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美しいと、それだけを。  作者: 水瀬あすか
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美しいと、それだけを。





私は美しい。


村の皆がそう言った。


器量良しで、聡明で、まるで貴族の娘のようにたおやか。


皆がそう言ってくれた。


だから、私はそれをなんの疑いも持たず信じていたし、事実、私は美しかったのだと思う。



『 お願い。一度でいいから 』



でも、私が一番美しいと言ってもらいたかった男は、最後まで、その言葉を口にすることはなく。


人の美醜には疎いのだと言いながら向けられたあの汚物を見るような視線は、一体なんだったのだろう。



『 君は、皆がいうほど綺麗じゃな 』


「 あああああああああ!うっさいわ!!!!!! 」



リオネイラ・イヴァン。


南方の農村、イヴァン村出身。


ただいま十九歳。


三年前、人生でたった一度だけ吐かれた暴言に、今でも心を支配されている。



「 ど、どうしたの、リオン。元気だね...... 」


「 くっそ!むかむかする!ルイあんた今夜空いてる!? 」


「 あ、空いてるけど...... 」


「 ふん!暇人ね!アンナも連れて飲みに行くわよ!!!!!! 」



返す言葉もない様子でアハハ、と引きつった笑みを見せた彼は、同僚のルイ。


同じく同僚のアンナの恋人で、私たち三人は共に、貿易の央都と呼ばれる港町、ルメールの宿屋で働いている。


ルメールのなかでも中心にある、オークレッド侯爵家が営むこの宿屋は、一言で宿屋と言っても、一晩に数千の客を迎える、他からは宿屋内に街があると揶揄されるほどの大手。


貿易国からの使者をもてなす目的で、王家の持つ最新技術が、余すことなく施されている。


要約すると、そんな大手の職を掴むことができた私は、超エリートであるというわけ!!!!!



「 おいリオンー怒るのもいいが仕事しろー 」


「 わぁかってますってばぁ! 」



......たおやかで、心優しく、慈愛に溢れ、しとやか......


