第四十話
ゆっくりと足音が地下室に近づいてくる。
俺は地下室で奴隷の女性と出会い、その隣の牢に探している人物が居るかもしれないと教えられすっかり忘れていたのだ。
上で叩きのめした奴等があのお方と呼ぶ人物に助けを求めていたことを。
どんな奴が降りてくるのかと入り口の方を見つめる俺に、今まで感情らしいものを露にしなかった牢の中の女性が必死に訴えてきた。
「ユージさんお逃げください!あの足音は多分ここの主のものです!今ここで貴方が見つかってしまえばどんな目に遭わされるかわかりません!」
「いや、それはさすがに無茶だわ……。逃げろって言われても逃げ場なんてここにはねえだろ。それに、上で散々暴れてきた俺を大人しく逃がしてくれるとも思えねえしな。」
「そんな……。」
元々ここに居る奴は全員ぶっとばすつもりだったし、偶然とは言えこの女性とも知り合ってしまった。さすがにこの状況で帰る気もない俺はここの主と呼ばれる人間が降りてくるのを待つことにした。
そしてその姿が徐々に見えてきて思わず口にしてしまった。
「またジジイかよ!」
現れたのは長い髭を蓄えた杖をついた老人一人だった。その老人は地下室に降りてくるとギョロっとした目で辺りを見渡したのだ。
そして一頻り地下室の中を見ると俺に杖を向け尋ねてきた。
「小僧、お主が奴等が言っておった侵入者じゃな?いったいここには何の用できた?返答次第ではただでは済まさんぞ?」
見た目は今にも死にそうな爺さんなのだが、妙な威圧感を醸し出していた。
ラルさんと出会えたお陰でこの世界の妙に強気な老人には警戒するようにしている俺は、とりあえず上の奴等にも言った事を返してみた。
「何の用って上にいた奴等に聞かなかったのかよ?ここに来たのは暇潰しだよ。フラッと入った屋敷に腕っぷしに自信のありそうな奴がゴロゴロいたからとりあえず喧嘩売りにきただけだ。」
俺は目的を悟られないように適当な理由を並べて努めて陽気に振る舞ってみた。
するとその言葉を聞いた老人は品定めをするかのようにジッとこちらを見つめると、思いもよらない言葉を俺に投げ掛けてきたのだ。
「暇潰しか……。そんな理由でワシの部下を全員叩きのめされてたらこっちとしても困ったもんじゃな……。じゃが、まあ良いとするか。小僧、そんなに暇ならワシの部下にならんか?」
俺に自分の部下になれと言ってきたのだ。
さすがにこの展開は予想していなかった。てっきり問答無用でこちらに襲い掛かってくると思っていただけに肩透かしを食らった気分だ。
こいつの部下か……。せめて隣の牢に捕らえられているのが目的の人物と先にわかっていればこいつらの目的を探る意味でも悪くはない提案だとは思う。だけどそれは今更の話しだし、このタイミングで見るわけにもいかないしな……。
さてどうしたものかと考える俺に、目の前の老人は言葉を続けた。
「突然仲間になれと言われても困惑するよの~。じゃが、今ワシに恩を売っておけば、そう遠くない未来……ワシ等がこの世の支配者となったとき、それなりの地位を約束するぞい。」
「お、おう?いきなり何を言い出すかと思えば……この世の支配者とか……ジジイ頭腐ってんのか?」
流石にこれには唖然とした。
俺はこの世界の事を全く知らないが、いきなり支配者になるとか言われてもただの夢物語としか思えない。
だが目の前の老人のテンションは、こちらが暴言を吐いたにも関わらず俺の事を置き去りにしてどんどん上がってきている。
「まあ信じられんのも無理はないがの。だが、今はまだ各地を愚かな者共に任せておるが、その時がくれば、あの御方のお考え、お力をもってすれば、必ずやこの世界の全てを統一し手中に収めることができ~る!その日が一日でも早く現実のものとなる為にも、ワシ等がしっかりとあの御方のお考えを手足となり馬車馬の如く働き実行せねばならんのじゃ!どうだ、わかるか小僧!」
