保健委員が異世界に召喚されると、「健康観察簿」の称号を受けるようです
初の短編投稿です
あまり深く考えず、ゆるりと読んでください
「……冗談じゃない! 屑スキルとか何!? ここから出せー!」
私はあらん限りの声を振り絞り、そしてあらん限りの力で目の前の檻をがっしょんがっしょんと揺さぶる。でも、何も起こらない。見張りも、私を胡散臭げな眼差しで見てくるのみ。
「ふざけるな! 用がないならせめて元の世界に戻してよ! うがああああ!」
わたくし、綾田有紀十六歳。
異世界にクラスメートと共に召喚され、「屑スキル」ゆえに投獄されました。
なぜだ!
私はクラスメートの女子四人と共に、異世界転移とやらを果たした。
なんでも世界に魔物が跋扈し、どうしようもなくなっちゃったんで私たちの力を借りたいんだってさ。うん、意味不明。それは他の仲間も同意だったらしく、「んなこと信じられるかー!」って、一緒に転移した一人が偉そうな人にボディーブローかましたからね。
じゃあなんで私たちが選ばれたかというと、私たち五人が「その胸に紋章を刻む者」だかららしい。
紋章ってなんぞやと思っていると――
「……委員会バッジ?」
そう、王様が示した先にあるのは、私たちのブレザーの胸元を飾る委員会バッジ。
確かに私たち五人は全員、委員会に所属している。でも……え、これが「紋章」? 学校の備品じゃないの? 「わけわかんねーよー!」と例のクラスメートが例のおじさんに今度は蹴りを放ってた。私も同意である。
八つ当たりでボコボコにされたおじさん――後で知ったが、王様らしい――が、「世界を救ってくれたら元の世界に戻すよ」と脅してくるもんだから、私たちは渋々了解した。私たちを召喚した張本人である魔術師は、私たちが脅迫されている間もあさっての方向を向いて口笛拭いていた。いつかこいつもしばき倒す、と例のクラスメートが唸っていた。
さてさて、私たちは脅されたとはいえ王様のお願いを受けたので、「聖女の選定儀式」とやらを受けることになった。小さめの滝みたいな場所に案内されたんだけど、どうもこの滝で身を清めることで、私たちが聖女としてどのような力を持っているかが分かるんだって。
「服着たまま滝に打たれろとか、マジ勘弁」ってみんなぶつぶつ言いつつ、順に滝へ向かった。ちなみに滝に打たれた順は、ジャンケンで決めた。
こんなことで適性が分かるのかねぇ、と半信半疑だった私たち。
でも一人目が滝に打たれたとたん、眩しい光が辺りに満ち、どこからともなく美しい声が聞こえてきた。
『北村鈴亜。あなたに女王の称号を与える』
とたん、それまで制服姿だった彼女――北村鈴亜は、真っ白な鎧姿に変身していた。本人もびっくりしたようで、自分の衣装をしげしげと見つめている。
どうやら資格がある者が滝に打たれると、聖女としての適性を宣言され、こうして衣装までチェンジされるという。王様たちは純白の鎧を纏った北村さんを見て、歓喜の涙を流していた。
そうして北村さんに続き、順に滝に打たれていく私たち。
『吉田琴子。あなたに戦乙女の称号を与える』
『本条奈々花。あなたに戦女神の称号を与える』
『五十嵐美優。あなたに大魔女の称号を与える』
美しい女性の声と共に、クラスメートたちが次々に新しい姿に生まれ変わる。彼女らを見ていた私は、途中であることに気づいた。
学級委員長である北村さんの称号は女王。腰に長剣を提げた、勇ましくも美しい女勇者って感じで、はきはきした北村さんにぴったり。
風紀委員である吉田さんは、戦乙女。クールビューティーな彼女にぴったりな、聖杖を手にした法衣姿である。
体育委員でボーイッシュな本条さんは、戦女神。なかなか露出度の高い鎧姿だけど、彼女がスリムマッチョなのでとても様になっている。手にしている武器は――斧かな?
