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6 ルームメイドと、人間





 行きましょうか、という坂本息子の言葉で、俺たち一行は歩き出した。

 考えてみると、ありゃあ妙な一行だったな。歳のいった婆さんが一人と爺さんが一人、中年に届かないくらいの男、それから十代半ばくらいの女の子が二人だ。

 見る奴が見りゃ犯罪の臭いがするかもしれん。……いや、犯罪とまではいかなくとも、二塚のかみさんあたりに見られたら、後で話のネタにされるのは必定だな。

 とりとめのない考え事をしながらお前を見たら、お前もなんだか神妙な顔つきをしていたもんで、話し掛けられなくなっちまったが。

 坂本の母親はルームメイド──岩井晴に付き添われながら、ゆっくりゆっくり山道を登る。坂本と俺はその後ろを歩きながら、コスモスが咲いてますね、だの、これって何のキノコでしょうね、だのと他愛のない話をしていた。坂本は母親にも話しかけていて、そのたびに母親は振り返っては微笑んでいた。

 俺の代わりに坂本はお前にも話を振っていたよな。お前の顔からはいつの間にかあの神妙な表情は消え失せていて、元気に返事を返していたな。


 小一時間は散策していたか。眺めのいい開けた場所で一休みすることにした俺たちは、いい感じの切り株を見つけて腰掛けた。

 季節はもう秋になって、吹く風は気持ちがいい。これではピクニックというより森林浴だが、たまには悪くないな、なんて俺は思ったもんだ。こんなに近くに森林資源があったのに、何年間も気づけなかった心地好さだった。


 『ゆっくり座ってくださいね。切り株の表面が、ややでこぼこしています』


 岩井晴は坂本の母親にかかりきりの様子で、はいはいと母親もうなずいていた。歩く様子を見ている限りだと、どうやら腰があまり良くないようだった。

 本当はああいう人のために、ルームメイドは開発されたんだろう。俺みたいな健常者に、彩みたいな最新鋭のルームメイドがついているなんて、本来ならば勿体ないはずなんだが……。

 なぜか嘆息したくなった俺の前の切り株に、よいしょ、とお前は座った。その隣に岩井晴も座った。そうやって同じ動作をすると、より違いは明らかになるってもんだ。


 『なぁ、違う世代のルームメイドって、何か共通点があるのか』


 何気なく尋ねた俺に、先に岩井晴の方が答えたな。


 『仕様変更は多岐に渡っているはずですが、主機関や基本構造、それに脳に当たるインターフェースは共通ですよ』

 『へぇ……』

 『ルームメイド同士って共通電波で無線通信できるんだったよね。うちの晴ちゃんと長井さんの彩ちゃんも、できるんじゃない?』

 『そんなのがあるのか』

 『R-SSC──ルームメイド専用周波数拡散回線のことですね。できますよ』


 また難解な用語が飛び出してきやがった……。思わず顔をしかめちまったよ。あれだな、技術屋っていうのは、ネーミングセンスがなくていかん。

 これは後で分かったことだが、R-SSCっていうのはルームメイド同士の中長距離交信のためだけに使われる、GPSに近似した一種の衛星通信装置なんだそうだな。

 その最大の特徴は、電波障害や妨害に強いこと。例えば、R-SSCを応用することでルームメイドは大規模災害時にも互いに交信し情報を共有し、人命救助や危険除去、それから避難所の整備なんかに迅速かつ的確に貢献することができるようになる。一介の介護用アンドロイドに過ぎないはずのルームメイドが、都内全域に配備されることで災害の状況把握や被害軽減に役立つ可能性も秘めているわけだ。

 東京都が多額の資金を投入してまでもルームメイドの無償提供に踏み切ったのは、首都圏が大災害に見舞われた時にそういう効果が発揮されるという期待があったからでもある。……と、後になって知った。

