仮面の奥の赤い目
考えているうちに彼女はCorffse Cafeに着いていた。
昨晩見た景色が、変わらない様子でそこにある。
ドアを開けると中から昨夜よりも賑やかな音が聞こえる。
2、3個のテーブルで客らしきモノたちがグラスを片手に談笑していたりカードゲームで遊んでいる様子が伺えた。
毛深く2メートルはある巨大なオオカミが大声で笑い、包帯でぐるぐる巻きになっているモノが隙間からストローを通し、魔女帽子を被った女性たちがキャッキャと女子会のように話し合っている。
まるで仮装パーティのようだった。
ロウソクの火しか明かりが無いので作りものなのかよく分からないが。
カウンターの方にイエットの姿が見えずどこにいるのか店内を見渡していると下の方から声が聞こえた。
「おうおう、ヒック、誰かと思えば昨夜の嬢ちゃんじゃニャいか」
「その喋り方、ククロ?」
彼女が下を見るとそこにはククロが顔を赤くしていた。
足元がおぼつかないのかふらついている。
「まあまあ、折角来たんだ。ヒック、こっちに来て飲め」
前よりも若干口調が荒くなってるククロはカウンターに飛び乗ると薄い緑色の飲み物が入った容器を瑞希の方へ押して寄越した。
「なにこれ」
「マタタビジュース、美味だぞ。ヒック」
「お客さんを困らせるんじゃないよ」
「なんだイエット。僕が何しようが、ヒック、勝手だろうが。僕だってお客様だぞぉ?」
突如後ろから現れたイエットに向かってククロは食って掛かる。
彼女はククロに顔を近づけ眉間に皺を寄せた。
「なら迷惑な客を摘まみ出しても問題ないわよね?」
「ぬぐ」
「嫌なら大人しくしてなさい」
フラフラだった体を固め、猫でなければ汗をだらだら流していそうな様子だ。
瑞希は何もできずその場で立っていることしかできなかった。
彼らのやり取りが早く終わらないだろうかと思っていると、賑やかな空間の中から特にでかい声が一つ。
「おおい、ククロ。独りで寂しく呑んでないでこっちに来いよ」
「ボロじゃニャいか、随分久しぶりだニャぁ」
黒毛の獣が手をぶんぶん振りながら上機嫌に叫んでいた。
ククロは彼女から逃げるかのようにそそくさとそちらの方へ行ってしまった。
イエットは呆れた表情でククロを少し見ると瑞希の方へ振り返り薄く笑う。
「ごめんなさいね瑞希、あの馬鹿猫が」
「いえ大丈夫です」
「まあゆっくりしていきな」
「ところで、ピロは居ますか?」
ピロという単語を聞いた途端彼女は困ったかのような笑みを浮かべる。
「あの子なら2階の客室に閉じこもってるよ。雨だから外に行けないって怒っちゃってねぇ」
あの吸血鬼の少年が頬を膨らましながら不満そうに窓を眺める光景が頭の中で浮かび瑞希はくすっと笑う。
不気味な見た目をしてるけどやっぱり子供なんだなと少し安心するのだった。
「何飲む?」
「じゃあコーヒーで」
「昼は何か食べたの?」
「ええ、まあ」
「本当に?」
イエットは少しだけ顔に影を落とす。
瑞希は一瞬喉が詰まってしまったかのような感覚に襲われる。
実のところ彼女は昼食は取っていない。
イエットに嘘は通じないのかもしれないと彼女は鼻から息を吐き観念した。
「食べてません」
「駄目よ、一日に三食は取らないと」
「でも。あまり食欲がなくて」
「無理に食えとは言わないけどね。でも何かお腹に詰めておかないといけないわね」
そう言いながらイエットは黒いポットからカップへ湯気の立つコーヒーを入れると瑞希の前へ置く。
次に背後の棚から分厚いパンを取り出す。
まだ一度も切ってない真新しい食パンだ。
彼女は慣れたような手つきで食パンを横に倒し包丁をガスコンロの火でさっと温め前後にスライドさせながら切り始めた。
慎重さなど微塵にも感じられない動きだと瑞希は感心する。
何を作るのだろうかと興味津々に見る。
「ようイエット」
コウモリの翼をゆらゆらと動かしながら、髑髏の仮面をつけた少年が後ろからイエットに声をかける。
紺色のワイシャツと黒のジーパンを身に纏っているが、右足と左手が人のそれとは違う化け物の手足をしている。
耳元からヤギの角が伸びて紫の髪の毛と尻尾と、ここに来る前にばったり会った天使の子供と真逆の雰囲気だ。
そう、彼は悪魔のような見た目だった。
「クオを見なかったか?」
ただその見た目でカウンターに邪魔されて彼女へ目が届かないのか近くの椅子に飛び乗るのが少し可愛らしい。
ヤンキーのように両足のかかとを椅子に付けしゃがむように座った。
「テッド。学校は終わったの」
「おう。んでここに来た訳だがあいつが見えないんだ」
「クオねぇ……さっきまでここに居たんだけど確かに見えないわね」
「あいつ、また外に行ったか」
テッドと呼ばれる悪魔の少年は頭を掻きながらドアの方を見た。
仮面で表情が見えないが口調からして呆れている様子がわかる。
クオって誰だろうと瑞希が考えているとイエットは冷蔵庫からタッパーを取り出し、あぁと何かを思い出したかのように振り返る。
「瑞希、雲のような白い髪の毛の子供って見かけなかったかしら。羽が生えてて、白い布のような服を身に纏っててさ」
ーー雲のような髪、羽?……ああ、あの子の事かな。
特徴の強い見た目だったので聞いただけで瑞希は数秒もしないうちに思い出す。
「そう言えばそんな感じの子供を花屋で見かけましたけど」
「本当か!?」
テッドは籠った声を荒げながら瑞希の方へ体を向ける。
仮面の奥底から真っ赤に光る眼玉に彼女は思わず目が離せなくなる。
「おい、どうなんだ!」
「えっあっ、はい」
「花屋ってどこにあるんだ」
「こ、ここを出て左に進んで二つ目の信号を右に曲がって少し進んだところにあるけど……」
「信号二つ目だな、よし」
椅子から飛び降り忙しない様子でテッドは喫茶店を出て行った。
ポカンと状況の変わりように取り残された瑞希はカウンターに肘を置きながら彼が走っていった方向へ目を向けるばかりだ。
「あの二人は仲が良くってねぇ……ほら、できたわよ」
瑞希を現実に引き戻すかのようにイエットはフルーツと生クリームを挟んだサンドイッチを皿に乗せ、コーヒーカップの横に置いた。
生クリームがたっぷり入っておりイチゴやキウイ、バナナに缶詰に入っているタイプのミカンがたくさん使われている。
見るだけで食欲が沸き立ってしまう。
彼女の久々の昼食は自身にとってなかなか味わえない豪華な食事となるのだった。