第十二話
俺は森で出会ったドルフという名の男に連れられて当初の目的だった村にやっと辿り着いた。
その日はドルフの家に招かれて、パンのようなものとスープを御馳走になり食べ終わると疲れが一気に出てきたのかそのまま机に突っ伏した形で眠ってしまったのだ。
そして翌日目が覚めると、ドルフはすぐに村長の元に俺を連れて行くと言い出した。
どうやら昨晩、俺が眠ってすぐにドルフが村長の元へ話をしに行ったようで目が覚めたら俺を連れてこいと言われたらしい。
特に断る理由もないし、逆に俺としても聞きたいことがあるのでドルフの言われるがまま後を着いていった。
「旅のお人よ、たいそうお困りだった様子で。昨夜の事はそこのドルフから概ね聞いておりますぞ。何もない村ですが、ようこそウーゼイの村へ。」
どんないかつい奴が出迎えてくれるのかと思ったが、俺の目の前にいるのは優しい顔をした温和そうなじいさんだ。
一応歓迎されている様子だったので、この世界の事を自分の状況を確認するためにもとにかく村長と話をすることにした。
「えっ~とよ、まずは助けてくれて本当に感謝している!マジでこのままどうなるのかと思っていたからさ!それでいきなりで申し訳ないんだけど、ちょっといくつか聞きたいことがあるんだけど……良いかな?」
俺はまず助けてくれたドルフと、受け入れてくれた村長に頭を下げた。
村長はそんな俺を見て少しだけ驚いた表情を見せたが、すぐに優しい表情に戻り黙って頷いたのだ。
「んじゃまずはゼクスって名前に聞き覚えあるか?どうやらこの世界の神様ってことらしいんだけどよ。」
俺の問いに村長は先程よりも驚いた顔を見せた。だが次の瞬間静かに笑いだしたのだ。
何がおかしいのか、少しバカにされた気分になった俺は無意識に村長を睨んでいた。
そんな俺を見た村長は笑うのをやめ
「いやいや、別にユージ殿をバカにしたつもりはありませんよ。気分を害されたなら謝罪します、申し訳ない。さて、ゼクスと言う名でしたね。ええ、あなた様の仰有る通りゼクス様はこの世をお造りになられた神様と私共も伝え聞いておりますぞ。」
反射的に睨んでしまった俺に村長は軽く頭を下げそう告げた。
そして続けて教えてくれたのが、この世にも神と称される存在は数人いるらしいのだがゼクスだけはなんでも特別な存在で誰もが知っている神様らしい。
ここではない遥か遠くには国全体でゼクスを祭り崇める宗教みたいなものもあり、その国の影響で大陸全土に信仰心の違いはあれど信者も多数いるとか。
そりゃ誰もが知る神様の事を聞けば村長も不思議に思うし笑ってもおかしくないよな。
俺は言葉には出さなかったが先程睨んでしまったことを心の中で謝罪し頭を下げた。
そして、村長にゼクスの事を聞いてここまで認めたくなかったがここは完全に俺の知る世界じゃないってことと、夢の中に出てきたアイツの存在や言葉が嘘じゃなかったってことだ。
ただまあ本当に夢に出てきたアイツがゼクス本人かはわからないけど、それを確認する方法なんてないしそれこそ考えるだけ無駄だな。
さてと、ゼクスが神でここは日本じゃない。そして俺は元の場所に戻れない……これが俺の現状だ。
理解も出来ないし正直認めたくない部分の方が多いけど、いつまでも自分の状況を嘆いていても仕方ない。
それよりも俺がこの先こっちで生活するしかないのならその事をもっと考えないとな。
ただ考えるにしても情報が少なすぎるしとにかくもっと話を聞かせてもらわないとな。
でも……何を聞けばいいんだ?
