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テンシ探し

「ーーそれで、テッドとは会わなかったの?」

「うん」

「テッドが来てると思って戻ってきたのね?」

「うん」


 それから数時間後のこと、今度はクオという天使が喫茶店を訪ねてきたのだ。

 テッドの姿は見えなかった。

 イエットはやれやれと額を抑え、ため息を吐く。

 瑞希の隣で椅子の上から足を下ろし、プラプラと揺らしながらクオは全く気にしてないかのように野リンゴのジュースをストローで吸って飲んでいる。


 チリリリ、チリリリ。


 イエット側のカウンター席のダイヤル式電話からコール音が流れる。

 彼女は抑えていた手を受話器に伸ばした。


「はい……ああ、どうしたの。……ええ、ええ……はぁ!?」


 最初はダルそうに電話越しの相手を聞いていたが途中で目を見開き、珍しく彼女は大きく声を出す。

 右半分の顔は瞳孔が開き鋭い牙をむき出しにしている。

 普段は静かな彼女の大きな声に瑞希は驚き口に付けているコーヒーカップを揺らす。

 その拍子で少しだけ黒の水滴が飛び散った。


「あんたね、いきなり来いなんて言ってもね……だから、店を離れるわけにはいかないのよ!……ああもう、分かったわよ。30分よ、30分だけそっちに行くわよ!良いわね、じゃあね!」


 ガチャリとイエットは受話器を電話に叩きつける。

 疲れ切った顔をした彼女は店中を見渡す。

 談笑をしていた瑞希をはじめ異形の客たちは全員しんと黙って彼女を見ていた。

 まるで時間が止まってしまったかのようにグラスを片手にしているもの、トランプを数枚持っているもの、誰も動きはしなかった。


「ごめんなさいね、ちょっと30分ほどここを出るから飲み物は水だけで我慢して頂戴」

「はいよー」

「気にすんなー」

「30分くらい大したことはないわよ」


 客たちは笑いながらイエットに返事をする。

 彼女はそんな彼らを見ると少しだけ笑い、瑞希の方へ顔を向ける。


「悪いんだけどクオの様子を見てもらえるかしら」

「クオを?」

「あの子は目を離すとどこかへ行っちゃうのよ」


 瑞希が隣の椅子へ目を向けるとクオはすでにそこには居なかった。

 飲み干したグラスだけが残っていたのだ。


「じゃあよろしくね」

「えっちょっ……あれ、イエットさん?」


 イエットの方へ向きなおしても彼女の姿はなかった。


ーーまじかよ。


 店内を見渡すと左側の奥、本が並べられている棚のそばにクオの姿が見える。

 天使の小さな胴体くらいの大きさの本を両手で抱えて読んでいる。

 安堵の息を吐くと手に持つコーヒーカップを再び口に付ける。

 その為コーヒーカップに一瞬だけ視界を遮った。

 視界が戻るとクオはまた消えている。


「え、え!?」


 再び店内を見まわすと今度はどこにも居ない。


「あいつなら外へ行ったぜ、姉ちゃんよ」


 黒く毛深い獣がドアの方へ親指を指す。

 返事をする暇もなくただただ走り瑞希は喫茶店の外へ出る。

 そんな彼女の様子を見た客たちは地の底のような声で笑うのだった。





◆◇❖◆◇❖◆◇❖◆◇❖◆◇❖◆◇❖◆◇❖◆◇❖◆◇❖◆◇❖◆◇❖◆◇❖◆◇❖





「すみません、白くフワフワした髪の毛の子供を見かけませんでしたか」

「白くフワフワ?……見てないねぇ」

「そうですか。……どうも」


 街中に出ると瑞希は走りながらあちこちの人にクオを見ていないか聞く。

 肩を不規則に動かしながら、乱れる息の中から声を絞り出し片っ端から尋ねるも成果は出ない。


「なんで、聞き込みの、休憩中、に、こんなに、は、走らなきゃ、いけない、の」


 いっそ放っておいてしまおうかと言う気持ちが彼女の頭から離れない。

 しかしその後戻ってきたイエットに何て説明しようか、そう考えると戻る気になれない。

 正直頼まれたとは言えあの赤の他人である天使を探す義理は無い、がこのまま放っておくのも気が引けてしまうのだ。


ーーもし、あの小さい子がこの街中で良からぬ連中に絡まれたとしたら。


「そもそも翼を見られて皆騒がないのかな」


 いま彼女の立つ場所では男女が腕を繋いで笑ってたりスーツを着た中年の男性が携帯を耳元に持ち猫背になっていたり特におかしな様子はない。

 もしかしたらこの辺には来てないのか、息を落ち着けるため適当な場所で息を落ち着けていると後ろから一声。


「何を探しているの?」

「わっ」


 振り向いてから下を見るとお目当ての白い天使がアイスクリームを片手に持ち立っていた。

 ここはコンビニの前、そこで買ったのだろうか。

 クオが彼女が何をしているのか理解できていなさそうに顔を傾ける。

 何ともなさそうな様子に瑞希はため息をつくと膝を曲げて天使の目の位置に顔が来るよう腰を落とした。


「それを買いに外に出たの?」

「うん」

「ああ、そう」


 安堵と呆れが混じったような表情で彼女は相槌を打つ。

 クオは気にしない様子で口を開けアイスクリームを上から食べている。


「何を探しているの?」

「えっ。だからイエットにあなたの面倒を見るように言われて、あなたがどこかへ行くからこうやって探して……」

「違う、探してるのはそれじゃない」

「え?」

「もっと大切に思うものを探してる」


ーーああ、彼女のことを言ってるのかな。


 どこか自分の考えを読み取ってるような、あの喫茶店のモノはどうもそんな輩ばかりなような気がする。

 瑞希は軽く笑った。


「私の友人の事かな。イエットから聞いたのかな?数日前から探してるんだけど手掛かりが少なくてね」

「違う、もっと大切に思ってるものを探してる」


 クオの言葉に瑞希は目を見張る。

 数秒置いて彼女は口を開く。


「いやいや、そんなことはないよ」

「本当に?」

「うん、本当」


 クオは黙り込み彼女を見て数回瞬きをすると回れ右で喫茶店の方向へ足を進めた。

 瑞希は慌てて追いかけるように歩く。


「喫茶店に戻るの?」

「うん、テッドが来るのを待つ」

「そっか」


 それから喫茶店に着くまで二人から言葉を口にすることは無かった。


 ただ、瑞希はほんの少しだけ何かを思い詰めるような表情でいるのだった。



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