大切な記憶
次の昼間、外は昨日と変わらない勢いで雨が降っていた。
きっと今頃ピロは悲しんでいるだろうと考えつつ瑞希は行方不明になった大切な友人を探す。
若干の寝不足気味なためか今朝から頭痛がする。
それでも目撃情報を求め傘をメモ帳を手に片っ端から通行人や料理店やコンビニの店員に話を聞く。
しかし首を縦に振ってくれる人は一人も居なかった。
「ここもダメかぁ」
ほとんど有益な情報が書かれていないメモ帳を一通り見返すとぱたりと閉じる。
ふと横を向くと花屋が見える。
外に花の入った植木鉢が並んでいて、中には観葉植物も置かれている。
屋根のおかげで雨が落ちてこない構造になっている。
「あそこもダメだったらちょっと休もうかな」
『見て見て瑞希。このコスモスすごく可愛いよ!』
『うん、綺麗な黄色だね』
『そう言えば瑞希の家って植物は何も置いてなかったよね』
『まあ、マンション暮らしだからね』
『中にだって一つも飾りとか置いてなかったじゃない、台所だって殺風景そのものよ?』
『うーん、別に何も置かなくても困らないんだけどね』
『駄目よ。遊び心が無いんじゃつまらない奴だって思われるよ』
『えー……』
『ほら。これとか、ハーブとかなら料理にも役立つでしょ?』
『な、成る程』
『あ、サボテンもあるわ。ハートカズラも良いわね!」
『芽衣……』
『ほら、見てないで選ぶ!』
『あはは……』
頭の中でかつて彼女と買い物をし笑いながら会話した時のことが映像のように流れる。
ーーそう言えば、あの子は植物が大好きだったっけ。
少し強引気味な友人の事を思い出しながら花屋の中へ入り、店員と思わしき中年の女性に目撃情報があるか尋ねる。
しかし彼女の望む答えは返って来なかった。
僅かに期待していた気持ちもすっかり消えてしまった。
「喫茶店で休むとしようかな」
疲れた、と思わないようにする自分の姿勢を褒めながら店を出たその時だ。
彼女の死角に白い何かが居たのだ。
そのことに気が付き一声わっと声を上げる。
踏み出そうとした足を後ろ引っ込めるともう片方の足を雨のせいか滑らしてしまう。
手に地面をつけて衝撃を少しでも和らげようとするが間に合わず臀部をコンクリートにぶつけた。
「痛ぁ……」
ーー何だ、店に入るまでこんなもの無かったはずなのに。
見事に尻もちをついた彼女はぶつけた箇所をさすりながら目の前にある白いものに目を向ける。
その正体は腰を屈めて花屋の観葉植物をじっと見ている白く小さな子供だった。
綿あめのように白くふわふわとした髪の毛は見るからに触り心地が良さそうだ。
それと同じように白く布のような服を身に纏っている。
華奢な身体をしていてピロよりも少し小さな体と言い白さと言い、儚いという言葉がよく似合う。
そして背中から翼が生えているのに目が離せない。
作り物かと最初は思ったが屋根からはみ出しているので雫がそれに垂れ、その度にブルリと震えていた。
「……天使」
思わず言葉をこぼした瑞希に気が付いたのか顔をこちらに向け草原のような緑色の目で見つめる。
表情も口も全く動かず、彼女もまだ膝をつけている態勢なのでとても気まずい。
数秒後、白い子供はちらりと下を見ると突然立ち上がった。
それまで子供の体で見えていなかったが左足首に枷がつけられていることに彼女は気が付く。
枷には鎖がつながっておりその先には黒い鉄球があった。
彼女の目線に目もくれず子供は何かを拾い彼女の方へ差し出した。
「これ、落とした?」
瑞希の使っている手帳だ。
どうやら倒れた拍子に落としてしまったらしい。
彼女は恥ずかしい気持ちになり慌てて受け取る。
「その、ありがと」
「うん」
返事を返すと子供はまた植物の方へ顔を向け、動かなくなった。
「植物、好きなの?」
声をかけるも子供は返事を返さない。
目を少しも動かさず見つめるその様に彼女は声をかけ辛いと思った。
「じゃあね」
一声かけると瑞希は傘を差しそのまま歩き出す。
子供が見えなくなるまで、何度か後ろを振り返ったが子供は全く動かなかった。
「あの喫茶店、今日は客とか来てるのかな」
気持ちを切り替えようと瑞希は昨晩尋ねたあの変わった喫茶店へ足を進めた。
どうしてもあそこでの出来事が頭から離れない。
今日聞き込みをした場所もあの喫茶店とはそう離れてはいない場所で行ったのはその為でもある。
そもそも昨夜あったことは夢なのではないのだろうか。
顔半分とはいえ異形の人間が喫茶店を営業しているなんて幻だと思えるくらい不思議なことだった。
時々先ほどのことも思い出しながら、彼女は雨の中人の多い道を歩いていくのだった。
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一方その頃、喫茶店にて。
「イエットー」
「あらカラス郵便さん」
「今日のリスト届けに来たッス」
「ご苦労様……随分数が多いわね」
まあ良いわとイエットは郵便帽子を被るカラスから受け取った紙を二つに折る。
「コーヒー飲んでく?」
「飲んでくッス」
昼の12時、客の少ない空間の中で彼女は手元のラジオにスイッチを入れるとコーヒーポットにお湯を入れるのだった。