。誰だかわからなかったのに、何も考えず飛び込んでしまったっけ。


 手作りのクッキーを「美味いな」と全部食べてくれた彼。また何か作りますと約束したのに。


 お風呂上がりの私を見て固まってしまった彼。あのときの表情は今考えると貴重だ。


 怒りに我を忘れた私を呼び戻してくれた彼。世界にあなたしかいなくなったかと思った。


 グルーの背の上で、風に髪をはためかせながら私を振り返る彼。これからは同じように別の誰かを乗せてあげるんだろうか。


 私とエミリアを助けに来てくれた彼。来てくれたことをもっと喜べばよかった。


 怪我ないかと心配してくれる彼。しょっちゅう私を心配してくれるのは、実は結構嬉しかった。


 殿下が好き。

 一回でもそう伝えればよかった。


 気づくとうす暗い道を寮に向かって歩いていた。ぼんやりしすぎだ。最近やりたくないことをやりすぎて疲れきってしまった。もう寝てしまおう。

 そういえば今朝メリンダがクリスティーナを預かると言って連れて行ってしまったけど、私はそんなに疲れが顔に出ているんだろうか。


 ふらつく足を叱咤して寮の自分の部屋までたどり着いた。ドアノブに手をかけ、開いて中に入ってから思った。


 あれなんで、かぎがかかってないんだろう。


 私の部屋なのに人がいた。薄暗い中明かりもつけず、入り口に呆然として立つ私を見ていた。


 群青が、今日も綺麗だと思った。

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