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 頬を伝う涙を拭おうとしない侯爵令嬢。自分が泣いていることを認めないためだろう。声を荒げるわけでもなく、弁明をするわけでもなく。潔く凛とした彼女の姿は私の目に好ましく映った。


 キャランが殿下に想いを寄せていることは最初から知っていた。

 しかし、その感情が原因で幻獣が暴走したと知った今、わかったことがある。幻獣に悪影響を与えたということは、彼女にとって殿下への恋慕は心の弱い部分だったのだ。つまり私に対して負の感情を持っていたということだ。

 気高い彼女はその感情を押し殺していただろうがオウカはそれを利用した。私たちに嫌がらせをしたり誘拐したりするよう操るのがずっと楽だったに違いない。


 彼女は一度「申し訳ございませんでした」と私に深々頭を下げ、遅れてやって来た教師に連れられてその場を去った。幻獣が他の生徒を傷つけようとしたのだ、彼女の今年度の三強入りは難しくなったと言わざるを得ないだろう。


 事件が解決の兆しを見せ、固まっていた空気がやっと動き出した。

 話を聞いて飛んできた殿下のせいでまた一度騒然としたが。殿下が「怪我はないか」とぺたぺた私の体を触っている間、シャルロッテに声をかけた。


「あの、なぜ私のようなものから龍の幻獣が生まれてきたのか、お考えをお聞かせ願えませんか」

「確かに君はあまり魔力が強いほうではないようだね。そうすると人間性が大きいんじゃないか?」


 答えたのはシャルルだ。それほど人間ができているつもりはないので納得できない。

 首をひねったら、「殺されかけたのに相手に怒りもしない人間は初めて見たよ」と笑われた。それでも、私より性格の良い人間は沢山いるだろう。


「幻獣との絆」


 今度こそシャルロッテが呟いた言葉を聞き返す。


「絆?」

「貴方様の幻獣は貴方様に大変懐いている様子。卵が孵る前『龍に成れ』と仰った事は?幻獣が主人の命令を叶えようとした可能性が有ります」

「いいえ、そのようなことは…」


 「ああ」と声をあげたのは殿下だった。


「言っていたな。『空飛ぶ蛇になってもいい』と、グルーの背の上で」


 えっ、あれで!?


 思わずポケットの中を確認した。危険を排除するなりまた小さな蛇に姿を変えたクリスティーナは、「そうだよ」と言わんばかりに目をキラキラさせて私を見ていた。


 ***


「レベッカ様、一位おめでとうございます!」


 『夏』の結果に春が来たかのような笑顔を浮かべるエミリア。私はそれをクリスティーナへの賛辞と受け取り、満面の笑みを返した。


 『夏』から今日で一週間。発表された結果は以下の通りだった。


 10位 ジュディス・セデン

 9位 該当者なし

 8位 オズワルド・セデン

 7位 セクティアラ・ゾフ

 6位 サジャッド・マハジャンジガ

 5位 ヴァンダレイ・スルタルク

 4位 オリヴィエ・マーク

 3位 ルウェイン・フアバードン

 2位 エミリア

 1位 レベッカ・スルタルク


 第3学年の部が終わった時点で、優勝候補は殿下とオリヴィエと私の兄のヴァンダレイだった。兄は炎のたてがみを持つ馬で行った流鏑馬(やぶさめ)が見事なものだと大好評を博したらしい。


 しかし第1学年の部で状況は変わる。伝承にしか無い獣が幻獣となって現れたケースは開校以来指を数えるほどしか無い。それが今年はどうしたと言うのか、同じ年に九尾と龍の2組が現れて教師もたまげた。

 より希少なクリスティーナに1位が贈られこの結果となったのだが、多くの人がクリスティーナを認めてくれたのがとても嬉しい。


 空席の9位はおそらくキャランのはずだったのだろう。あの事件は内々で処理されてあまり噂にはなっていない。私も彼女の評判が落ちるようなことにはならないでほしいと切に願っている。

 親衛隊の生徒たちは校内で私やエミリアを見ると頭を深く下げ道を譲る。その中には私とエミリアに嫌がらせをしていた生徒もいた。操られていた間に出した指示に関してキャランから話があったのだろう。そんな生徒を見るたび、私とキャランは出会い方が違ったならきっと良い友人になれたなと思う。


 授業が終わってエミリアと話していると、眼鏡が似合う長身の男性がやってきた。


「エミリア!2位おめでとう!」

「ありがとうございます、ガッド」


 彼はガッド・メイセン。私にも軽く頭を下げて挨拶してくれる。普通に見れば『第1学年の同級生』、個人的には『エミリアに恋しているのに全く相手にされていない人』だ。

 ここ数日彼の顔はよく見ている。夏期休業があけてからやたらとエミリアに話しかけているのだ。エミリアは夏季休業中王都の図書館でたまたま会って話したと言っていた。さほど親しくなったわけではないとも言っていたが、あっちはそうは思ってなさそうだ。


 でももしエミリアさえ良いのなら。談笑する二人はなかなかお似合いで絵になっている。彼は攻略対象ではないがかなりの良い男だし、性格も優しそうだ。


 そんな二人を見てつい、攻略本で読んだ、殿下と主人公が結ばれるシーンを思い出した。


 『冬』は『合戦』のあとに全校生徒参加の舞踏会が開かれるまでが伝統だ。生徒たちは一年間の互いの健闘を讃えあい、語り尽くして踊り明かす。

 その場で婚約者である悪役令嬢を断罪し、わだかまりがなくなった殿下は、ダンスの途中で主人公に掠めるようなキスをして、


「これからも、一緒にいるならお前がいい」


 こんな風に伝える。

 …しまった、腹痛・胸痛・頭痛等々全身の体調が急に悪くなってきた。もう思い出すのはやめよう。


 ともかくこの未来を回避するためにも、個人的にガッドくんにはエミリアの迷惑にならない程度に頑張ってもらいたい。

 まあ、昨日「彼と付き合うのもいいんじゃ」という趣旨をエミリアに伝えたところ、「私はレベッカ様一筋です」と妙に誇らしげに言われたのだけど。


 ガッド・メイセンは別の名を『サポートキャラ』。攻略本には主人公と結ばれる運命には無い不憫な男だと書いてあった。

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