図書委員で本の虫でもある五十嵐さんは、大魔女。三角帽子にマント、自分の身長ほどもある杖を手にしていて、天才魔道士って感じだ。
ふむふむ、みんな自分の適性にぴったりな称号をもらっているんだね。しかも――委員会バッジが紋章になっているからかな、なんとなくそれぞれの委員会にもマッチしているようだ。
それじゃあ最後に私も滝に打たれますか! さあ、いったい私はどんな称号を――
『綾田有紀。あなたに健康観察簿の称号を与える』
……。
……はい?
最後の最後で謎の称号を与えられた、私。滝に打たれたというのにその姿も全く変化せず――唯一の違いは、いつの間にか手に、白いノートを持っていたことくらい。
このノート、保健委員である私が朝のホームルームで使っている健康観察簿だ。ご丁寧に、表紙に「二年六組 健康観察簿」と私たちのクラス名まで書かれている。
北村さんたちは、私の称号にぽかんとしていた。健康観察簿が何物かは分かっているけど、状況が飲み込めていないっていう表情だ。
でも王様たちはそうもいかなかった。
「この屑スキル持ちめ!」と顔を真っ赤にして怒鳴られ、「偽物!」と罵倒され、「投獄せよ!」と、北村さんたちが止めようとしているのにも関わらず私は連行され、牢屋に放り込まれた。
あんまりだ。
保健委員だから、屑スキルだから、北村さんたちから引き剥がされて牢屋送り?
何も悪いことをしていないのに罵倒されて、監禁生活?
その後――私の見張りに立っている兵士によると、北村さんたちは王様にせっつかれて特訓を受け、しぶしぶ冒険の旅に出たそうだ。なんでも、「これ以上文句を言うならば牢屋に入れた者の命はない」って脅したんだと。
……みんな、私を助けようとしてくれた。特別仲がいいわけじゃないけど、同じ世界出身、同じ学校、同じクラスの仲間だから、助けてくれようとしたのに。
「……あんまりだ」
私は牢屋の隅っこで膝を抱え、唸る。叫んでも檻をがっしょんがっしょんしても意味がないってのは、学習していた。
私は、役立たずだけでなくて北村さんたちの足枷になってしまった。みんなが王様の指示に従わないなら、私を処刑すると言われている。
そして北村さんたちは、条件を呑んだ。
彼女らは、逃げられなくなった。
みんな、戦いなんて何も知らないのに、魔物退治に駆り出された。いずれ、魔物を統べる魔王とやらを倒しに行かされるんだって。女の子四人で。
……私のせいで。
はあ、とため息をついた私は、なんとなく例の健康観察簿を取り出した。この観察簿、使いたいと思ったらどこからともなく現れ、用が済んだと思ったらどこかに消えていく。すごいな、ファンタジー世界。
手持ちぶさたになり、ぱらぱらと観察簿のページをめくってみた。表紙にはクラス名が書かれているけれど、本文は罫線が引かれているだけでほぼ白紙だった。マスの横の列には本来ならクラスメートの名前があるはずだけど、今は空欄。縦の列には、「出欠」「理由」「備考」などの欄がある。本当に、見ただけなら普通の健康観察簿だよなぁ。
暇なので、これにちょっと落書きでもするか。
私が念じると、どこからともなく鉛筆も出てくる。まず横の列に、旅に出たクラスメートの名前を順に書く。四人だけだと何となく寂しい気持ちになるから、五人目のところに私の名前も書いておいた。
「……せめて、みんなが健康でありますように」
意味がないとは分かりつつもお祈りをし、ぱたんと観察簿を閉じた。
――それにしても、暇だな。
異変に気づいたのは、あまりおいしいとは言えないその日の食事をした後だった。
「……ん?」
何気なく観察簿を眺めていた私は、「五十嵐美優」の欄がおかしなことになっているのに気づいた。
私は縦の欄に五人分の名前を書いただけのはず。でも五十嵐さんの横のマス――「理由」の欄に、「魔封じ」という文字が書かれていたんだ。
……私、こんなの書いていないよ?
