第四話
「こ、これ以上無理ゴブ…。腕の感覚がないゴブよ…。ユージ…これは苛めじゃないゴブよな…?」
「バカ野郎!誰が苛めてんだよ誰が!オラ、あと一回頑張ってみろよ!気合いと根性がありゃどうにかなんだろ!」
「うぅ~、もう…無理ゴブ…。ああぁ~!ユ、ユージ、腕がピーンってなったゴブ!痛いゴブよ!」
……本当に苛めているわけじゃない。俺は今は、ゴブ太に普通の腕立て伏せをやらせているだけだ…。
時は少しだけ遡り………俺達は先程まで居た湖の畔から一度小屋に戻り、埃だらけだった部屋を軽く掃除することにした。
ゴブ太は掃除が分からないようだったので、それは教えるとしても、さすがにそのまま寝るには汚れすぎている。とりあえずゴブ太に軽く説明をしながら掃除をし、ベッド周辺だけだが幾分かマシになったので、俺は腰を下ろして少し考えることにした。
さて、どうするか…。とにかく夜行動するのは危険だよな。ゴブリンなんてふざけた生き物を見た以上ここは俺の居た世界じゃないのだろうし…。この小屋が安全とは限らないけど、外を彷徨くよりはマシだろう。ってことは、今は軽く寝て陽が昇るのを待つとするか…。
結局あまり深く考えても仕方がない事に気がついたので、俺はベッドに横になり休むことにした。そして、そのまま目を瞑ろうとした時、突然ゴブ太が俺に尋ねてきたのだ。
「ユ、ユージ…これからどうするゴブか?」
「ん?あぁ~、行動するにしても陽が昇ってからにしようぜ。今はお前も休んどけよ。」
「休むって…お、俺も此所で休んで良いゴブ…?」
「あ?どうせ誰も使ってねえんだろうし、好きにすりゃ良いんじゃねぇのか?ただし、このベッドはダメだぞ!これは俺専用だからな!」
「そ、それはユージが使うゴブ!俺は他の場所で十分ゴブよ!……他の場所……俺の居場所……へへ……。」
俺が答えるとゴブ太は、先程と同じ様にニヤニヤしながら、何かを呟いている。だからその顔は怖いって…。
ゴブ太がブツブツ言いながら隣の部屋へと歩いて行ったが、これ以上は相手をする気も起きないので、俺は目を閉じ眠りについたのだった。
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「ユージ、起きるゴブ。とっくに陽が昇ってるゴブよ~。」
翌朝、ゴブ太の声で目が覚めた。目を開くと、壁の隙間から朝日が差し込んでいる。俺はとりあえず体を起こし、両腕を上げて背筋を伸ばす。その動作で、ボーッとしていた頭と体が少し起きたのだ。
そして、ベッドに座ったまま何気無く辺りを見渡して、妙な違和感を覚えた…。俺の感じた違和感とは…。
部屋…こんなに綺麗だったか…?
最初に起きたときは酷い有り様だった。だけど、昨晩眠る前に俺は掃除をした。しかし…掃除はしたけど、ここまで綺麗にした覚えはないぞ?
妙な違和感のせいで完全に目が覚めてしまった俺は、とりあえず立ち上がりゴブ太の居る隣の部屋へ行くことにした。
そして…違和感が確信に変わったのだ。
「なんじゃこりゃぁぁぁ!」
部屋が見違えるほど綺麗になっていたのだ。造り自体は当然ボロいままなのだが、積り積もった埃も、俺が粉砕した椅子や扉の残骸すらも綺麗に掃除されている。
すると、外に居たのかゴブ太が小屋の中に入ってきて、驚く俺に声をかけてきた。
「やっと起きたゴブか?あ、その辺にあった薪や布は外で天日干しで良かったゴブよな?」
「ちょ、ちょっと待て!これ全部お前が一人でやったのか!?それも、眠らないで一晩かけて!?」
「いや~、何だか眠れなかったゴブよ。だから、どうせなら掃除?って言うのをユージの見よう見まねでやってみたゴブ。……俺、なにか間違えていたゴブか…?」
いや…見よう見まねどころか、俺がやるより確実に綺麗だろこれ…。
驚く俺を、何やら不安そうにゴブ太は見ていたので、素直な感想を告げてみた。
「ゴブ太すげぇな。俺がやるより全然綺麗だぞこれ。綺麗になりすぎてビックリしたわ。」
俺の言葉を聞くと、ゴブ太は目を輝かせ更に俺を驚かせたのだ。
「そ、そうか!良かったゴブよ!あ、あと人間は腹が減ると思って、湖で魚を捕まえたゴブ!良かったら食べてくれゴブね!」
ゴブリンすげぇなおい!生活力高すぎんだろ!
俺は外に出てゴブ太が捕まえてくれた魚を見る。ちょっと俺の記憶の中を探ってみても見たことのない姿をしている魚だったが……折角ゴブ太が捕まえてくれたんだ、火を通せば食べれるだろう……。
俺は一度小屋に戻り、使えそうな道具を探すことにした。ゴブ太が綺麗にしてくれたお陰で、物が見つけ易くなっている。
辺りを見渡すと、錆びてはいるが刃物や鍋・釜など生活するには困らない程度に物が揃っているようだ。
俺は刃物を手に取ると外に出た。ゴブ太が干して乾燥した布にライターで火をつける。するとそれを見ていたゴブ太が声を荒げたのだ
「ユ、ユージが指から火を出したゴブ!?す、スゴいゴブ!?ユージは魔法を使えるゴブ!?」
「指から火?これはライターって代物だ。こうやってここを押すと……火が出るんだよ。」
ゴブ太は、俺がライターで再び火をつけると、興味津々に手元を見ている。しかしライターは二本しかなく、今後手にはいるか分からない品なので、無駄遣いは出来ない。
ゴブ太には悪いが俺はライターをポケットに入れる。少し残念そうにするゴブ太を余所に、飯の準備は整っていた。
串に魚を刺してただ焼いただけのシンプルな焼き魚だ。調味料も何も無いけど、腹が減っていれば何を食べても美味いのはお決まりだ。
だがそれも、食べれる物限定の話だがな…。俺はしっかり火を通した魚に恐る恐る口をつける。
……ん!?一噛み、また一噛みと魚を口に入れ胃に流し込む…。
何だこれ…?この魚……うめぇぞ!!!