最後にそう評されたのは、いつだろう。


変わり果てたことを自覚していて、理解していながら、その部分を見つけるたび、私を変えたあの男の姿を夢に見て、どうしようもない虚無感に襲われる。


ありふれた、私の薄い茶の髪よりよほど美しい忌の黒髪が、いまでも心のどこかで、私をわらっていた。



「 あぁ、今日も疲れた! 」


「 ねー 」



館内にいくつか設けられた使用人出入り口から外へ出ると、日はとうに暮れ、しかしそれでもまだ、ルメールは目覚めたままだった。


明日に備えだす商館や呉服屋の代わりに、次々と覚醒する娼館や飲み屋。


その中を少しも恐れることなく行く私たちは、やはり郊外の人間が言うように、ルメール麻痺になっているのかもしれない。



「 あーら、アンタたちまた来たのかい?暇だねえ 」


「 やっほうミリョンおばちゃん、いつものね! 」


「 ハイハイ 」



店主のふくよかな女性、ミリョンは呆れた様子でそう言う。


いつも通り奥の四人がけの丸テーブルに腰掛け、酒と料理を待った。



「 なぁリオン、きみ、凱旋式の日はどうするんだよ 」


「 働くわよ 」


「 本当に?せっかく、みんな気を使って俺たち遊びに行かせようとしてくれてるのに 」



少し眉を潜めながら、ルイは言う。


凱旋式、というのは、今から二週間後にある、聖女軍帰還を祝う式典のこと。


三年前、魔獣討伐に旅立った彼らは、見事闇落ちした三つ頭の黒い龍を討ち取り、やっとこの地に帰ってくる。


聖女、というのは第一王女リュドミーラ様のことで、彼女はこの国で唯一、魔獣を完全に消滅させることのできる光魔法を扱えるのだと、聞いた。


王がリュドミーラ様を守るために集めたのが、彼女とともに御一行と呼ばれる四人の青年。


身分関係なくその才のみで集められた彼らは、その一騎一騎が万兵の力に値するといわれるほど、強いらしい。



「 好意は嬉しいけどいいの。凱旋式なんて見たくもない 」


「 ......リオンは、リュドミーラ様御一行が嫌いだよなあ 」


「 馬鹿な事言わないで。リュドミーラ様のことは愛でても愛でても愛で足りないわよ。大好きだわ 」



くるりとカールする金色の髪。


大きな目の中心に輝く瞳は珍しい薄い青をしていて、聖女の名に相応しい、天使のような容姿をしている。


全身から溢れ出る神々しさと、勇者と呼ばれる剣使いの青年に向けられる熱い視線。


彼女は、この国の民にとってどこまでもただただ愛らしく、恋しい存在なのだ。



「 じゃあなにが気に食わない?うーん、勇者様か? 」


「 確かに、リオンと勇者様は絶対に合わなそうよねー 」


「 ......まぁ、確かに。友人としては絶対に付き合いたくないけれど、見てる分には......ねぇ? 」



第二王女である聖女リュドミーラ様の剣と呼ばれる、勇者の青年。


彼の、なんの疑いもなく自分の正義を信じ剣を振る姿勢を、怖いと思った。


リュドミーラ様の敵ならば、どんなものでも打ち払うと言った彼の瞳には、喩えようのない狂気が紛れているように思えた。


遠目から見ただけでそう言うのは、失礼だとわかっているのだが。


しかしリュドミーラ様と共に上に立つ者として、彼以上の人間はいないように見えるから、彼においても、正直どうでもいい。



「 ほらアンタたち、荷物をどけて 」



じゃあ、とルイが口を開いたところで、ミリョンが両手に料理を抱えてやってきた。



「 わ、美味しそ! 」



それぞれが自分の荷物を避け、運ばれてくる料理に目を輝かす。


これは毎度のことで、イイ彼氏のルイが自分と私の間のイスに、さっと取り上げたアンナの荷物を置くのも、毎度のことだ。



「 リオン、アンタ凱旋式には行かないのかい? 」



大皿を置きながら、ミリョンがそう言った。



「 うん。まあね 」


「 でも、仕事は休めるんだろ? 」


「 うん 」


「 なら、凱旋式の日はウチの手伝いに来てくれないか?こういうお祭りごとの日はいつも娘に来てもらうんだけど、生憎妊娠中で困ってたところなんだ 」



ずい、とミリョンは大きな顔をたずさえて迫ってきて、思わず身体を後ろにそらす。


彼女の言葉を聞きながら、私はぼんやりと、去年の国王生誕祭前夜に見かけた、ほっそりとした女性のことを思い出していた。



「 ......まあ、別にいいか 」