「……魔封じ?」
なんとなく嫌な響きだ。だって、五十嵐さんの称号は大魔女《 ソーサレス》でしょ。魔女ってことはドカーンと魔法を使うんでしょ? 知らないけど。
鉛筆を呼び出し、反対側にくっついている消しゴムで「魔封じ」の文字を擦ってみた。不穏な響きだし、消えるといいな、と思いつつ。
すると、「魔封じ」の字をあっさりと消すことができた。この鉛筆も不思議仕様だからか、消しカスが出ることもない。
鉛筆を置き、健康観察簿を目の高さに持ち上げてみる。五十嵐さんの欄から、「魔封じ」が消えた。
これで何か変わるのかな。よく分からないけど、こんな不吉な言葉はない方がいいに決まってるよね、うん。
次の日の朝。
健康観察簿にまたしても異変が起きた。
「ん? ……『防御力低下』?」
ぱさぱさパンの朝ご飯を食べつつ、私は眉を寄せる。今度は本条さんの欄に「防御力低下」の文字が記されている。しかも、「出欠」の欄には/のマークが。
出席簿や健康観察簿の/マークは、欠席を意味する。
……これ、まずいんじゃない?
確か本条さんは、いかにも前衛の戦士って感じの出で立ちをしていた。そんな彼女の防御力が低下しているとしたら? そのまま敵と戦ったなら――?
私はパンを食いちぎって片割れを脇に押しやり、鉛筆を召喚する。そして観察簿を床に広げてはいつくばり、「防御力低下」の部分を思いっきり消しゴムで擦った。
今回は昨日五十嵐さんの「魔封じ」の時と比べて、ちょっと時間が掛かった。でもやがて「防御力低下」の文字が消えて、さらに二分ほど経つと「出欠」欄の/マークも消えた。
……これって、本当にみんなの健康状態を私が管理しているってこと?
冒険の旅に出ている北村さんたちは、「魔封じ」や「防御力低下」を受けている。私がそれらを消すことで、北村さんたちの旅をサポートしているとしたら……?
……さんざん屑スキル扱いされたけれど、これってもしかして、とんでもなくすごい称号だったんじゃないの?
その後、数日掛けて健康観察簿の実験をして分かったこと。
北村さんたちの「理由」に不幸な言葉――「魔封じ」や「行動封じ」、「暴走」や「麻痺」と書かれている場合、私の消しゴムでそれらを消せる。
ただし、私が「理由」の欄に「攻撃力上昇」などを書くことはできない。書こうと鉛筆を走らせたけど、字が写らなかった。インク切れのボールペンで書いた感じだ。
そして「出欠」欄には、「理由」欄の状況に応じてマークが書かれる。/が表すのは、欠席。
ここに/マークが入ったら要注意だ。体調を崩しているとか、危険な状況にあるってこと。そういう場合はたいてい、「理由」欄の状態異常を消せば解消された。
健康観察簿などでは、健康であれば「出欠」欄には何も記入しない。だからここに私が何かを書き込む必要はなかった。
そうして私は牢屋にぶち込まれているけれど、ほぼ一日中健康観察簿を眺めるという日々を送ることになった。見張りの兵士たちも、私が大人しくしているからか何も言わない。食事はまずいしトイレも不潔だから文句はあるけど、私には健康観察という重要な役目がある。下手に突っかかって王様の怒りを買い、北村さんたちの帰還を待たずに処刑……なーんてのは勘弁だ。
そしてある日。
私は息を呑んで健康観察簿を凝視していた。
それまでは、「理由」欄にたまーに状態異常が浮き出てくるだけだった。でも今、それまで一度も何も書かれることのなかった「備考」欄に文字が浮かんでいた。
――魔王と交戦中。
「魔王!?」
思わず声を上げてしまったけど、運良く見張りは近くにいなかったので咎められることはなかった。
私は呼吸を整えて座り直し、手の汗を拭う。
北村さんたちがついに、魔王の元までたどり着いた――!?
