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 驚きに目を見開き急ブレーキをかける。男はそれをへらへら見ていた。同時に外の騎士たちによって壊されかけていた結界が、急速に修復され立て直されていくのを肌で感じる。振り向くと追いついたキャランが九尾に小さな札を貼り付ける瞬間を見た。


 ああもう。


「何か変だと思いました…貴方でしたか、『ハル』」

「まだその名前で呼んでくれんだな。嬉しいよ『べス』」


 五高であっても使えるはずがない転送魔法。若い女だけを通す結界。誘拐したのは性格的にそんなことをするはずでないキャラン、しかも虚ろな目をして一言も喋らない。


 『春』の日出会ったこの男。やけに馴れ馴れしいのが懐かしい。初めて会った日と同じように、学園の制服を着ている。

 夏のこのイベントには何も関係なかったはずだろう。どうしていつもいつもシナリオを変えて登場してくるのか。


「あなた、本当に『面白さ』のために動いているのですか?」

「さあ。どうだろうな。少なくとも俺が今楽しくてしょうがないのは事実かな」


 適当に話をしながら必死で頭を回す。テーマはもちろん、この状況をどう切り抜けるかだ。


 エミリアは私から離れ、心配そうに九尾の様子を見ていた。九尾は魔力を封印されてあと30分は動けないだろう。キャランはぼうっと立ったまま。唯一の出入り口はこの男の後ろだ。結界も彼が張ったものだったんだろう。結界魔法は使用者なら条件にかかわらず出入りが自由だから。この男がいる限り外から結界が破られることは期待しないほうがよさそうだ。

 つまり相手にするのは高等魔法を使いこなす物理攻撃無効の精神体男と、その操り人形と化した令嬢、ちなみに魔法が得意。対するこちらは治癒魔法しか使えない脳筋女子と、剣の腕が少々の私。


 知っている、こういうの。母が言っていた。『詰んでる』だ。

 とりあえず時間を稼ぎながら相手の目的を探ろう。


「私たちをどうする気ですか」

「治癒魔法使いのそっちの彼女には俺の体を復活させてもらいてえな。レベッカは…んー…何もしなくていいぞ」

「じゃあ逃がしてもらえませんか」

「そりゃだめだ」


 『ハル』は噛んで含めるように続けた。


「何もしなくていいから、俺のそばにいろ」


 …え?

 驚いた。何か特別な意味を感じるのは気のせいだろうか。『ハル』の細められた目の奥に得体の知れない感情がある気がして…いや、目といえば。


「どうして前より髪と目が赤いんです?」

「ん?これはなー、魔力をたくさん貯め込んでる時ほど鮮やかな赤になんだよなー。初めて会った時はもっと茶色っぽく濁ってたろ?」


 そうなのだ。『ハル』の髪は初めて会った時の鳶色ではなく、血みたいな真っ赤。初めて会った時もこの赤だったら『ハル』がオウカだと気づけた。攻略本には真っ赤な髪と書いてあったから、美形だし攻略対象かもと疑ったにもかかわらず思い当たらなかった。


「数ヶ月大人しくしてたらだいぶ貯まってな。例えば俺とお前とエミリアの3人を外国に転送することもできそうだわ」

「…え」


 後方でエミリアが声を出した。

 シナリオの強制力が強すぎたせいで、私はいつの間にかそれに頼って安心していたようだ。シナリオ破りのこの男は私たちを遠くに連れ去ることもできるというのか。

 せめて何か抵抗をしようと、スカートの中の短剣に手を伸ばした。



 が、やめた。


「あなたそんなことしようと思ってないでしょう」


 あまり確証はなかったけど言った。でも『ハル』が初めてへらへらするのをやめたから図星なんだろう。


 自分でも不思議なことに、さっきからこの男に微塵の危機感も警戒心も湧かないのだ。それに本当にそんなことをするつもりならゆっくり話してないでさっさと実行すればいいのである。


 正面から彼を見据える。瞳をじっと観察して、先程見た謎の感情の正体を知ろうとした。


 それは恋の熱でも情でもましてや執着でもない。


 保護者のような、慈愛であった。


「…当たり。ただ俺は―――」


 その色を隠そうともしなくなった『ハル』が柔らかに言ったのと、


 パキパキ、バキン。


 結界が散り散りに砕け散ったのは同時だった。魔力が細かい粒子となってきらめきながら降ってくるのが目に見える。


 『ハル』が道を空けるように扉の前からどいた。間を空けず扉がバタンと開いて人が入ってきた。辺りを包む光のシャワーがこれ以上ないくらいよく似合う人だった。


「――彼が来るのを待ってただけなんだよなあ」


 どうして。


 それだけが私を支配する。あなただけは来られないはずだった。あなただけは来てはいけなかった。

 あなただけは、エミリアの相手になって欲しくなかったから。



『そこで助けに来てくれる攻略対象こそ、主人公の最終的な恋のお相手』。


「レベッカ、無事か?」


 全然無事じゃない。だって、殿下、あなたが来てしまった。

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