 ともかく、岩井晴はできると言った。最新鋭のお前にできないはずはないよな、と思った俺は、提案したわけだ。


 『面白いな。ひとつやってみてくれんか。ルームメイドが二体並ぶなんて、滅多にないことだろう』


 ……その時、お前の顔が少しだけ引きつったのが、俺には確かに見えていたぞ。

 分かりました、と快諾した岩井晴は、すっと目を閉じた。お前も少し遅れて目を閉じた。

 坂本家のお二方は興奮気味だったな。お前の様子が気にかかったが、そんなものは好奇心には到底敵わなくて、俺も息を呑んで見守った。


 十五秒くらい経った頃合いだったか。

 目をそっと先に開いたのも、岩井晴の方だった。彼女はお前を一瞥して、言った。


 『宮本さん。もしかしてR-SSCのスイッチ、落としていない?』


 ……一瞬、何を言っているのか分からなかったよ。


 『あなたからの交信が受信できないの。私からの通信も、なぜか勝手に遮断(キャンセル)されてしまう』


 そこまで岩井晴が口にしたところで、お前はようやく目を開けたよな。

 それでもって、慌てたように答えたんだ。


 『え、でも私、スイッチはきちんと入れているはず……』

 『なら、故障かもしれない。社屋の方で点検してもらった方がいいわ。緊急時に使えないままの状態だったら大変だもの』

 『…………』


 ま、返事ができるわけもないよな……。保証書がないばっかりに、お前は整備してもらうことができないからな。

 割って入った俺がその話をすると、岩井晴は憤慨していた。息子さんひどいですね、って。それを聞いた坂本の奴は苦笑していたよ。全くだ、俺の不肖息子と坂本を交換してしまいたい。

 必ず直すこと、なんてお前は釘を刺されていたっけ。顔を少し赤くしてうなずくお前の表情は、普段あまり見ないようなものだったからか、何だか新鮮だった。

 

 ただ、あれ以来、お前の“整備不良”がいくつもいくつも明らかになったな。

 昼飯を食べた時だったか。坂本の母親に時間を聞かれた岩井晴は、腕の一部を開閉させて、内蔵されているデジタル時計を確認した。そんな機能があるなんて知らなくてさ、お前にもあるのかと聞いたら、故障かもしれないとお前はためらいがちに答えたよな。

 途中、きれいな花が咲いていたのを見つけた時、岩井晴は眼球に装備されたカメラで写真を撮影していたが、お前はやろうとしなかった。そしてやっぱり、故障かもしれないと答えたよな。

 なぁ、彩。いくらなんでも整備不良が多くないか。確かにもう使用を開始してから一年が経っていたが、元はお前だって新造品だったはずだろう。しかも最新鋭モデルのはずだろう。

 正直、最後の方にもなると、俺は少し不安になり始めた。ああ、勘違いするなよ。怪しんだんじゃなく、不安に思ったんだ。俺がお前を不当に酷使したりしたからだったのか、なんて疑いたくなってな……。




 空がきれいな夕方の色になった頃、もうほとんど下山してきていた俺たちは、坂本の母親の提案で、見晴らしのいい場所で休憩することにした。

 その頃にはお前も、初めの時のような緊張した面持ちはなくなっていて、岩井晴とも普通に会話するようになっていたっけな。俺はそれを後ろから聞いていただけだが、岩井晴の買い物事情の話なんかは聞いていてなかなか面白かったぞ。小さい子の目を覗き込んだら泣かれてしまった、とか言って嘆いてたよな。

 ただ、俺もこう見えて歳だからな……。心は若いつもりでも老化には勝てなくてな、あちこちを見ながら歓談するお前と岩井晴と、それから坂本の背中を、坂本の母親の隣に腰かけて俺は眺めていた。