――私が見ている間に、戦局がめまぐるしく変わっていっているようだ。
「出欠」欄に次々に/が入り、消えていく。きっと、魔王の攻撃を受けて負傷し、回復してもらったんだ。あの格好からして吉田さんが神官っぽかったし、彼女がきっと回復手だろう。
――そんな吉田さんの「理由」欄に、「魔封じ」の文字が出た。
とたん、北村さんや本条さんの「出欠」欄に/が入る。
「っ! 吉田さん!」
私はすぐさま鉛筆を召喚し、「魔封じ」を力いっぱい擦った。
回復手である吉田さんが「魔封じ」になったなら、パーティーは全滅だ。
幸い「魔封じ」の文字はすぐに消え、やがて北村さんたちの/も消える。よかった、回復が間に合ったみたい。
私は額を伝っていた汗を拭い、瞬きする間も惜しんで健康観察簿をチェックする。
「攻撃力低下」――「猛毒」――「混乱」――と、「理由」欄に次々に状態異常が記されていく。猛毒なんて――考えるだけで胸が痛む。
五十嵐さんに/が入った直後、北村さんの「理由」欄に「火傷」「頭痛」「骨折」の文字が連続して表示される。きっと、負傷して動けない五十嵐さんを守ろうと、北村さんが五十嵐さんの代わりに攻撃を受けているんだ――
本条さんが「混乱」した。とたん、吉田さんに/が入り、「理由」欄に「同士討ち」の文字が。
――本条さんは混乱して敵に味方分からず攻撃し、吉田さんは混乱した仲間に攻撃されて――
鉛筆を持つ手が、震える。
吐き気がする。
胸が苦しい。
私には、クラスメートに降りかかる状態異常を知り、消しゴムで消すことしかできない。「攻撃力上昇」「状態異常無効」とかを書いてあげたいのに、できない。できない自分に腹が立つ。
でも、私にはするべきことがある。
「負けないで……負けないで……!」
私はみんなの仲間には入れなかった。
でも……一緒に、地球に帰りたいから。
――いったいどれくらいの時間が経っただろうか。
四人の「出欠」欄はさっきから/ばかりで、五十嵐さんには「魔力不足」、吉田さんにも「魔封じ」が付き、もう駄目か――と思った瞬間。
「備考」欄の「魔王と交戦中」の文字が、ふっと消えた。
ぽろり――と、私の手から鉛筆が落下する。
とたん、それまでボロボロだった四人の欄がさっと光り、観察簿は氏名欄のみを残して真っ白になった。
魔王が倒れ、北村さんたちが全快復した証だ。
「……倒した……」
私は呟く。徐々にその言葉が現実味を帯び、じわじわと目尻が熱くなる。
勝った。北村さんたちは、勝ったんだ。
全員無事で。
「……よかったぁ……!」
うずくまってボロボロ泣く私は、気づかなかった。
――北村さんたちの「備考欄」が「帰還中」となった代わりに。
行の一番下、「綾田有紀」の「備考欄」に、「処刑の準備中」と記されたことに。
しばらくして、私は兵士に呼ばれた。ご飯とか以外で呼ばれることがなかったので、思わず身構えてしまう。
「聖女の皆様が、魔王を討伐なさったという。陛下が、おまえを呼べとおっしゃっている」
「……私?」
「ああ。聖女たちの帰還を出迎えろということだろう」
「……そういうことなら」
私は健康観察簿をしまい、立ち上がった。兵士が檻の鍵を外し、私はいったい何日ぶりになるか分からない地上へと上がっていった。
城内は既に、北村さんたちの歓迎の準備を進めていた。健康観察簿で全てを知っていた私はともかく、この人たちはどうやって魔王が滅ぼされたことを知ったんだろうと思ったけど、どうやらこの城からも、魔王の居城が崩壊したのが見えたそうだ。しかも、魔王城の崩壊で空が晴れ渡ったとかで、みんな大喜びだ。
いやはや、私のクラスメートたちはすごい。委員会ってすごい。
なんとなく自慢したい気分の私だけど――様子がおかしい。
てっきり王様に会いに行くのかと思ったら、私が案内されたのは屋外。王様って玉座にいるものなんじゃないのかな。どうして外に? 先に北村さんたちをお出迎えしろってこと?