俺は昨日から何も口にしていてないこともあり、瞬く間に三匹の魚を一気に食したのだ。
そして、腹も膨れて気分の良くなった俺は、食後にも関わらずその場で横になった。すると、俺の様子を黙って見ていたゴブ太が、首を傾げながら不思議そうに尋ねてきたのだ。
「その魚、そんなに美味しかったゴブか?」
「あぁ、美味かったぞ。お前は食べねぇのかよ?さすがに一人で全部は食えねぇしお前の分も焼いたんだから座って食えよ。」
「お、俺の分も焼いたゴブか…。」
ゴブ太はそう言うと、魚の刺さった一本の串を手にした。だが、串を手にしたまま食べようとしないので、今度は俺が尋ねてみることにしたのだ。
「ん~、どうした?良い感じに焼けてんのに食わねえのか?もしかして…お前魚嫌いなのか?」
「き、嫌いじゃないゴブ!ただ……。」
「ただなんだよ?お前あれか?焼かずに生の方が良かったのか?」
「そ、そんなんでもないゴブよ!」
「じゃあなんだよ!?てめぇ男なんだから言いたいことはハッキリ言いやがれ!」
「お、怒らないでほしいゴブ!その…焼いた物を食べたことが無いゴブよ…。普段は捕まえたらそのまま口に入れてるゴブ…。それに…ユージは美味そうに食べてたけど、生で食べてて美味いと思ったことが無いゴブよ…。」
ゴブ太はそう言うと、手にした串を再び眺めだしたのだ。
この魚を生でか…。さすがにそこまでチャレンジする気はないな。
だが、火を通せば美味いと思ったのは事実なので、少し無理矢理だがゴブ太に食わせることにする。
俺は、今だ食べずに持っている串を一度ゴブ太の手から奪い取ると、再び火で炙った。そして、温まったところでゴブ太に串を差し出しながら告げたのだ。
「良いから黙って食ってみろ。不味いなら食わなきゃ良いだけだろ。」
そう告げると、ゴブ太は恐る恐る俺の手から串を受け取った。そして、手にした串と俺の顔を交互に見ると、覚悟を決めたのか魚に歯を入れたのだ。
するとゴブ太は、細い目を大きく見開きゆっくりと何かを確認するかのように咀嚼してから、魚を飲み込んだ。
そして次の瞬間、まだ残っていた焼き魚も手に持ち、両方の手に持った魚を凄い勢いで食べ始めた。
「ゴブ、ごりぇなんだゴブ!さかにゃってこんぬぁに…」
「うっせえ!良いから黙って食え!」
口一杯に魚を頬張りなが話し掛けてきたので、何を言いたいのかイマイチ伝わってこない。
見た感じ不味くはないようなので、俺は残っている魚も全て食べるように勧めた。ゴブ太は無言で縦に大きく頷くと、残った魚も一心不乱に食べたのだ。
「ふぅ~……美味しかったゴブ。魚って、焼くとあんなに美味いゴブな。それともユージが何かしたゴブか?」
結局、一人で六匹の魚を食べたゴブ太は、食べすぎて動けないのか俺の目の前で大の字に横たわりながら話し掛けてきた。
俺は火の後始末をしながら、今のゴブ太を見て疑問に感じたことを聞いてみることにしたのだ。
「別に特別なことはしてねぇよ。滑り取って鱗落として焼いただけだぞ。それよりもよ、お前普段何食ってんだ?」
「ん~、特に決まった物は食べてないゴブな。」
「はぁ!?」
ゴブ太の答えに思わず声を張ってしまった。俺の声が大きかったのか、ゴブ太は体をビクリとさせて、驚いた表情をこちらに向けている。いや…驚いたのは俺の方なのだけど…。
俺は急にオドオドしだしたゴブ太に、言葉の意味を聞くために再び話し掛けたのだ。
「ワリイ、ちょっと驚いて大声出しただけだ。んでよ、決まった物は食べてないって?ゴブ太も腹ぐらい減るだろ?」
「う、うん…。え~っと、決まった物を食べないと言うか、ゴブ太は腹が減るって感覚がイマイチ分からないゴブよ。だから、何か食べたりもするけど、それは気分で食べてるだけゴブな。」
「腹減らねえのか。それってよ、人間以外全てそうなのか?」
「多分違うゴブよ。俺達ゴブリンがそうなだけで、他の種族は普通に食べてるはずゴブ。」
今の話は衝撃的だった。一部例外があるとは言え、生物が活動するに辺り何かしらの方法で栄養素を体に取り入れないと生きていけないのは当たり前の事だ。それを、人間の様な姿をしたゴブ太が必要とせずに生きているのだから、今いる世界は俺の知る当たり前の感覚で物事を判断してはいけないと、暗に教えてもらった気分だな。
しかし、それと同時にゴブ太を鍛えてやる方法が脳裏に過った俺は、目の前で座るゴブ太にニヤリと笑うのだった。