 『……征さん、でいいかしら』


 気付いたら目が遠くなっていて、突然、母親に話しかけられた。


 『はぁ……』

 『あなたと彩ちゃんは、どうやってお知り合いになったの?』

 『ああ、ある日唐突に、息子が俺のもとへ派遣させて来たんです。息子とは仲が良くないもんですから、断ろうにも断れなくて』

 『あらあら。強引な息子さんなのね』


 本当にな。この場に息子を呼び出して言い聞かせてやりたいくらいだ。

 坂本の母親は目を細めて、背中から差す夕陽の光が長い影を落としているのを、じっと見つめた。その先にお前ら三人が立っていて、何やら楽しそうに笑っていたなぁ。


 『わたしもね、実は同じなのよ』

 『え?』

 『息子に──そこにいる友雄に、心配だから勝手に派遣させてもらったよ、なんて電話をされてね。その翌日、晴ちゃんがうちに来たの』


 そう。坂本の奴、うちの息子と手段が一緒だったわけだ。


 『もう最初のうちは戸惑ってねぇ。家事を何もかも完璧にこなしてしまうものだから、わたしったら趣味に興じる時間が出来ちゃってね。働き者のあの子に申し訳ないなと思いつつ、若い頃に部活動で嗜んだことのあった落語をね、またかじってみているの』

 『ら、落語ですか? 坂本さんが?』

 『ふふ、そうよ。昔の勘って残っているものよね。教室に通うようになってから半年くらい経った頃かしら。晴ちゃんと友雄を前にして一席ぶってみたら、あの子、すっごく可愛らしく笑ってくれたわ。……まるで、人間みたいに』




 “まるで、人間みたいに”。


 母親が見ていたのが影の行き先ではなくて、その先に立つ二人のルームメイドだと俺が気づいた時、母親はぽつりとそうつぶやいた。

 歳の割にしっかりした声だなと感じたのは、落語できちんと口を動かす訓練をしていたからなのかもしれん。


 『本当、ルームメイドってよく出来ているわよね。外見なんか人間そっくりよ。でもあの子たちは、ここいらの人間とは決定的に、何かが違うわ。わたしはね、それは……真心の有無じゃないかと思うの』

 『…………』

 『何の見返りも要求せずに、ただわたしたちに尽くそうと、よりよい生活をもたらしてくれようと、懸命に努力してくれる。そんな子、今時どこにもいないじゃないの。時代の流れはどんどん速くなって、焦るばかりの大人に子供たちはやんやと急かされて、みんながみんな、効率や報酬ばかりを追求するような世の中になっていっている気がする。でも、ルームメイドは違う。誰かのために、何かのために頑張るってどういうことなのかを、あの子たちは(じか)にわたしたちに教えてくれているような気がしてねぇ……』


 ……俺は思わず、考え込んでしまった。


 東京という街の人間を、見馴れてしまったからだろうか。人間っていうのはせかせか頑張る生き物なんだって、知らず知らずのうちに俺は考えるようになっていた。

 学校で問われるのは学業成績だ。会社で問われるのは営業成績だ。結果を出さないことには、人は社会人として認められん。結果を求めるためには嘘も方便になるし、他人を蹴り落とすことも必要になる。元をただせば、そんな世界が嫌になったからこそ、俺は社会を捨ててここへ逃げてきたんだ。

 俺がお前に感じてきた羨ましさというのは、そこに端を発していたんだな。母親の言葉でようやく気づいて、改めてそう思った。

 なあ、彩。お前は俺に対して、尽くそうという意識はあったのか。今に至るまで一度も聞いたことがなかったな。少なくともあの日の俺は、あると信じていたよ。そして今でも、そう思う。

 俺はとにかく保証書を手に入れて、お前がなに不自由なく働けるようにしてやらなきければならんな。お前の後ろ姿に、その思いを強くした。


 『どれ、わたしも少し、眺望を楽しもうかしらね……』


 母親の声にすぐに岩井晴が寄ってきて、脇で立ち上がる介助をした。

 そうして立った坂本の母親は、坂本とお前の待つ場所へ向かって、歩き出した。






 事件は、その直後に起きたんだったな。






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