――そして、のこのこと広場まで出てきた私を待っていたのは、巨大なギロチンでした。
髪を掴まれ、引きずられ、ギロチン台に縛り付けられる。
え、どうして? なんで? 口には布を巻き付けられてしまったので、叫ぶこともできない。
広場に集まっている人たちは、「殺せ!」「偽物を殺せ!」と大合唱している。
皆は、私の死を望んでいる。
……どうして?
そこへ、王様が現れた。王様の登場でその場は静かになった、けど――
「皆の者よ、聞くがよい! この女は、清らかなる聖女たちを騙り、呪ってきた悪魔! 聖女たちが帰還する前に悪魔を葬らなければ、魔王は復活してしまうであろう!」
王様は堂々と言うけど――はぁ?
悪魔? 魔王が復活? 私を葬る?
ふざけんな!
びったんびったんして異議を唱えるけど、執行人に頭を押さえつけられてしまった。体も縛られているので、身動きがとれない。
国民は王様の言葉をすっかり信じ込んでいるようで、「そうだ! 殺せ!」「聖女様のお心を害する者は殺せ!」と怒鳴りまくっている。
こ、この国王、北村さんたちを戦わせるために私を生かしていたから、用がなくなれば処刑するってこと!?
「むぐ! うぐぐぐぐぐぐ!」
「黙れ、悪魔!」
執行人に後頭部を叩かれた。痛い。痛いけど、まともに呻くこともできない。
なんで、どうして、こんなことに?
「黒き悪魔に、死を!」
国王が告げる。執行人が斧を振り上げる。
私の頭上でぎらつくギロチンの刃を落とそうと、刃を釣り上げる縄に向かって斧を――
「……待てぇや、コラァァァァァァ!」
勇ましい声。赤い風。
ひゅん、と私の頭上を風が通りすぎていく。半分気を失っていた私は、瞬きした。
ついさっきまで私の頭上にぶら下がっていた刃が、ない。刃がというか、ギロチン台の上半分がなくなっていた。
直後、ドォォォン――と、遠くの方で何かがぶつかる音が響く。そして、私の隣にしゅたっと降り立った人が。
「ったく、ウチらの仲間にとんでもねぇことをしてくれたなぁ、あんたら」
そう言って巨大な斧を担ぐのは――
「……ふがももも?(本条さん?)」
「よっす、綾田ちゃん。無事? 頭はちゃんとくっついてる?」
本条さんは振り返り、さわやかに笑う。バレー部のエースで、女子生徒からのラブレターが絶えないという本条さんの笑顔は、とっても素敵だ。
でも、やってきたのは本条さんだけじゃない。
「……あー、もう! ななちゃんったら、目立ちすぎ!」
本条さんが私の猿ぐつわや縄をほどいていると、処刑台に真っ白な雲が迫ってきた。やたらモフモフしているその上には、懐かしい三人の姿が――
「悪い悪い。でも、仲間が処刑されそうって聞いて黙ってられるほど、ウチは優しくないからね」
「そうね。綾田さんが無事なら何より」
そう言って雲から降りてきたのは、水色の法衣が麗しい吉田さん。吉田さんは本条さんに助け起こされた私を見、にこっと微笑む。
「……旅の間、サポートありがとう。私の『魔封じ』、何度解いてもらったかしらね」
「……どう、して?」
「どうして分かったかって? ふふふ、お見通しよ!」
そう言ってぴょんと雲から飛び降りるのは、小柄な五十嵐さん。魔女っ子のようなマントを翻してくるりとターンし、びしっとポーズを決めた。
「最初はなんでだろー、って思ったけど、こんなことができるのはあたしたちみたいに神様から称号を受けた最後の一人――綾田ちゃんだけだもの! 神様も、そう教えてくれたんだ!」
