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「レベッカー」
メリンダは教室で私を見つけると、迷わず隣を陣取った。
「あの子またあなたを探してたわ。今日はシフォンケーキですって。もちろんすっごく美味しそうだったわよ」
そうやってエミリアの動向を報告してくる彼女は、実のところ私よりよっぽどエミリア手製の菓子のファンである。
「…わかった。後で会ったらもらえるでしょうから、あなたにもあげるわ」
「やった」
「…」
すっかり餌付けされている友人に思うところがないわけではない。
***
入学から二週間。やっと学園での生活にも慣れてきた頃だ。自分の身の回りのことをするのが日常的でなかった生徒たちは今も苦労しているだろうが、私は比較的早く馴染んだ。
入学式の次の日無事友人のメリンダと再会した私は自分が有名になったことを知った。
「第1学年なのに7位でしょ。それは有名になるわ。まあもともと『スルタルク公爵家の宝石令嬢が遂に姿を現す』って有名だったけどね」
スルタルク公爵家の宝石令嬢とは。
公爵家が大事にしまいこんで外に出さない宝石のごときご令嬢。人の目を引きつけて離さない妖しい美しさ――――らしい。
「どこの誰なのそんな嘘言ったのは!」
「公爵様よ」
お父様!
「でも本当じゃない。あなた美人よ。泣きぼくろとか黒髪とか色っぽいし。特に胸囲が羨ま――」
淑女らしからぬ発言をしそうになった友人の口は素早く手で塞いだが、彼女の話はまだ続いた。
まず、『春』のトップ10は貼り出され公表されている。
10位 レイ・ロウ
9位 ルウェイン・フアバードン
8位 エミリア
7位 レベッカ・スルタルク
6位 キャラン・ゴウデス
5位 セクティアラ・ゾフ
4位 オズワルド・セデン
3位 フリード・ネヘル
2位 ヴァンダレイ・スルタルク
1位 オリヴィエ・マーク
トップ10は私とエミリア以外全員が現三強・五高だ。ちなみにゲームの登場人物の名前しかない。
全学年合計2222人のうち達成者は1078人。残り1144人のうち戦闘不能・棄権者は480人。
達成者の平均タイムは4時間12分で、1位のオリヴィエ・マークが41分、10位レイ・ロウが1時間18分とのことだ。
8位のエミリアも私に負けず劣らず有名だという。彼女の場合は平民でしかも滅多に現れない治癒魔法持ちということがあり、若干好奇の視線に晒されているのだ。
先日お菓子攻撃に来たエミリアに『春』でどんなことがあったか話を聞いた。転送されすぐに出会った、足をひねってしまった女子生徒を治してあげたところ、その生徒がヒントの人間でゴールの場所がわかったところまではシナリオ通り。しかしエミリアは女子生徒とはぐれたあと『ハル』と出会わなかった。フィジカルの強さを活かして一人ゴールにたどり着き、男子生徒に絡まれて以降は私も知っている。これを聞いて『ハル』がオウカだと確信を持てた。
エミリアだが、『春』の一件から私によく懐いて、じゃない、私を慕ってくれているようだ。彼女は賢くて節度をわきまえているしお菓子は美味しいのだから特に問題はないのだけど、不安ではある。
一体誰のルートに入るつもりなんだろう、と。
入学からの二週間。本当なら攻略対象たちとの出会いイベントが目白押しのはずだった。
動向を探るよりも直接話を聞く方が楽なので色々聞いていたのだが、エミリアは攻略対象の誰とも接触していないようなのだ。というか『お菓子』だって本当は攻略対象に作ってあげるものなのに。
まあ私のせいでもある。出会いイベントのきっかけの中には『レベッカに水をかけられたあと裏庭に向かう』なんていうのもあるが、そんなことはしたくないので。
それにしても、レベッカはどうして出会ってすぐの同級生にそんなことをするのか。前から不思議だった。『ルウェイン殿下を慕っているため主人公を妨害』と言うが、どのルートでも主人公を目の敵にしているではないか。
