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 本日、王立貴族学園の全生徒が講堂に集められた。2ヶ月前も聞いた学園長の朗々とした声が響く。


「6月になった。7月からは夏季休業に入る。夏季休業があけた9月には夏の『行事』を控えている。

 夏は『幻獣祭』。第1学年には今月末幻獣の卵を配る。夏休みをかけてじっくり育てろ。それぞれに見合った幻獣が孵るだろう。第2・第3学年はこの一年彼らを育ててきた成果を存分に見せろ。

 9月初めの『幻獣祭』にて発表してもらい、評価がつけられる。私も楽しみにしている。それでは解散」


 私は踊りだそうとする心を一生懸命抑えていた。ずっとかわいい相棒、もといペットが欲しかったのだ!


 幻獣というだけあって、その動物たちは普通の獣とは少し違う。例えば殿下の鷲は体の大きさを自在に変えられる。学生時代から一緒に困難に立ち向い、長い時間をともに過ごす幻獣たちは、貴族にとって唯一無二。人生のパートナーなのだ。


 もちろん私はレベッカの幻獣を知っている。白蛇だ。大きいわけでもなく手のひらサイズである。

 ゲームでレベッカは自分の幻獣を嫌がっていたし、なんだか意地悪な性格をした蛇だったのだが、そんなの育て方が悪いのだ。ちゃんと可愛がれば懐いてくれるに違いないのだ。私は爬虫類が怖かったりもしないので良かったと思う。


 そんなわけで一月後が待ち遠しい。


「レベッカ」


 名前は何にしようか。


「ねえレベッカ聞いてるの?」


 へび…へび…白蛇…


「レベッカってば!」


 そうだ!


「クリスティーナ!」

「えっ誰!?」


 私のすぐ隣で声をあげたのはメリンダだった。私としたことが、ずっと話しかけられていたのに気づかなかったようだ。突然まだ見ぬ幻獣の名前を呼んだせいで驚かせてしまった。


「ごめんなさい。なあに?」

「いやそれよりクリスティーナって誰よ」

「私の幻獣につける名前よ」

「あなたも大概変なやつよね」


 背後から空気が抜けるみたいな音がした。振り返ると、そこにいたのは殿下だった。口元を手で押さえて小刻みに震えている。きらめく金の髪に隠れて見えない瞳には、きっと涙も浮かんでいる。


「で、殿下が笑ってらっしゃる…」


 殿下がお越しだと伝えようとしてくれていたのであろうメリンダは信じられないといった風だった。殿下は案外よくお笑いになるわよ、とは教えてあげなかった。


 殿下はひとしきり笑ってから私の隣に腰掛けた。冷たい美貌と評されるお顔には、まださっきまでの笑みが幾らか残っているように思える。


 夏季休業中の予定を聞かれた。


「公爵家領に帰るのか?」


 うーんと首をひねったがそれは無いなと思う。母は亡くなっているし父はこの王都にいる。

 王都で働いている父に代わって7年前から公爵家領を治めているのは叔父だ。無害を絵に描いたような頼りなさそうな見た目だが存外頭がキレる人で、立派に領地を治めてくれている。吹けば飛んでいきそうなのは頭髪だけだ。


 父のとは全く違う叔父の頭部に想いを馳せていると、殿下の手がするりと私のそれに重なった。驚いて視線を戻す。


「俺と過ごそう。他に予定がないなら。婚約者なら王宮に泊まることができる」


 心惹かれるお誘いだ。手を握られているせいかこの前の手首へのキスを思い出し、顔が熱くなった。


 でも。王様、そして特に王妃様とお会いするのは緊張する。たしか母はこの感情を『嫁姑問題』と呼んだ。


「お誘いは嬉しいのですが…夏中王宮に泊まってはご迷惑でしょうし…」

「そうか。では俺の部屋に泊めよう」

「もっとダメですよね!?」

「わかったわかった、ならその間俺はお前の客室に泊まるから」

「それはどうなるんですか!?」


 顔を赤くして声をあげた私を殿下は――勘違いでなければ、愛おしそうに、見つめていた。


「冗談だ」


 うっと言葉に詰まる。顔が、顔が熱い。


 誰にも見せない表情をどうして私にだけはそんな風に惜しげも無く晒すのだろう。何も言えなくなってしまうではないか。

 気づけば夏季休業に入った最初の土曜日に殿下と二人でお出かけをすることになっていた。流れるように約束を取り付ける手腕は見事としか言いようがない。


 殿下が立ち去り、物思いに耽る。


 殿下はもしかしなくても、私のことを憎からず思ってくれているのだろうか。はっきりと言葉で言われたことはない。しかしこれで殿下の気持ちが少しも私にないのなら、私には殿下に気性の荒い馬をけしかけるくらいの権利はあるだろう。