「……そうだね。あなたが遠くからサポートしてくれなかったら、私たちは全滅していた」
最後に雲から降りたのは、白銀の鎧が見事な北村さん。北村さんは私の前まで来て、ぽんっと肩に手を乗せてきた。
「私たちね、綾田さんが辛い状況にいるんだからなんとしてでも頑張らないと、って思ってきたの。しかも綾田さんは、遠くから私たちの状態異常を解除してくれた。……『健康観察簿』って、そういうことだったのね」
「う、うん」
私はそっと、例の「健康観察簿」を取り出した。それを開くと、五人の名前の「備考」欄に、「仲間と再会中」と書かれていた。
……健康観察簿も、なかなか粋な演出をしてくれるんだな。
白い雲は五十嵐さんが作り出したらしく、彼女がぽんっと手を打つとかき消えた。私の健康観察簿みたいに、取り出し自由みたい。
「それじゃあ……再会の感動も分かち合えたことだし。この状況、どうする?」
五十嵐さんの言葉に、私たちは顔を上げた。
「悪魔」と呼ばれた女が処刑される直前、聖女たちが駆けつけて処刑はおじゃんになった。よく見ると、広場の隅っこの方にギロチン台の上半分が転がっている。本条さんの斧攻撃であそこまで吹っ飛んでいったってことか……。
国民たちはぽかんとしているし、今の今まで存在を忘れていた王様はその場にへたり込んでいる。
北村さんが王様を見つけ、「ああ」と気のない声を上げた。
「あなた、よくも私たちをさんざん脅してきたわね。綾田さんを人質にしたと思ったら、処刑? はっ、どこまで腐った連中なの?」
「あたしたち、あんなに苦労して魔王を倒したのにねー」
「救出が間に合わなければ、私たちは綾田さんの亡骸と対面することになっていたのですね……」
「マジでありねぇわ。つーか、こんな国滅んだ方がよかったんじゃねぇの?」
本条さんの言葉に、王様が顔面真っ青になった。
「わ、わしはそなたらのことを思って行動しただけだ!」
「ああ、そうそう。知ってるよ。あんた、あたしたちをこの世界に縛り付けようと企んでたんだってね。あたしたちが凱旋したら王子どもと結婚させようと思ってたんでしょ?」
五十嵐さんはケッと唾を吐き、「あり得ないわ」と北村さんが顔をゆがめる。
「……旅先で待ちかまえていたと思ったら、宿に連れ込もうとする。あんな下品な王子たちと結婚なんて御免よ!」
「そーそー。あまりにもウザいから潰してやろうかと思ったんだよなー」
「そう言いながら、本条さん。王子たちの両脚は粉砕してましたよね?」
「あ、ばれちった?」
「その後、木にくくりつけておいたのよね。大丈夫かしら、あの人たち?」
……どうやら、北村さんたちを旅先で籠絡しようとした王子たちは、相応の罰を受けたようだ。南無。
自分の息子たちが全滅したと知り、王様は今度こそ言葉を失った。そんな王様を一瞥し、「さて」と北村さんは私たちを振り返り見る。
「それじゃあそろそろ、帰りましょうかね」
「……帰るって、あの魔術師みたいな人に頼むの?」
そういえば、私たちを召喚したというあの魔術師はどこに行ったんだろう。
「違う違う。というか、こいつらは私たちを地球に帰すつもりがなかったんだから、あのヘボ魔術師に頼んだって無駄よ」
「私たちがちゃんと、五人で協力して世界を救ったからね。この世界の神様が、私たちの願いを叶えてくれるそうなの」
北村さんはそう説明する。さっき五十嵐さんも言っていたけど……神様?
