第二話
寒い…。
今何時だ…。
夜風の冷たさで、眠りから目覚めてしまった。
今何時なのか確認したくて、体を起こし目を開いた俺は、目の前に広がる光景に一瞬で心を奪われたのだ。
雲一つない星空から照らされている月明かりが、目の前の湖に映し出されてて、その美しさはこの世の物とは思えない…
俺は、暫し時間を忘れて目の前の湖を眺めていた。 だけど…時間が経つにつれて、この違和感に気がついたのだ。
ん?幻想的な月明かり…?綺麗な……湖…?はぁ!?何でまだ、夢の中に居るんだよ!?
そうなのだ。夢から覚める為に眠りについたのに、起きた場所はさっき自分が横になった、湖の畔のままだったのだ。
夢の中で眠りについて、起きたらまだ夢の中って…本気で意味がわからないぞ。
正直そんな長編ストーリーのような夢は望んでいない。
ポケットには壊れたスマホが入っていたので、先程の夢の続きなのはわかったけど、まさか夢じゃないのか……?
一瞬だけだが、最近よく漫画などで目にする【異世界なんたら】ってのが脳裏を過ったが…そんなバカな話ある筈がないと俺は顔を横に振った。
だが、仮に夢だとしても自分が今何処に居るのか位は確認しておいて損はないはずだ。しかし、そう思っても宛がない。
日中に湖の周辺を歩いたが民家らしい物は目にしなかったし……あっ!
俺はここで、一つ思い出した。昼間ナイフを手にし、俺に襲いかかってきた少し危ない連中の事をだ。
さすがに起きて何処かに逃げているとは思ったが、今の俺にはそれぐらいしか思い付かなかったので、とりあえず向かうことにした。
昼間と同様に、静けさの漂う湖の畔を歩いていると、そろそろ目的の場所に辿り着きそうだ。
街灯などは当然なく、月明かりのみで歩いていたが、空に雲一つないおかげで思ったより周囲が明るい。
それでも、昼間ほどハッキリ見えてはいないので、目を凝らしながら歩いていると、前方に何かが見えてきた。
俺は、歩く速度を少し落として、その何かに近づいてみたのだ。すると、昼間に殴った奴が夜になってもその場に横たわっているではないか。
いくら気絶したとはいえ、これはさすがにおかしいだろ。あの時確認しなかったけど、あれだけ派手に吹っ飛んだし、まさかな…。
俺の脳裏に最悪の事態が浮かんだ。病気のようにガリガリの体があれだけ吹き飛んだ、当たりどころが悪ければ十分可能性がある。
しかし、一瞬躊躇ったもののここでウダウダ考えても答えが出る筈がない。…俺は覚悟を決めて、横たわる男に近づいた。だが、真上から見下ろすぐらいに歩み寄っても、全く動く気配がない…。
ん~、自分の夢の中だとしてもこの結果はあまり気分の良いもんじゃないな…。
横たわる男を見下ろすように眺め如何するべきか考えていると男が少し動き何かを口走ったのだ。
「ムニャムニャ…これ以上は食べられないゴブ~。」
…はぁ!?死んでしまったのかと心配していた男は、どうやら眠っているだけのようだ。
俺は、自分が過ちを犯していないことに少し安心をした。だが、それと同時に目の前で気持ち良さそうに眠る男に対して、フツフツと怒りが込上げてきた。
しかし、俺が今何処に居るのかを知るためにも、怒りに身を任せていたら話にならない。極力、気持ちを落ち着かせて眠る男に起こしてみることにした。
「なぁ、ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ。おい、起きてくれよ。」
「…だからこれ以上は無理ゴブよ~。」
【ブチン!!!】
「てめぇ!起きろって言ってんだろうがぁ!……あっ…。」