ミリョンの飲み屋はそう開けた場所にあるわけじゃない。


私が絶対に視界に入れたくないあの漆黒の髪も、冷ややかな笑みも、きっと見なくて済むだろう。



「 そうかい!よかった!アンタみたいな器量良しがいてくれたら大盛況さ! 」



ぱああっと顔を明るくさせたミリョンの突然の褒め言葉に頬が熱くなるのを感じながら、給金弾んでね、と囁く。



「 まったく、しっかりした子だね 」



呆れたようなミリョンはそれでも嬉しそうで、実は心のどこかで普通に働くなんて勿体ないと感じていたらしい心が、溶けていくように思った。


それから二週間。


国中が、待ちに待った凱旋式。


ルメールの港に二十隻ほどの船が泊まり、屈強な兵士を先頭に、ぞろぞろと降りてくる。


最後に現れたのはあの美しい金色の姫君の一行で、その右斜め後ろに控えているはずの冷笑の美少年を目に映す前に、私は踵を返した。



「 もう行くの?まだ昼前よ? 」


「 うん、行く。じゃあ楽しんで、おふたりさん 」



ルイとアンナの絡んだ腕を見つめながらそう言うと、若い恋人たちは頬を染め、互いに微笑みあう。


私は彼らも、溢れんばかりの人も、皆を避けるように、裏路へ入りミリョンの店へ向かった。



「 おぉ、早いねリオン! 」



にっこり笑ったミリョンが、そう言って私を迎える。


奥からは旦那のジョイスさんが咆哮をあげるように声をかけてくれた。


こんにちは、と返した声も口調も夜よりいくらか大人しくて、別人みたいだとミリョンが笑う。



「 リオン、店を開けるのは昼からだから、少し待ってておくれ。そこにあるのは食べていいよ 」



そう言って、ミリョンが指さした先にあるのは、派手な色の甘味があった。


いつもなら目を輝かせてそれに飛びつくのに、今日ばかりはそんな気持ちにもなれなかった。


リオン、と、この一年で呼ばれ慣れてしまった名前が私の胸を締め付ける。


リオン、リオン。


甲高い響きの、綺麗な名前。



「 ......リオン 」



呟いた言葉はとてもとても小さく、大忙しの店内に溶けていく。



「 リオン、て、アンタ杖の人のファンだったのかい? 」



と、思っていたのに、案外地獄耳なミリョンはそれをばっちりと捉えていたようで、きょとんとした瞳でそう言われた。



「 それとも、自分の名前呟いてたのかい? 」


「 あ、いや、なんでもないよ! 」


「 そうかい 」



ミリョンはもう一度大きく首を傾げる。


自分の背中に、つう、と冷たい汗が流れるのを感じながら、くい、と口角をあげて、甘味の前に腰掛けた。



「 アンタ、もし杖さんのファンだってんなら...... 」


「 美味しそう!いただきますっ! 」



なにか話しかけてきたミリョンの声を遮り、とろとろとした白い薄紅の液体を、口に突っ込んだ。


くどいほどの甘さが口に広がる。



「 美味しい!ミリョン、これ新作!? 」



本当は焦燥に駆られすぎて味なんて上手くわからなかったけれど、精一杯笑顔を向けてそう言うと、少し訝しげな顔をしていたミリョンも笑顔になり、頷いた。



「 そうだよ。気に入ったかい? 」


「 うん! 」


「 そりゃよかった 」



ニッコリ笑って厨房に入っていくミリョンを見て、はあ、と息を吐く。


......二日。


たった二日だけ。


我慢すればいい。


それさえすぎれば、イヴァンの名を捨てたあの悲しい黒髪の青年に会うことなど、もうきっと、二度と無いのだろうから。


リオン・レクトロス。


圧倒的な魔術の才を買われて、王宮に召された、私の幼馴染の名前。


いまこのルメールで親しい人は皆、私のことをそう呼ぶ。


何故かはわからないけど、いつの間にか、その呼び名が定着していた。


その名を聞くのは気分が悪いはずなのに、リオン、と、そう呼ばれる度、よくわからない気持ちがこみ上げる。


リオンと、リオネイラ。


同じ年、同じ村に生まれた、たった二人の少年少女。


私はずっと、今はもう遠くへ行ってしまった、あの男のことが、好きだった。


私の人生は、いつだって私を冷たく突き放した、あの男によって作られていた。



「 お嬢ちゃん、大変だねぇ。凱旋式の夜まで働かされて 」


「 いえ!仕事楽しいですよ!忙しいですし! 」


「 お嬢ちゃん、こっち頼むよー 」


