アクマ探し
クオと会話しながら歩いて数分後、目的地である花屋の前にたどり着くも黒い悪魔の姿はどこにも見えなかった。
喫茶店からここまでかかる時間は数十分程度、考えてみれば彼が2,3時間もここに居るなんて思う方が難しいだろう。
「彼、居ないみたいだね」
「……」
「手がかりも無いし、どこを探せば良いのかも分からないね」
「…………」
隣に並ぶ小さな天使に語りかけるように瑞希が話すとクオは黙り込んだ。
すると何を思ったのか彼は瑞希の差す傘から抜け出し雲に覆われた灰色の空に向かって地を蹴り飛び上がった。
ーーが、彼の片足に巻き付く枷の鎖が鉄球に引っ張られピンと伸びる。
その反動で彼の細い体は引っ張られて弧を描くように顔から落ちた。
数秒もかからない一瞬の出来事だったので瑞希は表情が固まり何が起きたのか頭が追い付かない。
それでも頭を左右に何かを払うかのように振ると倒れたまま動かないクオのもとへ駆け寄った。
「ちょ、大丈夫?」
「ん……」
「その鉄球軽々しく引っ張りながら歩いていたもんだからてっきり軽いものかと思ってたけど……」
鼻の先が赤くなっているにも関わらず何もなさそうな顔をしてクオは起き上がる。
そしてコンクリートとキスをした原因である鉄球と枷を繋ぐ鎖を憎たらしそうに握りしめた。
先ほどまで温和だった彼の雰囲気がどこか禍々しく感じさせるのだ。
「悪かったよ。私も探すの手伝うからさ、ね?」
「……」
瑞希は傘を片手に持ちながら俯く天使の肩を優しく置き宥める。
彼は顔を上げて、鎖を掴む手の力を緩めた。
黒さを感じる雰囲気も少しずつ収まっていくのが何となく分かる。
それを見ると彼女はそっと小さく細い手をジャリと金属の音を立てながら鎖から離させる。
余程強い力で握ったのか手のひらに鎖の跡がくっきりと赤く残っていた。
『見つからない、見つからない。こんなに探しているのに!』
彼女の脳裏で誰かが悲しんでいる。
聞き覚えのある声だ。
しかし誰の声か思い出せない。
『くそ……、くそっ、くそックソックソッ!』
喉の奥から何かが湧き出そうな気持ちだ。
瑞希は少しだけ歯を食いしばり、目を閉じる。
鼻から負の感情を出すかのように息を吐くと彼女の心は落ち着きを取り戻す。
目を開ければ治りつつある切り傷だらけの自身の手が見える。
その手をクオの手のひらへ、優しく包むように乗せた。
そして彼の方へ目を向けると彼は俯いてはいないものの、瑞希の方を見ていなかった。
若干彼女から目が反れている。
どうやら彼女の後ろを見ているらしい。
瑞希は彼の視線を辿って後ろを振り返った。
するとそこには数多くの通行者の殆どが自分を見ながら歩いていた。
少しだけ目をこちらに向けてすぐ反らす者も居れば、幼い少年少女が瑞希に指をさして彼らの手を引く母親に『あの人何やってるの?』と尋ねたりもしている。
そう言えば先ほどクオが大抵の人間に自分たちは見えないなんてことを言っていたような。
ーーもしかして、全部見られてた?
全てを理解した瑞希の顔は一瞬にして夕日のように真っ赤になる。
幸いにも今まで彼女は彼らに背を向けていた。
ならば、と彼女は素早く行動に移る。
「あぁハトさん、ほ、ホントに大丈夫かなぁ!?」
わざと大袈裟そうに少し叫ぶと手に持つ傘を肩と首の間に挟み、尻ポケットから少しだけ皺のあるハンカチを取り出す。
そして何かを抱えるかのように両手の小指をくっつけてその上にハンカチを乗せる。
「て、手伝ってあげるからね、今すぐ動物病院を探してあげるから!」
誰にも見られないように片手でクオの肩を軽く叩き、首を動かして花屋の脇にある小道へ行くようジェスチャーをした。
彼女が立ち上がると彼も同じように立ち上がり、彼女が走れば着いてくるので少しだけ安心するのだった。
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人気の少ない路地の辺りまで走ると、瑞希は片手を膝に付け背を上下に揺らす。
しばらく走ったことと変な目で見られていた状況に居たことが彼女を疲れさせたのだ。
一方クオの方は、息一つ乱しておらず棒立ちで彼女を見下ろすだけだった。
人間と少し違ったおかしな生き物とはいえ、これではまるで自分がこのくらいで疲れてしまうほど年を取ったみたいではないか。
瑞希はどこかむなしい気持ちでいっぱいになった。
「君は、一体、ぜぇ、肺をいくつ、持っているんだい」
苦し紛れに皮肉っぽく愚痴をクオにぶつけてやる。
「はい?」
「呼吸に必要な、臓器の、こと、だよ」
「ぞうきって?」
「……やっぱり、何でもない」
この天使に愚痴は効かない。
瑞希はそう悟った。
さて、息が整うと瑞希は今自分たちがどこに居るのか辺りを見回す。
改めて見て見ると本当に人気を感じない。
車が一台くらいしか通れないほどの狭さ、すでに閉店してるのではないかと疑いたくなるほどの古いカラオケの店が建っている。
あとは汚れの目立つコンクリートの塀の向こう側にマンションやら家やらがあるくらいだ。
先ほどまで都会に引けを取らないほどの街並みで瑞希はまるで別世界の中に居るような、少し寂しい気分になる。
とは言え、この街が友人の最後の目撃情報だ。
こういう目立たないところで何かヒントがあるかもしれない。
するとそんな眉を寄せる彼女の袖を、クオは自身に気づかせるように引っ張った。
「どうしたの?」
「何か、聞こえる」
クオはコンクリートの塀の方へ指をさしている。
「コンクリートの壁しか見えないけど」
「違う。向こう側」
ーー何も聞こえないけど。
疑いつつも瑞希は音の根源を探ろうとクオに声をかけてからマンションを囲むコンクリートの塀に沿って足を進める。
また別の塀との間に隙間が見える。
二人くらいなら通れそうな道だ。
隙間の目の前に立つと、奥の方から何かがぶつかる音が聞こえた。