「いや……盛り上がってるとこ悪いんだけどよ、そもそもあの御方って誰だよ?つーか、こんな街外れの屋敷を守らされてる爺さんがなに世迷い言を言ってんだ…。」
ここで、俺の一言がどうやら地雷を踏んでしまったようだ。テンションの上がってきた老人は今まで上機嫌で話していたが、俺の言葉を聞くと今度は何故か怒りだした。
「そうなんじゃ!唯一気にくわないのがそこなんじゃよ!なぜワシがこんなところで誰にでも出来る番犬みたいなことをせにゃならんのじゃ!?それもこれもあの御方に上手く取り入り、部下筆頭みたいな顔をしたあの青二才のせいじゃ!な~にがあの人間は人質としての価値があり今後も使えますので信頼できるあなた様に監視をお願いしますじゃ!ワシをこんなところに閉じ込める形にして、体のいい厄介払いなのが見え見えなんじゃよ!」
「お、おう。今度は怒り出したぞ……。情緒不安定かよ……」
完全に俺の事は置いてけぼりだ…。老人の怒りは収まることなく、体を怒りで震わせながら独り言のような愚痴は続いている。
「今に見ておれ!今はでかい顔させておいてやるが、あの御方の真のお役に立てるのはどちらかと言うことをあの青二才にしっかりとわからせてやる!そして最終的にはワシがあの御方の右腕として君臨してやるわい!」
「お~い、爺さん……一人で盛り上がってるとこ悪いけどよ、あの御方だの部下筆頭だのさっきから意味わかんねえことをブツブツ言い過ぎだぞ。こっちにもわかるように説明してくんねえかな。」
この世を支配する……あの御方……部下筆頭に、ここに居る人質と……。これは流石に考えてわかるもんじゃねえな。
聞き出せる範囲で聞いてみるか。
しかし一人で違う世界にいっている目の前の老人に戻ってきてもらわないと話が進まない。まず俺は、一番話しに食いつきそうな先程から耳にして居る人物の事を聞いてみることにした。
「爺さんよ~。いきなり部下になれってのはわかったけど、さっきから言ってるあの御方ってのはどんな奴なんだ?この世を支配するってぐらいの奴ならスゲー奴なんだよな?」
この爺さんのボスらしき人物の事を聞いてみた。ここまで心酔している人間の事だ、このテンションなら俺が聞いていないことまでベラベラと話してくれる気がする。
だが俺予想は見事に裏切られた。
先程まで喜んだり怒ったりしていのが、急に無表情になり一言こちらに告げたのだ。
「教えるわけないじゃろ。」
「お前……急に冷静かよ……。」
俺もそこまで期待していたわけじゃないが、正直老人の感情の起伏に弄ばれている感が半端無い…。
すると老人はやっと落ち着いたのか最初の話題に戻してきた。
「まあ要するにワシの部下にならんかってことじゃよ。働きぶり次第じゃが悪いようにはならんと思うぞ?」
「なるほどね~。ところでよ、さっきから気になってんだけど爺さんを呼びに行ったアイツは今どこにいるんだ?」
老人はここに一人で降りてきた。聞くまでもなくそれが答えなんだろうとは思ったが確認の為に尋ねてみたのだ。
「あぁ、役立たずには制裁が必要じゃからな。上の者共は全員消えてもらったぞ?それがどうかしたのか?」
「やっぱりか。よ~くわかったよ。」
「わかってくれたか。急な人手不足で困るところじゃったがお主なら上に居た奴等全員より働いてくれると信じておるぞ。」
どう理解したのか俺が仲間になると思ったようで、嬉しそうな表情で両手を広げこちらに近づいてきた。ハグでもしようってのか……?
しかし当然だが俺にそんな気持ちは全く無い。
寧ろ、人の命をなんとも思わない老人に多少の怒りすら覚えていた。
俺は近づく老人に警戒しつつ言い放った。
「ジジイボケてんのか?てめえ等の仲間になんてならねえよ。」
「では死ね。」
俺の言葉を聞くと、老人はその場に立ち止まり無表情でそう答えたのだった。