「 あ、はーい! 」


「 本当に忙しいねえ。頑張ってね 」


「 ありがとうございます! 」



凱旋式の夜は、忙しい。


目まぐるしく客が代わり、料理が代わり、空いた酒が増え、金が嵩張っていく。


猫の手も借りたいとは、まさにこのことだ。


言い方は悪いが、ミリョンの店ですらこの有様だ。


宿屋の方は今夜は軍の方々で貸切だし、準備に追われているだろう。


宿屋内を駆けずり回っているであろう先達の姿が頭に浮かんでは消えたが、他人の心配なんてしていられないほど、私も同じくらいミリョンの店内を駆けずり回っていた。



「 はーい、今夜は閉店だよ!悪いね! 」



時計の針がてっぺんを越え、数刻経つ頃。


ミリョンが酔っ払いたちを強引に追い出し、最後の片付けが始まった。



「 あれ?ジョイスさん、もう客は来ないよね?夜食? 」


「 あぁ、客はもう一人くるんだよ 」



洗った皿をしまいに厨房へ入ると、何故だかジョイスさんはまだ料理を続けている。


だが、先ほどまでとは違い、鍋の中を泳ぐそれはとても少量だ。



「 リオン、アンタも食ってきな 」


「 ほんと!?助かる! 」



この世界では、だいたい魔力がイコール持久力になっているようなものだから、それを補給さえすれば連続勤労などなんてことは無い。


しかし、空腹は。


空腹だけは、食べないことには満たされないのだ。


いまこの時間から空いている飲み屋へ行くなんて、ルメール麻痺の女でも流石に自殺行為。


ミリョンの申し出はありがたかった。



「 そろそろ来る頃か 」


「 あぁ、噂をすれば 」



からから、と、ドアのベルが鳴る。


厨房から一人、ミリョンだけが出ていって、私は料理を入れる皿を取り出していた。


ジョイスさんが料理を皿に盛り付け、その半分を手に取る。


もう半分を持ち上げて彼の後ろをついていき、のれんという布をくぐったその瞬間、両手がだらりと下がり、ばり、と、皿が盛大に割れる音がした。


出来たばかりの料理が足にとびちって熱い。


ミリョンが目を丸くして私を見つめていて、ジョイスさんは何事かと振り返る。


あぁ、どうしてこんなことになるんだろう。



「 ......ネル? 」



あの頃よりいくらか低くなった声が、ここ最近ずっと聞いていなかったもう一つの愛称が、彼の薔薇色の口から漏れる。



「 ネル、きみ、おい、なにやって 」



困惑しているようだった。


魔獣討伐のときは、一度も動揺すらしなかったと、讃えられていたくせに、彼はがたんと、大きな音を出しながら立ち上がる。


忌の黒が揺れて、さらさらと音をたてながら、彼は私の足元に跪いた。



「 馬鹿だね。熱いでしょ? 」



白くて、骨が出ていて、でも綺麗な手が、さっと私の足へ手をかざされる。


そしてそれをスライドすると、私の足はもう、なんとも無いというように、熱を失って、飛び散っていた料理すら、無に帰ったようだった。



「 リオン、アンタ!なにやってんだい、大丈夫かい!? 」


「 リオンちゃん、怪我はねぇか!? 」



私と、彼以外の二人は同じタイミングで我に返ったようで、慌てふためきだしたミリョンとジョイスさんに、引きつった笑みを向ける。



「 だ、大丈夫......。ごめんなさい、私......帰る...... 」



その声は震えていた。


帰る、と言いながら足は動かなくて、情けなくて、顔が青ざめる。



「 リオン、どうしたんだい?もしかして、こっちのリオンと知り合いだったの 」



ミリョンさんが、不思議そうに言った。


とにかく座れよ、とジョイスさんが言って、無言のままの黒髪が、私の腕を掴んで引く。


すとん、といつもと同じ四人がけの丸テーブルに座らせられて、なおいっそう、身体の震えを感じた。



「 ま、よくわかんないけど、とりあえずおかえりだね、リオン 」


「 ありがとう。わざわざ料理まで用意してもらって悪いね 」


「 なんてこたぁねえよ。お疲れさん 」



ミリョンとジョイスさんが嬉しそうに笑っている。


彼らとグラスを掲げた彼も、それは一緒で。


いつから、こんな優しい顔をするようになったのだろうと、思った。




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