この距離を縮めて
ふと、また、君はそうやって僕の知らない境に溶け込んでいこうとする。
今、完全に融解したら、どんなに再結晶させようとしても、取り出せないように思える。
数歩前を、君は後ろで指を儚げに絡め、空を見上げながら、また、ほぅと、吐き出す。
天使どころじゃない。
君は、何にも例えようもない。
綺麗だ。
過去の僕、今の僕、未来の僕にとって、今の彼女が、僕の全てだ。
もう、何があっても離したくない。
足がすくむ。
肘らへんが、膝らへんが痺れを感じる。
中枢神経がちゃんと機能していないはず。
多分、今謎のホルモンが分泌されてるんじゃないか、と思うくらい、気持ちが立ち昇る。
もう、離れたくない。
当たり前の答えで、ずっと気づかないふりをしていた本心が剥き出しになる。
これが僕の本能か。
いつの間にか、開いていた彼女との距離を縮めるため、僕は小走りになる。
自分の首に手を回す。
少しマフラーを緩める。
君は走ってくる僕に気づいたのか、頓狂な表情をくるっと僕に一瞬見せた。
どうした?と呟くのと同時に、僕は後ろから彼女の首に、さっきまで巻いていたマフラーを巻きつける。
どうしようもないほど、凍てついた彼女を温めたかった。
あ、ありがと と彼女は細く優しい声で囁き、微笑む。
寒さのせいか、耳の先まで紅に染まっていた。
余りにも勢い任せに巻きつけたマフラーは今にも解けてしまいそうだ。
その微笑みもどこかに溶けてしまうんだろうか。
厭だ。
僕は彼女の肩を抱きしめていた。
思ったより、ずっとか細かった。
でも、少しでも力を緩めると消えてしまいそうだった。
「もう、離せない」
と言葉にならない吐息で囁いた。
かっこ悪いな、僕は。
流涕のせいでちゃんと言えなかったんじゃない。
ただ、寒さのせいだ。
そう、心で愚痴を浮かべ、また彼女を抱え直した。