第十九話
私達の奇襲攻撃は確かに成功したはずだ。
相手が身構えるより先に渾身の蹴りを顔面に食らわすことが出来たのだから。
いつもならここで終わる。でも今回は少し違うようだ。
「おい!いつまで黙ってるつもりだ。てめえ等は誰なんだ?黙ってないで何か言いやがれ!」
平然と立ち上がる男を見て私の体は硬直していた。
今の私では目の前の男に立ち向かうには実力が足りなかったのか?無謀だったのかと不安が脳内を駆け巡る。
大量の汗も内側から噴き出してきている。
次はどうしよう……。
「……ポミ大丈夫。私達ならあんな奴に負けたりしないよ。」
すると、動かない私に後ろからホミが優しく声をかけてきた。
「と、当然でしょ!それに私達じゃなくて、私一人でも負けたりしないわ!」
私は反射的にホミに言い返していた。
そして気がつくと体が軽くなっていたのだ。そう、私は完全に男に飲まれ無意識に怯えていたのだろう。
だがそれも、ホミの一言で解けた。
もう大丈夫…。私達は負けない!
「あんた達こそここで何してるのよ!?…いえ、何も言う必要は無いわ!あんたは私達に倒されるんだからね!」
「威勢の良い小娘だな。しかし、俺も舐められたもんだ…。良いだろう、世の中ってものをわからせてやる!ほら、待っててやるからかかってこいよ!」
「言われなくても行ってやるわよ!」
言うと同時に私は腰の短剣を抜き、男に斬りかかった。
最初の蹴りをほぼ無傷で耐えたこいつに肉弾戦では通用しないと思い、多少の躊躇いはあるものの刃物で攻撃することにしたのだ。
とにかく戦意を失わせた時点で私達の勝ちになると考えた私はとにかく足を使い相手を翻弄することにした。
思った通り…こいつ私の速度についてこれてない。これなら!
私は相手の死角に素早く回り込むと体を低くしながら下半身目掛け刃を払った。
広場に金属がぶつかった音が鳴り響く。
男は手にした剣で難なく私の攻撃を防いだのだ。
今のはきっと偶然だ。何故なら相手は私の体を捕らえきれていないのだから……。そう追い込み不安になりそうな心を奮い起たせると私は何度も男に斬りかかったのだ。
だけど、何度死角に回り攻撃しても相手の剣で阻まれ傷一つつけることができない。
そして何度攻撃が防がれたかもわからなくなり、一度体勢を立て直そうとした後ろに下がった時…不安そうに杖を握り締めてこちらを見ているホミの姿が目に入った。
くそ、あんなに不安そうな表情で私を見つめるホミは見たことがない…。
私が何とかしないと…私が倒れたと同時にホミまで危険な目にあう。そんなことは絶対にさせない!
ホミの姿が折れかけた私の気持ちを奮い起たせる!絶対に負けられない!
そして、次に私が繰り出した一撃でここまで長く感じた膠着状態も終わりをつげたのだ。
「チョロチョロと鬱陶しいな!いい加減相手するのも飽きてきたしそろそろ反撃しても良いか?オラ!!!」
「何を言って…きゃあ!?」
私が足に目掛けて払った短剣を男は今までと同様剣で防ぐと、体を捻り狙ったのとは逆の足で低く構えた私に蹴りを入れたのだ。
蹴りの威力の凄まじさと、何とか反射的に後ろに飛んだことも相まって私の体は吹き飛ばされ激しく壁に叩きつけられた。
「ぐはぁ……。」
「ポミ!!!」
「おいおい、威勢よく突っ込んできてまさかこれで終わりじゃねえよな?ところでそっちのお前は来ねえのか?」
痛みと衝撃で意識が飛びそうだ…。
男はニヤニヤしながら私とホミを交互に見ている。
立たなきゃ……。まだ終われない……。
「……負けない。ポミはお前なんかに負けたりしないんだってさ!お願い、間に合って!……癒しの女神よ、傷付き倒れたあの者に救いの手を差し伸べたまえ!治癒」
ホミの叫び声と同時に私の全身が緑の光に包まれた。
そしてその光が徐々に小さくなり消えたときには体の痛みが完全に消えていたのだ。
「ありがとうホミ!」
「んーん…無事でよかった。それよりも前!」
「へー、驚いた。そっちの娘は治癒の魔術使いかよ!」
ホミの声に慌てて男に視線を向けるとこちらに向けて剣を振りかぶっていた。
ギリギリのところで勢いよく振り下ろされた男の剣を避ける事のできた私は、一度男から距離をとるために大きく後ろに下がった。
さっきの一撃は正直危なかった。ホミの癒しがなければと考えるとゾッとする……。
見ると男は足を止め、手にした剣を肩で担ぎながらホミを見ていた。
「なるほどな。そっちの小娘が勢いよく前に出れるのもお前がいるからか……。なあ、お前俺達の仲間にならないか?」
「なっ、はぁ!?あんた何言ってんのよ!?」
「あ!?別におかしいことじゃないだろ?治癒の魔術使いは貴重だからな。ここで殺すには惜しいだろうが。」
「ホミは…ホミはあんたの仲間になんてならないんだってさ!」
「まあ良い…。先にお前をぶっ殺してからゆっくり返事を聞かせてもらうか。」
そう言うと男は何故か私じゃなくホミに向かって行ったのだ。
さっきの男の台詞と今の行動の意味が理解できなく一瞬思考が止まり動くのが遅れた私はとにかくホミに向かい駆け出した。
男は一瞬でホミに詰め寄ると剣ではなく拳で繰り出したのだ。
「殺しはしねえよ。ただお前が起きていると面倒だ。少しの間眠ってろ。」
「ダメ~!!!」
私の叫びも虚しく男の拳がホミをとらえる。
ホミにあの攻撃を避ける術なんてない。
そして殴られたホミは入り口付近まで吹き飛ばされた。
横たわるホミを見て頭が真っ白になる……。まさか今ので死んだりしてないよね……?また二人で笑って過ごせるよね……。また一緒に……。
「いやぁ~!!!」
私はいつの間にか走るのを止めその場に座り込んでいた。
気がつくと涙が頬を伝っている。
そんな私のもとにゆっくりと男は近づいてきた。
「なんだもう終わりかよ?まあ手間が省けて助かるがな。まあお前の仲間は俺達が責任もって面倒見てやるから気にせず安心して死ねや!じゃあな!」
そう言うと振りかぶった剣を私に向けて下ろした…。
ごめんねホミ……情けなくて頼りないお姉ちゃんで……。
大好きだよ……。
「ギリギリ間に合ったぞオラァ!!!」
死を覚悟した私が目を閉じると同時に、聞き覚えのない声が響き渡る。
そして何かが壁に当たったような大きな音がしたのだ。
何が起きたかと思い目を開けると、私の目の前には全身真っ白の服を着た見慣れない男の背中があったのだった。