こうして私の夏休みが終わる。
もし自分の分身がいたらーー
仕事や勉強は分身に任せて、自分は平日にも関わらず家でゴロゴロしながらアニメを見て漫画を読んでゲームをする……気がつけば夜。
そして明日も朝からゲーム三昧……
ああ!分身が欲しい!
そんなことを思ったことはないだろうか?
以前の私はそうだった……
でも、今は違う。
なぜならもういるからだ。
私には分身が……!
それは数週間前のことだ。
その朝、蒸し暑くて目が覚めた私。
クーラーも付いているのになぜだろうと思っていたら隣がなんかもこってなってた。
そんで、布団をそっとはぐってみたらそこにいたのが私だったわけだ。
原因はよくわからないが、とりあえずラッキー。
晴れて私は社会とかいうやつから自由の身になったのである。
夏休みも終盤で、そろそろ宿題やんないとなぁとか思っていた頃なので、さっそく私は分身に宿題を頼んだ。
分身はやってない宿題の量を見て唖然とはしたものの、快く引き受けてくれた。
なので私は残りの夏休みも相変わらずゴロゴロしていた。
ふと隣の部屋を見るとせっせと宿題を片付けている分身がいて心が痛まなくもなかったが、なんだかんだで欲望のままにゴロゴロしてた。
あくる日も私は朝からゲームをしていたが、分身は制服に着替えていた。
そうか、今日から学校なのか。
「……学校、行かなくていいの?」
玄関で靴を履いた分身がふと私に尋ねる。
……なにを言っているんだろう?
「分身の私が行くんだから、本物の私は行かなくてもいいでしょ」
分身は顎に指を当てて少し考えたあと、まあいいか、と呟いて外へ出て行った。
私はゲームをした。昼になるとカップラーメンを食べて、アニメを見た。
それからも私は学校を分身に任せて、そんな日々を繰り返した。
ーーそうして今に至る。
ああ!なんと素晴らしい日々だろう!
したいことがしたいだけできる!やらなくちゃいけないことがない!なんて自由なんだ!
ようやくゲームがひと段落し、ずっとおしっこを我慢していた私は大慌てでトイレで向かう。……ふう、スッキリした。
この家は結構狭いので部屋同士が直接繋がっていて、廊下とかは無い。部屋も襖で仕切られているだけだ。
なのでトイレから出るとすぐ目の前がキッチンだし、開けっ放しの襖からは分身の姿が見えた。
分身は寝転んで漫画を読んでいた。表紙の女の子が壁ドンされている。少女漫画か。
分身はちょっとニヤついた顔でページをめくっている。
なるほど。私はこんな顔で少女漫画を読んでいるんだな。
……絶対に人前で読まないようにしよう。
そう心に誓いつつ、ふと時計を見るともう夕方の6時だ。
「そろそろ夕食?」
「あー、そうだね」
コンロに乗っている鍋のフタを開けると、中からふわっといい香りがした。
「おお、カレーだ」
ついでに炊飯器のフタも開けて匂いを嗅いでおく。ふふ、これは楽しみだな!
