守りたいこの笑顔。プライスレス
青年とミアは仲良くなった。
「リュウちゃんってホントにピアノが好きだよね!もう私より上手いよ!」
ボクにそう話しかけてくるのは、部活の先輩だ。
いつも元気で、不機嫌だったところを見たことがない、不思議な人だ。
「そ、そんなことないですよ。」
「いやいや、私なんか君よりやってるのに…全然だよ~あはは!」
今は夏休みなので先輩も女子用の夏服だ。
普段より無防備に開けた胸元に目が行ってしまう。
ボクも男なので結構意識しちゃうんだよな…。
「リュウちゃんならさ、音楽で食べていけちゃうんじゃないかな!」
「あはは。ボクなんかじゃ…全然だめですって。」
そんな風にボクは嘘をつく。
実は音楽で食べていけるという根拠のない自信があった。
本当に…あの頃のボクは馬鹿な奴だった。
「先輩は…その…卒業したらどうするんですか?」
「そうだなぁ…結局最後のチャンスも無駄になちゃったし。実家の仕事とか手伝うかな…。あはは…」
「……そんな。まだこれからチャンスだったらありますよ!きっと…」
「ううん。ダメなんだよ…。」
先輩は相変わらず笑顔だった。
でも。こんなに辛そうな…悔しそうな笑顔は初めてだ。
「自分じゃ…もうこれ以上無理なんだ。それに…あのコンテストでダメだったら、キッパリ辞めるって決めてたからね!」
「……。」
そのときのボクは、先輩にかけられる言葉が出てこなかった。
何も言えずに、気まずい沈黙だけが音楽室に漂う。
ボクはその後、高校を卒業し東京の音楽専門の学校に行くことにした。
何故かって?
ボクは自作の音楽でデビューして、頑張れば夢も叶うんだって、先輩に見せたかったんだ。それで胸を張って、頑張れたのは全部先輩のおかげだったのだと伝えたかった。
「ピピピピ…ピピピピ」
「う~んもうバイトの時間か……はぁ…。」
でも、現実は甘くなかった。ボクが甘すぎた。
笑えるくらいに。自分には全く才能も実力もなかった。
結果は出せず。専門学校の借金だけが残った。
そして先輩にも、家族にも顔向けできないフリーターが出来上がりだ。
夢を追いかけて失敗なんて、ありきたりすぎて笑えて来るよ…。
夢を追いかけた人が8割くらいは夢に破れて、残り2割だけが成功するんだ。
ボクもその8割の一人だったってだけのことだ。
そして今日もまた。同じことを繰り返す。
バイトして、食べて、寝て、起きて、バイトして、食べて、寝て
起きて、バイトして、食べて、寝てーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「……。」
ボクが目を覚ますと、見慣れない天井が目に入った。
「そっか。ここは異世界なんだよね。」
横を見ると、愛らしい寝顔があった。ミアだ。
「……。」
ボクはそっとミアの頭をなでた。
「…ママ…パパ…」
ミアはなでられると、猫耳をピクピクと震わせた。気持ちよさそうだ。
寝ていても自分の方からボクの手に頭を摺り寄せてくる。
きっと夢の中で両親になでられている夢を見ているのだろう。
「ごめんな…きっと会わせてあげるからな。」
ボクはミアを起こさないようにそっと布団から出た。
そのまま窓まで歩き、うっすらと明るくなり始めている空を見上げた。
「よかった…。夢じゃない。」
ボクは怖かった。目が覚めると今までのミアとの旅がすべて夢だったらと思うと。
目が覚めるといつもと同じ天井、散らかった自分のアパートの部屋。
そしていつもと同じ、時間の停止した色褪せた日常。
「これ以上は…考えるのはやめよう。時間の無駄だ。」
ボクは、心にねっとりと纏わりついてくるような灰色の思考を振り払った。
「しっかりしないとな!よっし!」
ボクは気持ちを切り替えた。前向きに、そして冷静に。
ボクはとりあえず、宿の受付のお姉さんのところへ行くことにした。
まず必要なのは情報だ。
「ふぁぁぁ~…」
2階にある自分の部屋から出た。
1階の受付を訪ねると眠そうにあくびをする受付のお姉さんがいた。
「おはようございます。」
「ひゃぅっ!お、おはようございましゅ!…し、失礼しました。」
「いえ、そんな。こんな早朝からお疲れ様です。」
あのクールビューティーな受付のお姉さんの貴重なワンシーンだった。
こいつぁ朝から縁起がいいぜ!
