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 先日6月の試験の結果が発表された。試験は学年別なので、『行事』とは違って各学年のトップ3のみ公開される。貼り出されたそれを見て私はしばらく自分の目を疑った。

 私は第1学年で一位だったのだ。その下にはガッド・メイセンなる人物、そしてエミリアの名前が続いていた。エミリアの順位はシナリオと同じだ。メリンダは十二位だったと言っていた。直前の詰め込みでその結果は十分賞賛に値する。

 第2学年の一位には殿下の名前があり、オズワルド・セデン、フリード・ネヘルと続いていた。

 第3学年は一位にセクティアラ・ゾフ、二位にヴァンダレイ・スルタルクと続き、三位には同率でディエゴ・ニーシュ、レイ・ロウとあった。


 喜びの最高表現として抱きついてきたエミリアを受け止めつつ、抜かされないよう精進しようとこっそり心に決めた。


 ***


 あまり重要でないことなのだが、私は現在殿下に対し『ツンツン期』なるものを実践している。命名・立案はエミリアである。

 理由は一つ。私とエミリアに嫌がらせを行うよう指示していた人物の名前を、殿下が私に伏せているからだ。

 殿下がそんなようなことを言っていたことをふと思い出したのが事件から3日後の二週間前。教えてほしいと頼んだのに叶わなくて拗ねたのがその次の日。


 『ツンツン』のやり方は簡単だ。会ったら頬を膨らませてそっぽを向く。向いていても話しかけられればそのまま答えるので、だからなんだという感じなのだが、エミリアの言った通りなかなかどうして効果がある。

 殿下が私の機嫌を取ろうとしてくれるのだ。甘いもののプレゼントは嬉しい。頭を撫でられるのはもっと好きだ。

 しかし実のところ、私も殿下もわかっている。私は殿下の仕事に機密があることをちゃんと理解している。だから本気で拗ねてなどいなくて、これはただのポーズなのだ。要するにそんな戯れをするような関係になれたということなのだろう、言葉にするとちょっと恥ずかしい。


 ***


 明日からは夏季休業。そして今日は第1学年の生徒たちに幻獣の卵が渡される日だ。待ち望んでいたこの日。昨日はもちろん眠れなかった。


 受け取った卵を大事に抱えた私を、エミリアは微笑ましそうに、メリンダは呆れたように見ている。


「楽しみですねぇレベッカ様」

「あなた今からその調子なの?」


 卵が孵るには二週間から六週間かかる。早い方が良いということも遅い方が良いということもなく、ただ主の影響を色濃く受けた幻獣が生まれる。温めたりする必要は特に無い。だが漠然と、常に行動を共にした方が良いとは言われていた。

 私の卵は周りより小さかったように思える。大きさが多少違う以外見たところみんな一緒に見える卵たちのうち、どの子が渡されるかは完全に運。

 そこも含めて幻獣祭なのだが、私の卵が小さいのは当たり前である。生まれてくるのは小さくて可愛らしい白蛇なのだから。


 メリンダは手のひらより大きい自分の卵を手慰みに机の上で転がしていたが、突然笑みをたたえて席を立った。見れば、離れたところにフリードが立ってこちらを見ている。私は頰を引きつらせてその様子を眺めた。


 鉢植え飛来に始まる一件のあと殿下は私にある決まりを言い渡した。


 どんなことでも報告・相談すること。互いに多忙で会う時間が取れない時は、フリード・ネヘルとメリンダ・キューイに連絡役を頼むこと。


 私はその決まりを受け入れざるをえなかった。心配されているとわかっていたし、その件を殿下に報告しなかった負い目があったからだ。

 殿下は今回の事件を自分の求心力を高めるのに上手く利用していたとはいえ、また同じようなことをしてしまっては迷惑でしかない。


 おかげでメリンダとフリードが話す機会を作ってしまった。いや、メリンダがフリードに一方的に話しかける機会を作ってしまった、の方が正しいか。彼は無口を具現化したような男だから。

 そう思っていたのだが。


「そうだわ、レベッカ。フリード様が『殿下は人間らしく笑うようになった、レベッカ嬢には感謝している』と仰っていたわよ」

「フリード様?それどこのフリード様?」

「フリード様はこの学園にあの方一人よ」

「あっブレッド様?それともフレンド様かしら」

「しつこいわよレベッカ」


 彼はいつからそんな長文を話せるようになったのか。あと、道理で最近睨まれなくなったと思っていた。

 あなたのほうがよっぽど人間らしくなったんじゃ、という返信はメリンダによって却下された。


 ***


 夏季休業に入ったということは、約一週間後に殿下とのお出かけを控えているということだ。

 どんな格好がいいのだろう?どこに行くかは殿下にお任せしたので、どんな場所でも対応できる無難な感じにしたい。

 私はこういう時の切り札、『お友達』を召喚した。終業式を終えてもまだ寮に残っていたエミリアとメリンダは、ああでもないこうでもないと私を着せ替え人形にした。


「うん、これがいいです!かわいい!」


 エミリアが太鼓判を押したのは、アイスブルーのノースリーブとふくらはぎまで隠す軽やかな白いレースのスカートの組み合わせだ。白っぽいハンドバッグと低めのヒールを合わせる。なかなか清楚な感じに仕上がったのではないだろうか。


「ところでエミリアあなた、殿下のこと認めてるの?」

「目の前でレベッカ様を誑かされると内心『この野郎』と思いますが。この国の次期最高権力者というただその一点は素敵ですね」

「あなた不敬って言葉知ってる?」


 鏡の前でどきどきしていたおかげで、友人二人の不穏な会話は私の耳に入らなかった。


 翌日メリンダと共に寮を出た。私は7月をメリンダのキューイ子爵家の領地で過ごし、8月を王都で働く父が住む家で過ごす。スルタルク公爵家領は遠すぎるので今回は帰らない。

 兄が7月を父の家で、8月をどこか別の場所で過ごすと家の者に聞いていたので若干意識した。『春』の結果発表、そして試験の結果。度々名前を見かける兄から私は未だに逃げている。学園でも全く見かけないし、何か困ることが起きない限りおそらくずっとこのままだ。


 しかし兄だけを意識した予定の組み立てではない。夏に起きるゲームの一大イベントのことも考えている。


 今日まで寮にいて明日家に帰るというエミリアに見送られ馬車に乗り込んだ。別れの悲しみはあまりない。薄情なのではなく、エミリアとはすぐに会う約束をしているからだ。

 キューイ子爵家領は王都から比較的近いにも関わらず自然豊かな場所だ。何度か遊びに行ったこともある。

 私は卵を撫でながら、この子に乗馬を経験させてあげようと思案した。

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