「ユージ殿~、大丈夫ですかな?」
ゼクスの事を聞いた後、俺は腕を組み黙って考え込んでいた。
その様子がどこか心配になったようで村長は声をかけてきたのだ。
沈黙が流れ、俺がその問いに即答できずにいると
「どうやら訳ありのようですな。余計なお世話かもしれませんがこの村の外れに空いている小屋がございます。心が落ち着くまでよければお使いになりますか?」
そんなことを言い出したのだ。
そりゃ人が居る場所に拠点ができるのはこちらとしては凄く嬉しいことだが、どうも素直に受け入れることができない俺は村長に問いかけた
「そう言ってくれるのはスゲー有り難いけどさ、何でそんな優しくしてくれるんだよ?もしかしたら俺が大悪党で村でなにか悪さするかもしれねーのによ。」
俺の質問は当然の事だと思う。退っ引きならない事情があり仕方無く一晩泊めるのと村に住まわせるのは話が全然違う。
それなのに村長は出会ってまだ数時間の俺を、仮にとはいえこの村に住んでもいいと言ったからだ。
すると村長はにこりと笑うと
「貴方が悪い人ではないと思ったからですよ。」
「そ、そんなのアンタの勘違いかも知れねえし……いや別に何かするとかって話でもねえけどよ…。」
「そうですね、私としては三つほど理由があるのですが…。」
俺をここに住まわせる三つの理由だと?
全然理解できない俺が黙っていると村長は話を続けた。
「まず一つ目は、そこのドルフが一晩泊めたことに対して貴方は感謝の意をキッチリ言葉と態度で伝えたでしょう?素直に人に頭を下げれる人にそうそう悪い人はいませんよ。それに私との話の途中でも思いましたがどうやら貴方は隠し事が苦手なようですので何か企んでいるようには見えませんでしたね。」
いや……爺さんそんなことはねえだろと全力で突っ込みたくなったがとりあえず黙って話を聞いた。
「二つ目は、私の勘違いかも知れませんがどうやら記憶が失くなっているとお見受けしますが…?ゼクス様の事も知らないようですし聞けば湖の畔で生活をされていたとか?あんなところで生活をするなんて普通の人間じゃ考えられません。何か事情がおありかと思いましたので心が落ち着くまでお役に立てればと思ったまでですよ。」
記憶喪失か…。
確かに誰でも知ってる神様の名前すら知らないなんて記憶がなくなっている以外説明のしようがないか…。
俺は別の世界から来たって言ったところで信じてもらえるはずないしな。
ここまではなんとなく理解した。
そしてここまで聞いたら残り一つの理由も当然気になるので俺が黙っていると村長はとんでもないことを言い出したのだ。
「最後の一つはと言うと…単純にユージ殿の顔が気に入ったからですよ。」
「か、顔!?てめぇ気持ち悪いこと言ってんじゃねえよ!?」
なんだ!?コイツそっちの趣味なのかよ…?
ここまでは良い爺さんだと思って話をしていたがそうとわかれば長いはできねえな…。
俺はなんだか身の危険を感じた気がしたので、そそくさとこの場から立ち去ろうとすると
「ホッホッホッ、勘違いなさらないでください。そんな素直なところも貴方が悪人ではないと思わせる要因なのですが…。」
「てめぇやっぱりバカにしてんだろ?それに勘違いってなんだよ!?」
「別に外見的な事を言ったわけではなく、なんと言いましょうか面構えと申しますか佇まいと言いますか…。久しく見掛けなかった男らしい雰囲気に興味が出たと言えば良いのでしょうか?言葉にするのは難しいのですが…まあ以上が貴方をお助けしたいと思った理由ですよ。ご不満ですかな?」
不満かと聞かれたら正直特に不満はない。ただどこか釈然としないので
「なんかすげえな。爺さんアンタいったい何者だよ。」
「ホッホッホッ、ただの村の村長ですよ。まあ強いて言うなら年の功ってやつですな。」
これだから年寄りは苦手なんだよ…。
そんな村長を見て俺は他界した祖父の事を少し思いだした。
「チッ…。助けてやろうと手を差し伸べられて、それを払う余裕も情けない話だが今の俺にはねぇんだよな…。」
いくら悪態を着いても何も変わらないし、優しい笑みを浮かべる村長の提案に行くあてもない俺はとりあえず甘えることにした。
そして、俺は改めて村長に頭を下げたのだった。