ボクの脳内フォルダーに永久保存決定だ。
「あのすみません。今もしお時間よろしければ。この町についてお聞きしてもいいでしょうか?」
「は…はい。おほん。もちろんです。この時間はお客様はめったに来ませんからね。」
「ありがとうございます!」
ボクは受付のお姉さん「セルティ」さんから
この町のことについていろいろと教えてもらうことができた。
ちなみにセルティさんは冒険者ギルドの職員さんで、
この宿は冒険者ギルドの管理する宿だった。
なるほど…どうりで凄く立派な宿でしっかりしたシステムなわけだ。
「冒険者登録をされるのが良いかと思います。安全のためにもお勧めいたします。」
「そうします。ありがとうございます!」
「はい。」
今日することがいくつか決まったな。
まずはミアの傷に効く薬を今から買いに行くこと。
それからあの手枷足枷を外せる道具を鍛冶屋で買ってくること。
あの子が寝ているうちに買ってきてしまおう。
一応ミアが起きて心配しないようにセルティさんに伝言をお願いしておいた。
セルティさんありがとうございます。
「結構薬屋さん近いんだな。助かった。」
薬屋さんは歩いて3分の所にあった。
ボクはとりあえずお店の人に
打ち身に効く塗り薬と切り傷や蚯蚓腫れなども直せる薬がないか尋ねてみた。
すると驚いたことに、
値段は高いが肌につけるだけで大抵の傷が後も残らず消える
あの有名なポーションがあると知った。
速攻で10本購入だ。合計銀貨2枚。1本2000円か…ユ〇ケルかな?
そのほかにも、解毒薬を4本購入。銅貨40枚。1本1000円だ。
ちなみに銅貨は1枚で約100円だ。
次に立ち寄るのは鍛冶屋だ。
「らっしゃい!おう、見ない顔だな嬢ちゃ…じゃねえか。あんちゃん!旅の人かい?」
うおおおーー!キターーー!
これだよこれ!
絵にかいたかのような鍛冶屋だ!
しかも「あんちゃん」だって!マジでいるんだなぁ!
「はい。昨日来たばかりです!」
「そうか!まぁ見てってくれや!それかなにか欲しいもんでもあんのか?」
「実は鉄を斬れる道具を探していまして。」
「なるほど…丁度いいのがあるんだ、ちょっと待ってろ!」
そういって鍛冶屋のおっちゃんは店の奥からとあるものを持ってきてくれた。
「こいつだ。」
「これは…ナイフ…ですか?」
「こいつぁただのナイフじゃねえ。一種の魔法剣ってやつのたぐいだ。」
「魔法剣…!」
そのナイフはサバイバルナイフのような見た目をしていた。
無数の小さな魔法陣がまるで木目のような美しい模様を作り出している。
ボクはこのナイフに一目ぼれしてしまった。
「あんちゃんは一体どうして鉄を斬ろうってんだい?」
「その…兵士みたいな人たちに、殺されそうになってた女の子を助けたんですが、腕と足に鉄の枷が付いてまして。壊そうとしてもびくともしないんです。」
「兵士…帝国兵か。奴らの使う枷は、たいてい奴隷を従わせる強烈な魔法がかかっていてな、奴隷が簡単に壊せんように作られてんだ。普通の道具じゃ壊せねえ。だがこいつなら簡単だ。」
「帝国の兵士だったんですね…。その魔法剣なら壊せるんですか?」
「おうよ!こいつぁ俺の自信作でな。魔法も切れる上に、鉄だけじゃなく頑丈な鉱石でも何でも切れちまう。手先が器用ならこいつで繊細なガラス細工なんかも作れちまうはずだぜ。」
「…ごくり。い…いくらでしょうか?」
「こいつぁかなりの出来だ、この世界に俺の持つナイフと合わせて2本しかねえ。…金貨2枚だ。」
「買います。」
「…………はぇ?」
「ください!」
「お…おう!…まさか即決とはなぁ…あんちゃん…剣を見る目があるな。気に入ったぜ、今後は武器やらなんやらを買うんだったら是非うちを使ってくれよな!安くしとくぜ!」
「ありがとうございます!」
こうしてボクはこの魔法剣を即決購入した。
金貨2枚…。その額日本円にして約200万円!
ちなみに帝国兵から拝借した金品はなんと金貨が10枚入った袋と
銀貨や銅貨のざっくり入った袋がいくつか。
合計にして金貨7枚分。
現在の消費も入れて計算すると約金貨14枚1400万円分が手元にある。
おかげでちょっとしたお金持ちだったりする。
「…はっ…!剣の魅力に目がくらんで200万円相当の買い物をしてしまった…。」
ボクはやっちまった感をひしひしと感じながら鷲の羽へ戻ってきた。
「おかえりなさいませ。お探しのものはありましたか?」
「はい。セルティさん。何から何までありがとうございます!」
「はい。恐れ入ります。」
そして部屋に入るとミアはまだ気持ちよさそうに眠っていた。
「よかった、起きる前に戻ってこれた」
「ん…リュ~?…おあよう…ふぁぁ…。」
「おっと、ごめん。起こしちゃったかな?」
「ううん。いまおきた。」
「そっか。おはようミア。」
「おはよ…ふぁ…」
ボクはベッドまで行くとミアの隣に腰かけた。
「ねえミア。その手と足の枷、外そう。」
「ん…でも…これこわれないよ?」
「大丈夫!外せる道具を買ってきたんだ。」
「?」
ボクはバックから魔法剣をそっと取り出した。
「ぁぅ…ナイフ…こわい…。」
「あ…ごめんよ。でも大丈夫これで外せるから。手を出してごらん。」
「…うん…」
ボクは魔法剣の刃を枷に触れさせた。
するとまるで今まで何をしても壊れなかった枷が、
まるで粘土を斬っているかのようにゆっくりと切断されていく。
この剣のすさまじい性能にかなり驚いた。
枷はほんの20秒で真っ二つに切り裂かれミアの腕は開放された。
「すごい…。簡単に斬れる!」
ボクはその調子でミアの枷をすべて切り落とした。
「ミア。どうだい?」
「わぁぁ…!ありがとう!リュー!」
「おうっ!」
ミアはボクに抱き着いてきた。
ミアは輝くような笑顔で喜んでいる。
尻尾をフリフリさせている。
守りたい…この笑顔。
200万円が高いと思うか?
