第二十九話
数十分ほど前まではこちらの様子を窺い静まり返っていた酒場の冒険者たちも、今では何事もなかったかのように賑やかさを取り戻している。
「いや~、一時はどうなるかと思ったな。」
「どうなるかと思ったのはこっちの台詞よ!人のこと止めといて自分が暴れてどうするのよ。あんた本当に無茶苦茶よね。」
「……ユージちょっと怖かった。」
「ホント悪かったって。頭に血が上るとワケわかんなくなっちまうんだよな~。」
俺は先程キレてしまったことを素直に反省していた。
キレても録なことないのは自分でもわかっているので、普段からキレないように心掛けていたんだけど……無理だったな。
まあやってしまった事をこれ以上悔やんでも仕方がないので、とりあえず目の前に出された物を食べていると再び酒場内がざわつき出している気がした。
でも今回は自分に関係ないだろうと思った俺は、とにかく目の前の料理に集中していた。しかし、こちらに向けられている視線を感じたので顔を上げて見ると白髪の老人がこちらに真っ直ぐ近付いてきているのがわかった。
どうやら周りの冒険者の視線は俺じゃなく老人に向けられているようだ。
そしてその老人は俺達の居るテーブルの横で立ち止まるとこちらに話しかけてきたのだ。
「先程は見事な大立ち回りじゃったな。確か名は…ユージと言いったかの?」
「ん?爺さんあんた誰だよ?てかよ、人に名前を聞くならまずそっちが先に名乗るのが筋なんじゃねえの?おい、ポミお前も何か言ってやれよ。」
「………。」
声かけたのに反応がない二人を見ると、何故かポミだけじゃなくホミも老人を見て驚いている。
よくわからないがそんなにすごい爺さんなのかこいつ?
確かに俺が老人の問いを雑に返したぐらいから酒場内の空気が重くなっている気がする。
その証拠に次に老人が話す言葉を聞き漏らさない為なのか、先程から誰一人言葉を発していない。
しかしこの重苦しい空気を解放したのは他でもない、目の前の老人の楽しそうな笑い声だった。
「なるほどなるほど。確かにその通り、これは失礼なことをしたわい。ワシの名はネウトラル、ここの長をやっておる者じゃ。親しき者はワシの事を気軽にラルと呼ぶがその辺はお前さんも好きに呼んで構わんぞ。」
「あんたがここの頭かよ。それならこっちも名乗らないとな。俺の名前は森田勇次、こっちも気軽にユージって呼んでくれよラルさん。」
俺は自己紹介を終えると右手を前に差し出した。ラルさんは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐ笑顔に戻り俺の手を握り返そうとしていた。
その時、今まで大人しく黙っていたポミが何故か慌てた様子で俺の服を引っ張り奥へと連れていこうとしている。
「ネウトラル様申し訳ありません!失礼とは重々承知しておりますが、ホンの少しだけコイツをお借りしますね。」
「なっ、なんなんだよ!?っておい、いてえっての!」
振りほどく間も無くポミはラルさんに一言告げるとホミが待つ隅へと俺を連れていったのだ。
「だからいてえっての!こんな隅まで連れてきて一体なんなんだよ!」
「あんたこそ一体なんなの!?失礼にも程がありすぎて一瞬言葉を失ってたわよ!」
「そんな失礼なことしたか?俺は名前を聞かれたから先にそっちが答えろって言っただけだろ?」
「それが失礼なの!名前なんてさっさと答えなさいよ!あんた周りの空気感じなかったの!?あの時、全員が一瞬死を覚悟したんだからね!」
「死って大袈裟じゃね?なんだよ、協会の頭ってそんな権力もってんのかよ?」
「違うわよバカ!あの方を怒らせたらこの場に居る全員殴り殺されるって言ってんの!それだけ強いお方なの!」
全員殴り殺される?強いお方?あの爺さんが?