部屋に戻る途中で分身とすれ違う。
私はそのまま通り過ぎて食卓にスタンバイしようと思ったのだが、すれ違いざまに分身に声をかけられる。
「お皿に盛るから、その……本物の私も手伝ってくれない?」
家事も宿題も分身に任せっきりで罪悪感がないわけでもない私は、いそいそとお皿にご飯を盛るのだった。
「いただきまーす」
カレーをスプーンに乗せて一口。
なんか色んな旨味が口の中に広がる。
「んめー」
しばらくの間、食事の音と時々する私の羊みたいな声だけが空気を揺らしていた。
「あ、そういえば学校はどう?上手くやってる?」
「まあぼちぼちかなー」
なるほどぼちぼちかー。
……微妙に不安だな。
「そうだ、幸子は元気にしてる?」
幸子は仲の良いクラスメイトで、昼休みになると一緒に昼食を食べたりしていた。
「あー、幸子は最近元気じゃないね」
「え?まじ?」
「黙々と鶴折ってたよ」
「え、恐っ。あいつそんなキャラだったっけ……」
急に幸子のことが心配になってきた……
夏休みの間に変な宗教に入ったんじゃないだろうか。
「……ねえ、そろそろ気づかない?」
分身がちょっと真面目な顔で私に尋ねる。
「何が?」
「私」
え?何その彼氏に言うみたいなやつ。
「ま、前髪?」
「切ってない」
「シャンプー?」
「変えてないよ!そうじゃなくて……私!私だよ?」
分身は自分のことを強く指差す。
「んー……」
なんだろう。
分身の顔をじーっと観察してみる。
が、どう見ても分身は分身だ。私の顔をしている。それ以外に何も思いつかない。
観察されている当の本人は恥ずかしそうにあっちを見たりこっちを見たりしている。
……いや、1つだけ分かったことが。
「我ながらかわいい」
「そ、そう?」
まんざらでもないふうに分身は照れた。
「んー…………分からん!」
私はお手上げ状態を全身で表現するべく両手を振り上げてそのまま後ろへ倒れ込む。
が、あまりスペースがないので床に背中をつける前に両手が後ろの棚に当たり、そこで停止した。
「そっかあー」
分身はちょっと残念そうだ。
でも、分からないものはしょうがない。
「ーーん?あれ?」
一瞬、分身の顔が歪んだ気がした。
それはたぶん気のせいだけど、私の中では確かに何かが変わっていた。
「……あ」
それからもう、私には分身が私に見えなくなってしまった。
「お姉、ちゃん?」
確信はあったのに、恐る恐る声にする。
分身は少し驚いて、嬉しそうに笑った。
「久しぶりだね、あかり」
私も自然と顔がほころぶ。
「……結構前から会ってるけどね」
「そうだねぇ」
私たちは双子だ。
同じ高校に通っている。
高校からはお互い一人暮らしがしたいということで、親の了承もあり、それぞれで部屋を借りていた。はずなんだけど……
「私には一人暮らしは無理だった」
という結論に至ったお姉ちゃんは私と二人暮らしすることにしたらしい。
あれ?そんな話聞いてなかったぞ?
「お姉ちゃんだったなら、早くそう言ってくれれば良かったのに」
「いやあ、私を分身だと思い込んでるあかりが面白くって。いつ気づくかなーって思ってたけど、まさかここまで気づかないとはねぇ」
私は何も言い返せずに、ちょっとムスッとしながら残りのカレーを食べる。うまい。
お姉ちゃんも思い出したようにカレーを口に運んでいた。
「ごちそうさまでした」
ふぅ。
おなかいっぱいになった私たちはすぐには食器を片付けず、しばらくその場でぼーっとする。
ーーと、急にお姉ちゃんが笑い出した。
「っていうか分身って!まさかそうくるとは思わなかったなー」
「うるせー」
恥ずかしいのを紛らわせるように、私は吠える。
「やっぱりかわいいなあ妹は」
今度は頭を撫でてくる。
私は恥ずかしくなって俯いた。
無理に抵抗しなかったのは……まあ、あれだ。
「あ、そうだ。ネタばらしも済んだことだし……ちょっと待ってて!」
お姉ちゃんは隣の部屋の襖を開けて、奥へ入っていった。
どうしたんだろう。と思っていたら何やら大きな箱を持ってきた。
はい、とそれを私に渡してくる。
「え、ありがとう?」
なんだろう?プレゼント?……何の?
「びっくりするよ」
ニヤニヤしながらお姉ちゃんが言う。
わくわくしながらフタを開けると、中にはプリントと宿題と千羽鶴が入っていた。
思わずお姉ちゃんを見る。
「学校休んでた間の宿題とプリントと、あとは重い病気にかかったんじゃないかと勘違いした幸子からの千羽鶴、かな」
ーー私は叫んでいた。
「なんでもっと早く言ってくれなかったのぉぉ!?」
めでたし。めでたし。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
本編はこれでおしまいですが、おまけをちょっとだけ書きたかったので連載にしました。
良ければもう少しだけお付き合いください。