俺なりに優しく話しかけてはみたが、眠る男の反応にキレてしまった…。それも、両足を掴み湖に向かって放り投げてしまったのだ。
男は…綺麗な放物線を描き、湖に落下した…。
今まで波一つなかった湖に男が沈んでいく。そして男は、必死の形相で水面に顔を出したのだ。
「ゴ、ゴボァァ。な、何ゴブか!?一体何が起こったゴブ!?」
今まで眠っていた奴が、突然湖に放り投げられたら当たり前だがパニックになるだろう。
とりあえず俺は、必死で泳ぐ男に極力優しく声をかけた。
「おいてめぇ!こっちだ、こっちだよ!良いからこっち来いよ!」
男は俺の声を聞いてこちらに来たのか、ただ必死に泳いだら偶然来たのかはわからないが、息を荒くして目の前で横たわっている。
さすがに今は話が出来そうにないので、落ち着くまで待つことにしたのだ。
数分後…やっと落ち着いてきたようなので、俺は話しかけてみた。
「あのよ…。」
「ん?あぁ~!お前は昼間の!」
「その、なんだ…。昼間は悪かったな。ちょっと聞きたいことが…」
「湖に入れたのもお前ゴブね!俺を殺すつもりゴブか!?」
「いや、そんなつもりはねぇって。だから、ちょっと話を…」
「騙されないゴブよ!そうやって油断させて殺る気ゴブね!だから嫌だったゴブよ!人間に近づきたくなかったのにアイツらが…」
「だから話を聞けって言ってんだろ!ゴブゴブゴフゴブ、てめぇはどこぞのゆるキャラか!………あっ…。」
話をしようにも、俺の言葉を聞かない男に再びキレてしまい、勢いよく平手で頭を叩いてしまった。
そして、再び男は気絶したのだ…。
数分後…男は俺の前で正座していた。さすがに、さっきのは俺が思わず手を出してしまい再び気絶させたので、悪いと思い少しの間待ってみたのだ。
だけど、最初から気の短い俺が長時間待てる筈もなく、無理矢理たたき起こした。
起きた時はもちろん大騒ぎしたけど、俺もそろそろ今の状況にうんざりしていたので、誠心誠意相手の目を見ながら、心を込めて一言だけ男に告げたのだ。
「てめぇ…それ以上騒いだら気絶じゃすまさねぇからな。」
俺の言葉が相手に届いたようで、その発言以降は大人しくなっている。
そして、立ち話もアレだしとにかく座るように伝えると、姿勢をただして正座を始めたのだった。
さて、まず何から聞くかな?とりあえず、ここが何処なのかを確認するところから始めるか。
俺は、正座する男にここが何処なのか尋ねてみた。 すると男は、一言だけ
「湖ゴブ。」
そう答えたので、優しく頬に平手をお見舞いして、もう一度聞いてみることにしたのだ。
「ほ、ホントにそれしかわからないゴブ。俺達の間では、ここは大きな湖って呼んでるゴブよ!それ以上何か言えと言われても無理ゴブ~。」
目に涙を浮かべながら、必死に伝えてきた。ん~、聞き方が悪かったかな?俺は改めて、ここは日本の何処なのかを尋ねてみた。
「ニホン…?なんだそれ?俺の剣は一本ゴブよ?」
これには少し苛っとしてしまい、正座する男に声を荒げてしまったのだ。
「てめぇ!俺のこと舐めてんだろ!?何で日本がわからねぇんだよ!日本だよ日本!んじゃてめぇは何人なんだよ!?」
俺の勢いに男は完全に萎縮している。だっておかしだろ。日本を知らない何て言葉が目の前のやつから発せられて納得できるはずがない。
だが……実は先程から何となくここが日本じゃない気もしていたのだ。
何故なら、いくら俺でも目の前に広がる湖が、日本の何処を探しても存在しないことぐらいわかっている。
しかし、そうなると外国なのか?とも考えたが、それもあり得ない。
現に目の前の男と会話が成立しているからだ。
ん~…、やっぱりこれは夢だよな…?
