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青磁色の世界

作者: 茶定 あい

路面電車の中からみる町の景色は、色とりどりなはずなのに、なぜかいつもモノクロに見える。




家にいても教室にいても電車の中にいても蟠りが消えない、。




うすい色の絵の具をパレット一面に広げその上から黒の絵の具を丁寧にたらし最終的には一面黒色にする。

こんなような感じがする。多分、私は黒い絵の具に染まってる。一人一人の色はきれいにまとめられてしまい何も残らない。

無駄な統一感。この感情の色は電車の中から見ていた町の色と似ていた。なんのために一緒にいるのか、なんのための集合体なのか。一つ一つの色は無意味なものになる。そんな気がした。


もうすぐ新学期が始まるというのになんだか気分が向かない。ぼーっとしてるとふと昔のことを思い出した。



小さな頃の私の世界はきれいな色で輝いていた。そして特に輝いていた、ある一時期の思い出が鮮明に残っている。私はクレヨンで思うままに絵を描いていた。公園のベンチに座りぼーっとしていた。夢中でスケッチブックに色を広げた。



その公園は小さなものでブランコと滑り台、イチョウの木だけの、公園と呼べる最低限のものしかなかった。ブランコも滑り台もさびていたがきれいな鶯色が塗られていた。ちょうど、いちょうの木が黄金色に色づいていた、秋頃だろうか。私は地面につかない足をぶらぶらと動かしながら目の前の景色ではなく、じぶんの頭の中の世界を、描いていた。



練色の柔らかい空から銀色に輝く葉が降る中、ライオンやゾウ、ウサギが踊り、秋の収穫祭のような祭りごとをしている最中だった。


練色とは肌色を少し薄めたような色で、主張がなく無頓着な色だ。



小学校の入学祝いで叔母に貰った色図鑑を毎日のように眺めるのが日課となっていたため変わった色をたくさん知っていた。お気に入りの色を見つけてはその色のイメージと、名前を頭に焼き付けていた。銀色の葉が散る中、私は夢中で描いていた。


すると、公園に一人の老人がやってきた。いかにもおじいちゃんという感じで、茶色い、木目のある杖を右手にたどたどしい歩き方をしていた。私はかまわず目の前のスケッチブックに集中していた。

老人は私の隣に座り、そしてゆっくりと目を閉じた。横目で老人を見た。心の中で、わざわざ公園にきて眠らなくてもいいのになあと思った。



私はまじまじと、老人の顔を見た。たくさんのシワが畳まれており、肌にはツヤがあった。髪は真っ白で、その白さが美しく思えた。茶色いコートを着て首からは老眼鏡をかけていた。その老眼鏡は縁に青磁色のローマ字で書かれた文字の彫りものがされていた。老人は彫刻のように安らかな表情で眠っていた。それからしばらくして私は公園を出た。



幾日かたってまた公園に行った。すると老人が前のようにベンチに座り寝ていたのだ。いつも一人で同じ格好で長い時間公園のベンチに座っている。



公園は家から数分のところにあったので一人で通うようになった。通うようになった理由はあまり覚えていないが、今思うとあの老人を見るために行っていたのかもしれない。幼かった私は深くは考えずにただただ興味本意でその老人を観察するのを日課にしていたのだ。そしてあの青磁色が、いつからかお気に入りの色の中でも一番になっていた。



そしていつからかライオンやゾウ、ウサギが踊る中に老人も仲間入りした。目の前の世界に虜になり自分一人で作り出すことができる想像上の世界は想像以上に輝いていた。



今、そんな想像をすることはなくなった。モノクロの世界はいつから始まったのだろうか。

だが、しばらく私のお気に入りの色たちの世界は続いた。



老人と動物たち、時には花や木が話したり、海が潤色に染まったり、臆病な虫襖色のワニだったり、陽気なりんごたちだったり。友だちとお人形遊びをしてるより一人で、いや、老人と不思議な世界で過ごす時間は素敵なものだった。こんな不思議な日々は二ヶ月ほど続いた。私と老人は、会話は一切なかったが、目さえ合わなかったが、お互いにお互いを受け入れていたような気がする。



月日は流れて、空から白い粉がふるような季節になった。

外が寒くなって私はだんだん、部屋に引きこもりがちになった。冬休みは友だちとテーマパークやバレエを見に行ったりして過ごした。テーマパークは愉快な音色が流れ、色とりどりのイルミネーションが輝いた。バレリーナはキラキラの衣装に身にまとっていた。町はクリスマス一色になった。



公園に行くこともなくなって、気付いたら春になった。


久しぶりに公園に行くと桜が咲いていた。桜の木なんてあっただろうか。


私の目に映る桜の木はあまりにも無常で、淡々としていた。

あの老人の姿はなかった。私は少し心配になった。


そして、寂しいほどベンチが広く感じた。


次の日も公園を訪れたが、老人はいなかった。



中学に入学し部活に入り、友だちと過ごす時間が増えた、というより1人でいる時間はほとんどなくなった。ゲームセンターでプリクラを撮ったりテーマパークへ行ったり。

だがいつも、自分の中で何か違和感を感じていた。虚無感というのか、何を見てもどこへ行っても何か違う。


そんなこんなで、もう高校二年目の春を迎える。


パレットの中の淡い色たちは黒に染まり、モノクロの世界が始まる。


時々思い出す、あの青磁色を。


もう忘れてしまった方が無駄な喪失感は消えてくれるだろうか。


いつか人はモノクロになる、だが、人に色付けすることはできる。


あの、青磁色の持ち主のような人間もいる。会話は一つもないがあの不思議な世界は私の胸の中に音を奏で続けた。

不思議な体験は私自身が創り出したものなのだと、時々思う。

学校に行くとき通る公園があの公園であることは間違いない。だが全く別のもののように感じるのは私が変わったのだろうか。また一日が始まり、一日が終わる。止まることのない日々の中。

もう銀色の葉はおちることはない。


少し早めに起きて家を出た特にこれといった理由はなかった。あの公園に寄った。そして誰かさんのようにベンチに座り寝てみた。

青磁色の世界は広がらなかった。

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