いいや。
この天使のような笑顔…プライスレス。
「じゃあ次はお薬の時間だ。」
するとミアの表情が凍り付いた。
尻尾はピーンとたっている。
「お…お薬…!注射…!?」
ミアはそのまま部屋の隅まで逃げるように走って行って
こちらを恐怖の表情で見つめている。
「痛いの…いやぁ!」
「ち、違う違う!ミア!これは注射じゃなくて…!」
「シャーーーーッ!」
シャー!っていうんだ!凄い猫っぽい!
いやそうじゃなくって…。くそう。
どうすれば…!
「ミア!ほら見てて!」
ボクは魔法剣を自分の腕に近づける。
まずは、このポーションが注射じゃないって解ってもらうために。
ミアの目の前で自分の腕を斬ってポーションで直せばいいんだ。
「リュ…ぅぇ?だ…ダメぇ!」
するとミアはボクが自分の腕を斬ろうとするのを必死に止めに来た。
「リュウ!ダメだよ!いやだよぉ!」
「ミ、ミア‥‥。」
「注射…ぐすっ…するから…斬らないでぇ…。」
ああ、泣かせてしまった…。
なんてこったい。
でも、どうすればよかったんだ…。
ボクは本当にダメな奴だ…。
慌てると余計事態を悪化させてしまう…直したつもりだったんだけど…。
ボクってやつは…昔となんも変わっちゃいない…。
「ごめん…。ごめんよミア。斬らないから大丈夫だよ。」
「…ほんと?…ぐすっ…」
「うん。それに注射もしないから。大丈夫だよ。」
ボクはミアの頭を優しくなでながら、
注射じゃなくて塗るお薬だから全然痛くないから、
大丈夫だよと、ミアを落ち着かせた。
でも…ミアの怖がり方が、普通じゃなかった。
もしかして、さらわれた時に何かされたんだろうか…。
「よっし!こんなもんだろ!」
「わぁぁ!すごい!痛いの全部治っちゃった!」
「良かったなミア。さっきは…ごめん。慌てちゃって…。」
「ううん。ミアも…ごめんなさい…。」
「よしよし…。」
「あぅ…////」
奴隷の時に何があったのかは…また明日とかに聞いてみよう。
もしかすると他にも苦手なものやトラウマ的なものがあるかもしれない。
とりあえずミアの枷も外れて、傷も完治した。
さって。今日はやることがいっぱいだぞ!
「ぐぅぅ~~~。」
するとミアのお腹からお腹がペコペコです速報が流れてきた。
「ぁぅ…////」
「朝ごはんにしよっか!そういえばここ、お魚の料理があるらしいんだ!」
「!!おさかな…!?」
「おう!昨日はそのまま寝ちゃったからな。いっぱい食べよう!」
「うん!」
そうして僕たちは朝食を食べに食堂へと向かった。
朝から色々あったけど。
おかげでまた少し仲良くなったかもしれない。
ギルバート
37歳 ♂ 人族
身長188cm
体重85kg
鍛冶屋【ギルバート】の店主
元ドゥア帝国の兵器開発リーダー。
実はヴァルド大陸で最も優れた兵器開発者だった。
性格は気さくでおおらか。
子供が大好きでミアのことも気にかけている。
何十年も装備を作り続けているため、
骨格を一目見てリュウが男だとすぐに気が付いている。
武器を見る目があるか、
その人となりを見て武器を売るか売らないかを決めている。
今は人を傷つける武器ではなく、
人を守るための武器を作ると心に決めている。
現在帝国では指名手配中。
【冒険者の町】
実はこの町には名前がない。
元は町などはなくギルドマスターが冒険者のギルドをここに設立した後、
ギルドマスターを慕う多くの人々が集い
何十年とかけて町のように大きく発展したまちである。
現在はこのシルト大陸全土に存在する冒険者ギルドの本拠地となっている。
ヴァルド大陸と停戦中には、ヴァルド大陸の冒険者ギルドとも交流があった。
そのため、開戦前までのギルドの情報も所有している。