すると、悩む俺に男は提案してきたのだ。
「あの~、ずっと向こうに人間が沢山居る場所があるゴブよ…。俺は何もわからないけど、そこに行けば…。」
沢山居る場所ってのは街があるってことか?確かにそこに行けば何かわかるかもしれないな。よし、それならそこに行ってみるか。 これが夢なら途中で覚めるだろうし、そうじゃないなら…その時考えればいい。
俺は次に何をするべきかが決まったので、男に告げた。
「よし!んじゃあ、そこに行くか!おい、お前道案内してくれよ!」
さすがにわからないことが多すぎるし、道に迷うのも面倒なので、男に案内させることにする。
だが男は、俺の言葉を聞くと心底驚いたようで、早口で捲し立ててきたのだ。
「ええええ!そ、それは無理ゴブよ!そんな場所に行ったら、一瞬で討伐されるゴブ…。」
少し苛っとしたが、それならと思い、尋ねてみた。
「ならよ、お前の住んでる場所に連れてけよ。お前が何も知らなくても、他の奴が何か知ってるかもしれねぇしな。」
俺の言葉を聞くと、男は突然俯き何やらボソボソと呟くように話し出したのだ。
「それこそ無理ゴブよ…。俺達には決まった住み処もないし、仮に他の奴と合流しても、人間なんて連れていったらアイツ等にまた…。」
今にも泣き出しそうな声で呟いている。
そして、そこまで聞いて一つわかったことがあったのだ。
「お前…虐められてんのか?」
俺の問いに、一瞬体をビクリとさせて男は必死に答えだした。
「い、虐められてるわけないゴブ!お、俺はみんなの憧れゴブよ!今日も、俺一人で人間を倒してくるから見てろと言ってお前に挑んだゴブ!……結果は負けたゴブけど……。」
う~ん。あの時そんなかんじゃなかったよな?確か最後にケツを蹴られていた気がするぞ…。
目の前の男の様子を見て、ホンの少しだけ同情してしまった俺は、更に尋ねてみた。
「なぁ。何で虐められてるかは知らねぇけどよ、悔しくねぇのか?やり返してやろうとかは考えねぇのかよ?」
基本的に虐めってのは嫌いだ。俺も喧嘩はよくするけど、明らかに自分より弱い奴とは極力しないようにしている。この手の話は、どっちが悪いか何て、当人達にしかわからないことだが、こうやって多少なりとも言葉を交わした以上、無視することもできない。
俺が尋ねると、男は顔を上げて口を開いた。
「そ、それこそ無理ゴブよ…。アイツ等は俺より強いゴブ…。悔しくないはずないけど、俺の力じゃどうすることもできないゴブよ…。あっ、べ、別に俺は虐められてないゴブ!」
う~ん。ここまで聞いて無視はできないか…。どうせ急ぎじゃないし、ここで少しぐらい道草食っても大丈夫だろうな。
俺は男に告げた。
「おい!悔しいって気持ちがあるならよ、俺も少し付き合ってやるから、アイツら見返そうぜ!」
俺の言葉に、驚いた表情を一瞬見せたが、男は直ぐに下を向き、再びボソボソと話始めたのだ。
「そ、そんなの無理ゴブよ…。仮にお前が手を貸してくれても、一人になったらまた虐められるゴブ…。」
男の言葉を聞き、少し勘違いをしていたので、認識を修正させることにした。
「はぁ?何言ってんだ?戦うのはお前一人だぞ?俺はお前が強くなるように鍛えるだけだ。」
「はい?ちょっと待つゴブ?鍛えるって…俺をゴブか?」
男は俺の言葉を聞くと、直ぐ様聞き返してきた。
「そんなの当たり前だろ?俺がアイツ等をぶん殴っても、何も解決しねぇだろ?だからその為に鍛えるんだろうが?」
俺が手を貸すのは、あくまでも間接的にだ。そうしないと、一向に前に進むことができない。
そして、男は少しだけ考えてから、俺に告げてきたのだ。
「何をする気かは知らないけど…無理ゴブよ…。どうせ俺なんて…。」
少し…いや、結構面倒になってきた俺は、気が付くと正座する男のすぐ目の前に、座り込み
「イチイチ面倒くせえ奴だな!男ならガツンとかましてやれよ!」
「でも…。」
「でもじゃねぇんだよ!」
「だって…。」
「だってでもねぇよ!」
俺は男の言葉を遮ると、いつの間にか胸ぐらを掴み顔を近づけながら
「ごちゃごちゃ五月蝿い!やるのかやらねぇのかどっちなんだよ!?」
「や、やるゴブ!だ、だから離してほしいゴブよ!」
こうして、奇妙な形で知り合った男と、少しの間過ごすことになったのだった。