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 シャルル・シーガンは審査団の一員として会場を回っていた。そしてふと己の双子の妹がふらふらと一団から離れていくのに気が付いた。妹は意外にもその慇懃な態度に反し集団行動が苦手だ。いつものことだと声をかける。


 妹は突っ立って一人の女性を見つめていた。


「シャルロッテ。そんなに見つめてどうした?彼女はそんなに気になるか?」

「ええ。シャルル、彼女どう思う?」


 どうとは。


 シャルロッテの視線の先にいるのは黒髪の令嬢だ。椅子に座って、話しかけてくる隣の男に時折返事をしている。


 透き通った白い肌に艶めく黒髪。その対比と泣きぼくろが印象的な、大変魅力的な女性だった。今は少しだけ肩の力を抜いているようで、隙のある表情と暑さに火照った頰は男性陣に目の毒だ。かなり人目をひいている。特に、目が肥えていない一般の観客からすれば見たこともないほど美しく映るだろう。今も見とれた少年が一人、前方不注意で椅子に激突した。


 ――あれが噂の『スルタルク公爵家の宝石令嬢』。珍しい黒髪だけでなく、一挙一動の隠しきれない気品が簡単にその名前を思い起こさせた。


 シャルルは「正直に言ってかなり好みだ」と言おうとしてやめた。妹の瞳が真剣そのものだったからだ。


 そこでやっと、令嬢の腿の上で眠っている幻獣に意識を向ける。なんとも幸せそうだ。その蛇、蛇は…


 そこで彼はぴしりと固まった。

 ――――蛇?待て。あれは本当に、そんな小さな存在か?


「ああ…なるほど?あれはまだ卵なのか?」

「私もそう思う。多分何になるかを途中で変えて、未完成の状態で出て来ちゃったんだわ」


 その幻獣は見つめれば見つめるほど輪郭がぼやけて見える。一生懸命目を凝らすと、少なくとも小さな体に見合わない膨大な魔力がその身に秘められていることだけは察せられた。

 シャルルにわかるのはそこまでだ。双子が一緒にいるなら頭を回すのはいつも妹の役目だった。なぜならシャルロッテの幻獣は、賢の象徴ともいうべき存在だったからだ。


「ねえ、あの子、何かな?」


 シャルロッテの言葉はシャルルに向けたものではない。長い髪で隠された背中に張り付いた、彼女の幻獣に向けたものだ。

 両肩から顔をのぞかせたのは二匹の亀。二匹で一つのその亀は知能というただその一点に全てを振りきっている。片方が知識を、もう片方が知恵を司る。主人たるシャルロッテとのみ会話ができ、4万年の生で得た知識と知恵を惜しげも無く伝えてくれる。

 3年前妹の卵から4万歳の幻獣が孵ったときは意味がわからなさすぎて困惑したものだ。


 亀と話していたシャルロッテが「わあ!」と声をあげた。何が生まれるって、と聞こうとしたシャルルの声は周囲のざわめきにかき消された。


 一人の女子生徒の幻獣が暴れ始めたのだ。それは子熊で、明らかに件の令嬢に向かって憎しみの唸り声を上げている。


「…止めないで見ていようか」


 シャルルの提案にシャルロッテは間髪入れず頷いた。


「今度こそちゃんと生まれるかな」


 シャルロッテが待ちきれないといった感じで言うので、シャルルもはやる心を落ち着かせられなくなってきた。今から見るのは歴史的瞬間かもしれない。


 子熊が巨大な熊へと変貌して、令嬢に襲いかかったその瞬間。膝にいたその幻獣は目が潰れそうなほどのまばゆい光を発した。

 双子は互いにそっくりな顔を見合わせ、楽しそうに笑った。


 ***


 その光には見覚えがあった。クリスティーナは殻を割って生まれたときもこんな風に発光していたのだ。

 しかし不思議なのは、眩しいのに眩しくないことだ。最初こそ反射的に目を瞑ったが、真っ白なのに目を覆いたいとは思わない。皆同じ状況のようで、ランスロットも周りにいた人たちもみんな、ただ口を開けてそれを見ていた。網膜を焼かれる苦痛に呻いたのは唯一熊だけだ。よたよた後ろにのいて尻餅をつく。


 光が和らいだとき、そこに光源であるはずのクリスティーナはいなかった。思わず立ち上がると自分の体にぐるりと巻きつく存在に気づいた。


 つやつやの白い体はそのままだ。私の体を2.3周しても余りあるほど大きく太く長くなっていること以外は。


 クリスティーナは大蛇になったのか。


 平然と受け止めようとした頭は音を立てて思考を停止してしまった。スルスル動く胴の途中にありえないものがついているのを見つけたからだ。


 足が、ある。


 鋭い鉤爪のついた足。背中をさらにぐるりともう一周して現れた頭部を見たとき、私はやっと声を出せた。風になびく髭も眉も、前より神秘的になった瞳も、全て前と同じ白色だ。


「クリスティーナ、あなた」


 龍だったのね。


 自分が何に姿を変えたのかをわかってもらえたことより、それを受け入れてもらえたことより。また同じ名前で呼ばれたことを何より嬉しく思っているように見えるのは、きっと気のせいじゃない。


 だって私はこの子の主なのだから、それくらいわかるというものだ。


 ***


 歴史を紐解いても一度も現れたことのない龍の幻獣。人々はその重要性に気づいて、もしくはその神々しさに圧倒されて、押し黙る。


 空気を壊してコツコツという足音が響いた。見れば、海が割れるように自然と開いた人垣から姿を現したのは、あのシーガン兄妹だ。


「スルタルク様、御喜び申し上げます」

「良いものを見せてもらったよ。まさか龍の子だったとはね」

「あ、ありがとうございます」


 シーガン兄妹は他となんら変わらぬただの審査をしているような態度だ。至って平然とした二人と私はこの場で酷く浮いている。周りの人は、隣のランスロットでさえ、まだ衝撃から立ち直ることもできていないというのに。


「君、その子は拘束するね。怪我人が出るとまずいから」


 兄のシャルルがそう口にすると、大きな影がゆらりと宙を泳いだ。生きる伝説ともなっている兄妹の幻獣。知の妹、武の兄。兄の幻獣は巨大なシャチである。


 空中を水中のごとく泳ぐそのシャチは、体を透明にできるだけでなく、ありとあらゆる障害物をすり抜けることができるというのは有名な話だ。昨年の『冬』・通称『合戦』で殿下を最も苦しめたのはこの幻獣だとも聞いている。

 シャチは空中を悠然と進んで熊を丸飲みにしてしまった。キャランが短く悲鳴をあげる。


「御機嫌ようゴウデス侯爵令嬢。貴方様の幻獣が暴走した理由ですが」


 今度口を開いたのはシャルロッテだ。知の化身を両肩に落ち着いて話しだす。


「幻獣は主人を映す鏡。貴方様の幻獣は貴方様の心の内を反映し先の行動を取ったと愚考します。御心当たりがお有りですか」


 キャランは頰を張られたような顔をした。


「ええ」


 その頰を水滴が音もなく流れ落ちた。ぽたぽたと止め処なく溢れるそれを見て、私はある感情で胸が軋むのを感じた。


「レベッカ様。わたくし」


 これは罪悪感だ。


「貴方が憎くて仕方ないのですわ」


 知っています。

 心の中だけで答える。


 『キャラン・ゴウデス。五高、第2学年、魔法に才能あり、赤色の巻き髪、幻獣は子熊、







 備考:ルウェインのことが好き』

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