 私と殿下の会話に乱入しようとしたランスロットをりんごを握りつぶすことで威嚇していたらしいエミリアが話しかけてくるまで、私はふわふわとした思考に身を委ねていた。


 その後「ルウェイン殿下とレベッカ嬢の仲はお熱いものである」という世にも浮かれた噂が流れた。遠巻きに様子を眺めていた生徒らによるものらしい。

 たしかにあそこは人の目があった。何を言われようと文句を言える立場ではない。だが、私に噂を伝えてくれたメリンダは隠そうともせずにやにやしていたし、私も顔から火が出るほど恥ずかしかった。

 

 ***


 6月は雨が降る。この世界で当たり前の事実だ。母が『何事につけてもヨーロッパの貴族文化と日本が混じっているのよね』と言っていたのを思い出したが、意味はよくわからない。


 じめじめした6月にぴったりなじめじめした行事、それは試験である。


「嫌だわ」


 隣でメリンダがぼやいている。彼女は頭が良いのにどうにも面倒くさがりだ。


「嫌ですね」


 反対の隣ではエミリアが同意を示している。彼女に関しては、賢いのに何故か勉強となるとちょっとあの、まあ『あれ』だ。


 私はそんな二人に挟まれてせっせと勉強している。勉強は好きな方なのだ。

 攻略本にレベッカが試験で芳しい成績をとったとの記述は無い。だが悪知恵は働くようだったので、元頭は悪くなかったのだろう。もったいない。加えて普段の学園生活、つまり生活態度や試験の成績も称号の審査に影響するのだからやる気も出るというもの。


 ちらりとエミリアに目をやった。彼女が努力家なのは知っている。シナリオでは攻略対象の誰かに勉強を教わってかなり良い結果を残すはずなのだが…一体どうなるのだろう。


 盗み見していたら急にエミリアがこちらを見たので目が合ってしまった。瞳が輝いていた。


「レベッカ様ぁ。私レベッカ様が勉強を教えてくださるなら頑張れる気がします。あと良い点とったらご褒美もください」


 やっぱり私か。お菓子もお弁当も、今のところイベントは全て私に回ってきているから予想はついていた。

 それにしても、頼む側なのにちょっと図々しいのは何故なの?


 メリンダも一緒にどうかと言おうと反対側を見た。彼女は話を聞いていなかったと見えて、今もどこかを見ていた。瞳が輝いていた。


「ねえ、彼素敵だと思わない?」


 視線の先を追う。黒い塊があった。


 あれは無機物よ、メリンダ。人じゃない。


 舌先まで出かけたその言葉をしまって、私は塊を二度見した。それは黒い塊ではなく黒いローブだった。ついでにいうならローブに身を包んだ190cmの男だ。

 嘘だろメリンダ!


「嘘でしょメリンダ!」

「大きい人って素敵」

 

 私は愕然とした。


 メリンダは美人だ。柔らかな濃紫の髪に蜜のような飴色の瞳が映えて、よく夜空の星に例えられる。

 家も堅実にやっていて安定しているから、相手は選り取り見取りだろうに。よりにもよって彼とは。


 ああそういえば、と初めて会った日のメリンダの言葉を思い出した。友人の思わぬ男性の好みにとりあえず頭は抱えた。


 ***


 試験当日がやって来た。今日までのエミリアへの指導は思っていたより熾烈を極め、思わず「脳にまで筋肉が蔓延っている!」と叫んだ。エミリアはいい笑顔で「ありがとうございます!」と返した。武闘派に『脳筋』は褒め言葉だったらしい。それでも失礼だったと思ったので一応謝罪はした。


 メリンダは私の予想通り試験が目前に迫った頃対策に着手し、昨日の時点では「まあ何とかなりそうだわ」とのことだった。効率的で何よりだ。男性のタイプは変えられないのだろうか。


 キンコーンと鐘がなり、最後の試験の終了を知らせた。筆記具を机に置く。軽く伸びをすると窓の外に珍しくきれいな青空が見えた。梅雨ももう終わりだ。

 あともう少しすれば、エミリアが興奮しながら試験の手応えを伝えにくるに違いない。お互い時間がとれていなかったのだが、試験も終わったことだし、そろそろ殿下にもお会いできるだろうか。


 解放感に包まれる教室で一人頰を緩めた。

 学園での生活は、意外と、楽しい。

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