俺はポミの言う意味が全くわからず、さっきからニコニコしながら待っているラルさんを見た。
「そんな強そうな爺さんには見えないけどな~」
「ちょっとバカ、本当に笑えないから!今でこそアシミノーク領にある協会を纏める立場にいらっしゃるけど、数年前までは現役最強と言われる程の冒険者だったんだから!」
「へー、あの爺さんも冒険者だったのかよ。」
「だ~か~ら~……。現役時代は一度戦闘にはいると周囲全てを、敵味方関係なく拳一つで殲滅させるところから『狂拳のラル』って呼ばれ恐れられていた方なの!」
「敵味方関係なくって、それただの頭のイカれたジジイじゃねえかよ。そりゃある意味こええな。」
「ユージ!とにかくお願いだから怒らせないでよね!あんたの言動にこの酒場の人間全員の命がかかってるんだからね!」
マジで大袈裟に言い過ぎだと思うんだけどな。
最後にそれだけ言うと、ポミは俺をラルさんの方に突き飛ばした。
「お待たせしましたネウトラル様!そのバカになんなりとお聞きください!……ユージ、わかってるわよね!」
「愉快な嬢ちゃんじゃの。それで何の話しじゃったか?」
「ん?あぁ~、そう言えばラルさんは一体何しに俺のところに来たんだよ?用があるから来たんじゃねえのか?」
「おー、そうじゃった。でもここで話すのもな……」
そこまで言うとラルさんは辺りを見渡したのだ。
「ワシが外に出てくると周りの者が身構えるみたいでな。ちと場所を変えようかの。」
「飯も食ったし俺も聞きたいことがあるから別に良いぜ。」
「そっちの嬢ちゃん二人も来るか?じゃあ行こうかの。」
どうやら目的の場所はこの建物の二階にあるようで、ラルさんは二階へと続く階段に向かい歩き出した。
とりあえず俺もラルさんに着いていくと、後ろから二人も歩いてくるのがわかった。
そして着いたのが二階の一番奥にあるラルさん専用の部屋だったのだ。
部屋にはいると入り口付近で立っていた俺達に、真ん中にあるソファーに座るよう促した。
「長くなるかもしれんし三人とも座ってくれ。さてと、どの話しからしようかの。」
「そんなに色々あるのかよ。てっきり俺はさっきの事で叱られると思ってたぜ。」
「叱る?なぜじゃ?」
「なぜじゃって、酒場で暴れたからかな?」
まあどこの世界でも乱闘騒ぎなんて起こせば罰があると思ったのだ。それも自分で言うのも変だが、ちょっとやり過ぎたしな。
なのでここに呼ばれたのはその事だと思っていたのだが、どうやら少し違うようだ。
「まずはそこからいくかの。端的に言うと酒場での揉め事で基本罰則とかはありゃせんよ。」
「へー、それは寛容と言うか気前がいいと言うか。でも基本ってことは罰せられる時もあるんだよな?」
「その通りじゃな。基本罰することはないのじゃが、その揉め事が武器や魔術を使用するまでに発展した時は厳しい罰があると思ってくれ。」
「とにかく素手なら問題ないってことなんだな?」
「……ステ…ゴロ?ユージそれ何?」
「あぁ~、まあ武器を持たずに戦うって意味だよ。じゃあ他に何があるんだよ?」
俺はさっきの揉め事の事しか頭になかったので、それが解決した以上ここに呼ばれた意味がわからなかった。
ただポミは何かを思い出したようでラルさんに尋ねたのだ。
「ユージ、ここに何しに来たかもう忘れたの?ネウトラル様、昇級の件ですね!?」
あぁ~、すっかり忘れていた。確かに王都に来た理由はそれだったのだ。見ると、ラルさんはポミの問いに頷いていた。
「本題はそっちじゃな。タルト級の新人が元百鬼夜行の幹部を倒したと村から報告があった時は俄に信じることができなかったが……。お前さんなら納得じゃわい。」
「それどういう意味だよ。」
「実はの、ついさっきお主が揉めた者は最近何かと苦情の多い者でな。新人や自分より格下を見れば率先して絡みに行き、問題を起こしておったのじゃ。」
ここまで聞いて、ラルさんが何を俺にさせたかったのかピンときた。
「なるほどな。だから年寄りは油断できねえんだよ。」
「ほぉ~、これは以外じゃ。お主見た目と違って思ったより頭が回るようじゃな。」
「黙れジジイ……。」
前を見ると俺の目の前には好々爺の仮面を脱ぎ捨て、ニヤリと笑うラルさんが座っていたのだった。