とたん、私たちを真っ白な光が取り囲んだ。あっという間に光は強さを増して、周りで騒いでいた国民たちの声も姿も分からなくなる。
「……私たち、神様にお願いをしたのです。魔王を倒したなら、五人無事で故郷に帰してほしいと」
吉田さんがそう言って、胸を飾る「風紀委員」のバッジを外した。みんな、いろんな衣装にチェンジしてもバッジはちゃんと着いていたんだね。
「神様は教えてくれたのです。元の世界に帰りたいのなら、紋章を残しておけと」
「紋章――あっ、委員会バッジ?」
「これが元凶でもあるんだよねー」
五十嵐さんも、「図書委員」のバッジを外す。その表情は、すごくすっきりしている。
「なんか神様が言うにはね、私たちの委員会バッジに神様の意志が注ぎ込まれてしまっていたらしいの。元々は学校で代々使い回されているバッジなんだけど、私たちの代でそれが発動しちゃったみたい」
「……そうなんだ」
私も、ブレザーの胸に着いている「保健委員」のバッジを外す。
「……それじゃあ、心おきなく地球に帰ろうか」
北村さんがそう言って微笑んだので、私たちもこっくり頷く。
――五つの委員会バッジが放り投げられ、私たちは真っ白な光に包まれた……
――遠くの方で、野球部がノック練習する音がする。
私はゆっくり、瞬きした。
同じように、他の四人も瞬きした。
私たちは、放課後の教室にいた。……そうそう、思い出した。
もうすぐ文化祭だから、私たち二年六組の出し物を何にするか、女子委員会五人で話し合っていたんだっけ。
机に頬杖をついていた本条さんが何度も瞬きし、自分の手のひらをじっと見ている。
「……あの、さぁ」
「うん」
「……強かったね、魔王」
その言葉を発するのにかなりの勇気を必要としたんだろう。
私たちは顔を見合わせて、何度も頷く。
「そうそう、何度も体力が付きそうになったわ」
「最後にはあたしの魔力、なくなっちゃったんだよねー」
「みんな、何度も状態異常になったからそのたびに消していったんだ」
「皆の協力で、無事に魔王を倒せましたね」
私たちは顔を見合わせる。そして、そっと胸元に手を伸ばした。
そこに、委員会バッジはない。
「……バッジ、紛失ね」
「えっと、確か先生に言えば弁償で済むって聞いたけど」
「二年六組女子委員会が五人そろってバッジを紛失なんて、何事かと言われそうですね……」
「あはは……叱られそう」
「しゃーないな……でも、仲間が欠けるを思えば、数百円で済むのならましだって」
本条さんの言葉に、私たちは息を呑む。
私たちは五人、全員無事に帰って来れた。
北村さんがぽつぽつと話すに、私たちを召喚したのはヘボ魔術師だけど実際、魔王によって世界が滅びることを憂えた神様のお導きだったらしい。
神様の役目は、「世界が魔物によって滅びることを防ぐ」こと。だからぶっちゃけ、私たちが去った後、あの国が人の手によって滅びるのならそれも仕方ないことだったんだって。腰を抜かした王様や、北村さんたちを捕まえようとした王子たちが追放されても、あの国が滅びても、それが「魔物の影響」ではなくて「人の手によるもの」なら、神様はそれ以上介入できない。
私たちは、ちゃんと神様の願いを叶えた。だから神様も私たちが願ったように、五人無事で帰還できるようにしてくださった――ということらしい。
一通りのことを教えてくれた後、北村さんは「文化祭出し物案」のプリントをぺしっと指先で弾いた。
「……何はともあれ、私たちは無事に帰ってこれた。そんな私たちが今すべきことは――まずは、このプリントを仕上げること。それから――」
「それから?」
「……五人そろってバッジをなくした理由を、考えないとね」
北村さんが肩をすくめて憂鬱そうに言うから、私たちは乾いた笑い声を上げてしまった。
学級委員が異世界に召喚されると、勇者になりました。
風紀委員が異世界に召喚されると、僧侶になりました。
体育委員が異世界に召喚されると、戦士になりました。
図書委員が異世界に召喚されると、魔法使いになりました。
そして――保健委員が異世界に召喚されると、健康観察簿になりました。
それは、とある女子高校生たちが経験した、不思議な出来事である。