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世間知らずに罪はない

 灰色の空、聳え立つ影のような黒い山々、枯れ木の並ぶ森の中顔半分がバケモノの女性が立っている。

 どこか怒りを感じさせるように目を細める。

 彼女の目の前で真っ黒なローブが浮いている。

 鎌を針金のような手で持ちローブの奥から二つ目を光らせた。


「それで、何の用?」

「まぁまぁ。そんな暗い顔しないで、久しぶりだなイエット」

「早く本題を離してちょうだい。さもなきゃ帰るわよ」

「はは、まいったなぁ」


 頭を掻くように片手を後頭部らしき部分に持っていき撫でる。

 そして一つ、咳き込むと彼女に光を向ける。


「君のところに尋ねてる、生身のヒトの事だ」

「!」

「アレに聞かれないようここに呼んだわけだが」

「何であの子にだけ私たちが見えるのか、分かるの?」

「もちろん。来るべき客がそこに来てる、それだけで分かるだろう」

「……やっぱり、あの子もそうだったのね」

「…………まだ助ける道があるなんて、思ってるんじゃないだろうな」

「そんなことは……」


 口から吐き出そうとしたものを途中でグッとこらえて閉じる。

 肩を落としながら前歯で唇をギュッと噛み締めた。


「君の気持はよく分かるが、ルールはルールだ。情を移すなよ」


 うつむく彼女の気持ちを表すかのように枯れ木は揺れ、森の底からうめき声がする。

 強い風が、二人の周りを通り過ぎるのだった。








◆◇❖◆◇❖◆◇❖◆◇❖◆◇❖◆◇❖◆◇❖◆◇❖◆◇❖◆◇❖◆◇❖◆◇❖◆◇❖








 一方その頃、瑞希はクオを連れて喫茶店に戻るのだった。

 傘に付着した水滴を振り払ってから中に入る。

 クオは彼女を待つ素振りも見せずカウンターの方へ向かう。


 イエットは既に戻っていた。

 何もなかったかのようにグラスを拭いている姿がドア付近からでも見えた。


「あら、二人ともどこに行ってたの?」

「アイス買ってた」

「わ、私はそれを追いかけて……」


 ジーパンの裾がまた湿っているのを見てイエットは苦笑いしながら頷く。


「テッド来た?」

「いや、私は見てないよ」

「き、喫茶店の近くまで行ったんですけど私も見てません」

「様子を見に行くにしては遅いわね」

「……。テッドどのくらい前に来たの?」

「んー、2,3時間は前だったわね。あなたが花屋に居るって知ってすぐに飛んで行ってねぇ」


 クオは数秒だけ考えるかのように下を見て、答えが決まったのかドアの方へ振り返る。


「どこに行くの?」

「テッド探す」

「さっきあなたが行った花屋の場所、覚えてるの?」


 イエットの問いかけにクオはまた彼女の方へ振り返り首を傾けた。


「覚えてない」


 間もなく返事をしたクオに瑞希は心の中で驚きの声を上げる。


ーーさっき行った所なのに完全に忘れるなんて……。


「じゃあ瑞希、頼みっぱなしで悪いんだけどその例の花屋にクオを連れて行ってもらえるかしら。この子は一度言い出したら何を言っても聞かないのよ」


 クオが上目遣いでまん丸の緑色の目を瑞希の方へ向けている。

 相変わらずの無表情だが目の奥が目に見えるほど僅かに輝いていて何かに期待している様子だ。


ーーそんな目で見られたら断るにも断れないじゃないか。


 元々断る気すらないお人好しな自分に瑞希は自嘲気味に笑うのだった。







◆◇❖◆◇❖◆◇❖◆◇❖◆◇❖◆◇❖◆◇❖◆◇❖◆◇❖◆◇❖◆◇❖◆◇❖◆◇❖







 降りやまない雨の中、瑞希とクオは一切会話もせずに花屋へ向かう。

 傘に当たる数多くの水滴の音を感じ取りながら瑞希はこの気まずい空間をどうにか打ち破れないか悩んでいた。

 どうにか乗り切ろうと喉から出そうで出ない声を絞り出す。


「そう言えば、さっきは何で花屋に行ったのかな?」

「?」


 クオは返事を返さなかった。

 ただ彼女の方を向いて首をかしげるだけだ。


「えっと、適当に歩いてたら偶然見つけた、とか?」


 クオはコクリと頷いた。

 どうやらその通りらしい。

 勢いに乗ったかのような気分で瑞希は次々と口に出す。


「じゃあコンビニに着いたのも偶然?」

「?」

「コンビニ、分かる?さっきアイス買った場所」


 クオはまたコクリと頷いた。


「そっか。もう直ぐハロウィンとはいえその格好しててレジの店員とか驚いただろうね」

「?」


ーーいちいち説明しなければいけないのか。


 どうもあの喫茶店の客は世間知らずが多い気がする。

 普段からここに住んではいないのだろうか。


 彼女は前からイエットやククロに聞こうとしていることがある。


『あなたたちは別の世界からやって来たのではないのか』


 しかしそんな非現実的なことを聞くなんて、どこか恥ずかしい。

 そんな悩みが頭の中で通り過ぎながら、もの知らずの天使に説明をしてやる。


「あのー、レジ。お金を払う場所」

「おかね?」

「ほら、アイスを買うときに渡したでしょ?」

「『おかね』なんてものは渡してないよ」

「え」


 瑞希は口元を歪ませる。

 それもそのはず、この天使が言ってることが本当だとしたらそれは万引きだ。

 人として許されないことを行った子供が彼女の目の前にいる。

 もっとも、翼の生えた彼は人ではないのだが。


「て、店員に、何も言われなかったの?」

「言われないよ。だってヒトは自分たちが見えないもの」


 支払いをしないと店の売り上げがどうとか、説明をしようとするが果たしてこの天使に理解ができるだろうか。


「でも、お花を置いてきた」

「お花?」

「うん。お返し」


ーーこの子の頭の中はどうなっているんだ。


 瑞希はもう何も聞く気になれなかった。

 今更なので払い戻しをしに行っても分かってもらえないし余計な誤解を生むだけだ。

 空から落ちてくる無数の雫を眺めながら彼女は売り上げに支障が出るであろうコンビニを気の毒に思うのだった。











◆◇❖◆◇❖◆◇❖◆◇❖◆◇❖◆◇❖◆◇❖◆◇❖◆◇❖◆◇❖◆◇❖◆◇❖◆◇❖











 一方、某コンビニにて。


「せんぱーい」

「どうした?あ、いらっしゃいませー」

「らっしゃいませー。冷ケースの中に花が置いてあるんですけど」

「花ぁ?」

「ええ。青い花が5,6本」

「どーせ誰かがふざけて入れたんだろ。捨てて来な。あ、それとパンが無くなってきたから並べといてくれ」

「はーい。……あれ、冷ケースに入ってるのに冷たくないな」

「何ぼそぼそ喋ってるんだ。俺はレジに回ってるから早く捨ててこい」

「そんなに急かさなくても良いじゃないですかー。そんなんだと彼女さんにフラれちゃいますよ~?」

「ばっ、余計なお世話だ!さっさと行ってこい!」

「へいへい」


ーー何も知らないアルバイト店員の平和な会話である。



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