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 それはいつもと変わらない、なんの変哲も無い一日になるはずの日。


「レベッカ様ぁ、ご相談があるんです!」


 なあに、エミリア。


 それを最後に私は言葉を失った。


「私、殿下のことが好きになっちゃいました。レベッカ様の婚約者であることはわかってるんですが…何とかなりませんか?」


 鈍器で殴られたかと思った。その方がまだましだとも。今まで見てきた彼の姿が次々と浮かんでは消えて行く。


 初めて会った時、私を両腕に抱きとめてくれた彼。手作りのクッキーを「美味いな」と全部食べてくれた彼。お風呂上がりの私を見て固まってしまった彼。怒りに我を忘れた私を呼び戻してくれた彼。グルーの背の上で、風に髪をはためかせながらこちらを振り返る彼。私とエミリアを助けに来てくれた彼。怪我はないかと心配してくれる彼。


 笑った彼、眉を寄せた彼、困った顔の彼、楽しそうな彼。


 最後に、夕焼けを背景に私を優しい目で見つめる彼が脳裏をよぎった。

 握ってくれた手の温かさも、夕方の王都の匂いも、今でも全部ちゃんと思い出せる。それでもまるで遠い昔のことみたいに思えた。


 そのときやっと気がついた。私は殿下に恋をしている。

 自覚はなかった。初めて出会ったその時から、息をするよりも自然に、あなたのことが好きだったから。それは私にとってあまりに当たり前の感情すぎて、わざわざ考えたことがなかったのだ。


 なんだ。はっきりと言葉にしたことがないのは私もじゃないか。



 全てから目を背けて瞼を閉じる。


 シナリオからは、逃げられない。


 ***


 時は遡って7月中旬、レベッカ・エミリア・メリンダの3名がキューイ子爵邸にて第2回お泊まり女子会を開催したとき。

 レベッカが完成した美しい花かんむりに満足して、庭の芝生に寝転がりすよすよと健やかな寝息をたてていたとき。残された二人は額をつき合わせて唸っていた。


「まさかここまでひどいと思ってなかったわね…」


 とは蜜のような瞳の少女の言。


「どうしてこうなるんでしょうかね」


 とは銀色の髪をした可憐な少女の言だ。


 二人は夏季休業に入る前から、レベッカとルウェインの微妙なすれ違いに感づいていた。大事な親友たるレベッカが、時折不安そうな、物憂げな表情を見せるのを知っていたからだ。


 先日、レベッカとルウェインがデートに繰り出したまでは良かった。しかし帰ってきたレベッカに話を聞けば、楽しかったと心から言いつつも、どこかほんの少し浮かない様子。

 デート『みたい』、恋人同士『みたい』と繰り返すレベッカに、二人はやっと漠然とした違和感の正体に気づいた。


「レベッカ様はどうして根本的なところでご自分に自信がないのでしょうか…」

「さあね。行動で当たり前に伝わっていると思って言葉にしていない殿下も悪いんでしょ」

「それでも今回はレベッカ様に非がありますよねぇ、完全に…」


 そして信じられない事実はもう一つあった。「レベッカ様は殿下がお好きなんですよね」と確認した二人に、あろうことかレベッカは「そんなこと考えたこともなかった」とのたまったのだ。

 あれは照れ隠しなどではなかった。本気でキョトンとしていた。そのとき二人は事態の深刻さに愕然とした。


 銀色の少女は少し何かを考え込むようにしてから、一層美しく笑った。


「ちょっとつっついてみましょうか」

「良いけど、私やあなたが殿下に進言したところで、レベッカに伝われば『好きだと言えと言われたから言ってくれた』としか思われないわよ。

 もっと心から、殿下が自分をどう思っているか、自分が殿下をどう思っているかを思い知らせないと」

「私もそう思います。ちょっと頑張ってみましょう。でもレベッカ様は絶対に傷つかないようにしたいですね。泣かせてしまったりしたら『腹切り』する他ないですから」

「なにその危ない思想?」


 二人はそれから作戦会議を行い、「良い案かもしれないが王太子に睨まれたくない」と言った子爵令嬢のメリンダではなく、「極刑にでもされない限り王子など怖くない」と言い切ったエミリアがその任に就いた。


『王子を好きになってしまったので、私は平民ですが、婚約を解消して彼を私にください』。


 それは、本来なら冗談にも取ってもらえないようなただの戯言。100人いれば99人が……レベッカ以外の全員が、真面目に取り合わないであろう荒唐無稽なお願い。


 エミリアがなんか変なこと言いだして、友達だからちょっと真面目に考えてあげたら、殿下を取られるのが嫌だと気付いて、私殿下のこと好きなんだーってなって、殿下は殿下でそんな婚約者の様子に気付いて、ちゃんと「好きだ」って伝えてはいハッピーエンド。


 エミリアとメリンダが期待したのはその程度の展開だ。


 しかし二人は知らなかった。

 レベッカだけは、その嘘みたいなお願いの内容が、現実に可能だと知っていることを。レベッカにとってエミリアだけは、心のどこかで敵わないと負けを認めてしまっている相手だということを。


 だから二人は夢にも思わなかった。

 エミリアから相談を受けたレベッカが、まさか本気でルウェインとエミリアの仲を取り持って身を引こうとするなんて、本当に、夢にも思わなかったのだ。

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