攻略本にもレベッカの動機の記述は特に無く、迷宮入りの予感だが気にはなる。
そしてそう、ルウェイン殿下といえば。殿下はエミリアのすぐあとにゴールした。別れた時はかなりピンチだったと思うのだけど、やはり実力は相当なものということだろう。
生徒の間では『ルウェイン殿下がトップ5に入らなかったなんて』と噂になった。
いわずもがな、私を探し回った上に二回も助けたせいだ。シナリオでは『春』は2位だったと知っている分、余計に申し訳ない。
今回の順位は、殿下を2位にして3位以降の全員の順位を一つずつ繰り下げ、さらに私を抜き、ランスロットを10位に入れるとシナリオ通りとなる。私は殿下の順位のせいで、シナリオが変わったことを素直に喜べないのだ。
しかし順位がどうであれ、私の7位と言う結果が殿下に助けてもらったおかげであることも、殿下の9位と言う結果が私を助けたせいであることも、実は学園には筒抜けである。行事では一人一人の全ての行動が記録されるためだ。学園側はそれをもとに後日正当な評価を下す。
ちなみに、抱きしめられ温められたのも記録されただろうことは気にしないことにした。後から考えるとかなり恥ずかしい。いやすごく、ものすごく恥ずかしい。
そんな殿下にはあれ以来会っていない。学業の傍ら政務にも関わっているようで多忙を極めているし、私もやっと学園生活に慣れてきたのだ。…でも。
「また会えるって言ったのに…」
「それは僕のことですか?ベス嬢」
億劫だったが顔を上げた。少なくともこの人じゃないなと思いながら。
私の正面に立って「また会えた」と言わんばかりの笑顔を浮かべているのは『爽やか放蕩』のランスロットだったので、私はまた顔を下げた。
「えっ!?聞こえてますか?」
「はあ。何でしょう」
放蕩にはこんな態度で十分である。
私の隣のメリンダが不審者を見る目をしていたので最低限の紹介だけした。メリンダは「あら宰相の伯爵様」と反応こそしたがどうでも良さそうだ。
「えっと、スルタルク家のレベッカ嬢。その節はどうもありがとうございました」
またもや「はあ」と気が抜けたような返事をしようとしたのだが、可憐な銀髪が乱入したのでそうはいかなかった。
「レベッカ様ぁ!ここにいらっしゃいましたか。今日もお菓子とお弁当を作ってきたんです、良ければお昼をご一緒に…」
いやだから、お菓子もお弁当も攻略対象とのイベントなのに。
そう言いたくなるが、エミリアは授業の合間に私を探していたようで少し汗をかいていた。
好意しかぶつけて来ない彼女が嫌いということはない。別に彼女に誰かと恋をしてもらいたいわけでもないんだし。恋をしたら誰なのか教えてもらわないといけないというだけで。
「わかりました。それよりもう授業が始まりますよ」とだけ言おうとした。
しかし衝撃の事実に気づいた。
出会っている!主人公と攻略対象が!
初めての出会いイベントに興奮を隠せない。メリンダは今度は変なものを見る目で私を見ている。
不思議そうに私の返事を待っているエミリアと、そんなエミリアを見つめている攻略対象の一人ランスロットの、シナリオでの出会いはこうだ。
入学して少しした頃、授業のあと時間が空いたエミリア。『裏庭にお花を見に行く』を選択すると授業をサボってお昼寝していたランスロットに出会える。さすが放蕩!
ランスロットの第一声はこうだ。
『やあ、可憐なお嬢さん、お名前を教えてくれませんか』
そう、ちょうど、今みたいに―――
「やあ、可憐なお嬢さん、今は僕が彼女と話しているんですが」
あれ?
「レベッカ様がつまらなさそうにしてらっしゃるので、あなたの時間は終了です」
「却下します。今から面白くなるので」
「却下します。最初から抱腹絶倒させるつもりで臨むべきです」
私は首をひねった。
エミリアがランスロットルートに入らなかったことだけはわかった。逆にいうとそれ以外よくわからなかった。