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Dragon hunter  作者: サルタナ
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ドラゴンハンターズ

なぜ神はこの世界を捨てたのか?

変わりゆく世界を見たくなかったのか?

それとも、離れなくてはいけない理由でもあったのか?

最前戦で戦う支部の地域は、東アジアの日本の首都を約数ヵ国によって成り立っている。

それぞれの言語や通貨こそ共通のものを使用しているが、支部にいる住民の生活スタイルや法律は国によりけりだ。


レイン達がいた西のアメリカ支部は、わりと過ごしやすい環境で、竜の襲撃も他の支部に比べ少ない方だった。

そのせいか、あまり人間同士のいざこざももあまりなかった。


しかし、そんなアメリカ支部だからこそ、英雄を夢見てドラゴンハンターになる道を選ぶ者もいる。


ドラゴンハンターになる方法は簡単だ。

支部の深部にある生誕の部屋に置かれている「Bible」に触れて、体のどこかにハンターに力を与える聖痕が現れたら、もうそれだけで立派なハンターといえる。


だが、そこから先の生き残ることが実に難しい。

いくら聖痕の力で常人より強くなっても、竜に腸を喰い千切られて死ぬこともある。

自分の力に酔いしれ、自爆する。

そういった無惨な死という危険性を背負っている。

ハンターはリスクを減らすため、実力をつけなければならないが、戦いのやり方を教えてくれる者は数少なく、危険とわかっていながら竜を狩りに出て経験を積むしかない者も多数いた。


ドラゴンハンターが数を減らしていくのを止めるためある機関が作られた。


それが、ドラゴンハンターを志す者のための機関、「カルデラ」だった。


カルデラは、入学者に実践的な戦闘訓練やサバイバル術の指導を行った。

ぶっつけ本番の狩りに出ざるをえなかったハンターの卵達は、それなりの経験と実力を身につけた状態で、初めての竜狩りに出ることが可能となった。


カルデラは世界各地の支部に所属するドラゴンハンターの実力をある程度まで平等にした。

一部を除いては。




既に極東支部には、約数百人もの未開地への探索を参加する予定の学生が集まっていた。

レインとカインは最後の参加者として、極東支部の上空にいた。

空は暗く、月が星を従え浮かんでいた。


極東支部は巨大な塔が建っているが本体は塔ではなく、地下にある小規模の都市が本体であった。

入口である塔の周りは対竜壁が二重に建てられ、壁と壁の間にスラム街が広がっていた。


「・・・どこも似ているなスラム街は。」


外を見てカインが呟く。


「いつになったら人類は安泰を迎えられるのか……」


カインがそんなこと言っているが、レインには、そのようなことを考える余裕がなかった。



「体が痛ぇぇぇぇぇぇッ!!」


――腰がっ、背中がっ!


あっちこっち打ち身状態で身がもたないんじゃないのか……なんて考えていた。


『頑張れよ、あともう少しだ。』


そう言うハンターの声は棒読みだったのに、レインは腹立だしく感じていた。


『・・・頑張れ兄さん!』


弟カインの声援に涙が溢れ、打ち身に染みる。


『着陸する。お前を先に投下する。』


ハンターの宣言後、突如、レインの体がフワッとなり、上下の感覚がなくなった。


「は?………はぁぁぁぁぁぁっ!?」


いつの間にか戦闘機の腹が空いていて、スカイダイビングみたいになっていた。

レインの体はクルクルと縦に回転。

体操選手が見せる演技を思わせる躍動感。


「おっと。」


落ちてくるレインを誰かがキャッチした。


「親方……空から男の子が降ってきた。」


「なに言ってんのよ恭也。親方なんていないでしょ?」


「真季奈、あれだよあれ……ノリってやつだ。」


そう言いながら恭也という名のハンターはレインを下ろした。


「あれって……あ、恭也。言うの忘れてたけど秋彦が呼んでたよ。」


「オオッ!頼んだものが完成したのか!!」


恭也が待ちきれないのか、レインを気にも止めず走りだした。



「ちょ、ちよっと待ってよ恭也!あの子はどうすんの?」


「そんなことより真季奈、早く秋彦のとこ行こうぜ!」


恭也は追いかけてきた真季奈の手を掴んで引張って行ってしまった。


「そんなことって酷いなおい。」


残されたレインはただ呟くしかなかった。



「兄さん!」


しばらくして、座り込んで脱力しているレインの元に、カインは駆け寄った。


「・・・ごめん。俺が代わっていればよかっよな。俺、兄さんより体が大きくなければ……」


自分を思ってくれるのは嬉しいのだが、遠回りに体が小さいと言われてみたいで悲しい。


「兄さん、立てる?」


「ああ、通りすがりの人にキャッチされたからな。」


戦闘機の中で打った背中や腰はまだ痛かったが、立つには支障はなかった。


「お、生きてるな。」


ハンターは無表情だった。


――ドラゴンハンターになるなら生きてて当たり前だからな。


ハンターは胸ポケットから傷だらけの懐中時計を取りだし、現在時刻を見た。


「間に合ったな。ガキども、ついて来い。」


ハンターは懐中電灯をしまい、歩き出した。

カインはレインを支え、ハンターの背中を追った。


「すごいな。」


「・・・・・うん。」



そんな芸のない感想しか出てこないほど、最前戦の極東支部は巨大だった。

世界中にあるドラゴンハンター支部の中では、文句なしに最大のデカさを誇る。


これまで、竜から人類を護るため、現代の職人や魔法使いに錬金術師、科学者はお互いに手を取り研究を積み重ねてきたが、成果としてできあがったものは、対竜壁や支部に使われている特殊合金等だった。

今もなお、研究を続けている。


塔の中には巨大な装甲車があった。

百人以上の人間や大量の物資を乗せて走ることができる装甲車、見た感じは動く要塞だ。

当然、特殊合金を使っているのだろう。


ほどなくして、装甲車に乗り込むための場所に出た。

装甲車の入口は屋根に取り付けられた扉ではなく、後面に開いた口だった。

馬や牛ぐらいの大型生物でも、余裕をもって中に入れる幅と高さがあった。


入口の両脇には、完全武装したハンターが二人、立っていた。

二人のハンターは面倒な仕事を引き受けたかというような表情をしていて楽しそうとは思えなかった。


ハンターは顔パスで二人の横を通り抜けた。

レイン達もそれに続いた。


車内はレイン達と同世代とそれ以外の男女……未開地の探索に参加する予定の学生達でひしめきあっていた。


世界にある各支部から集められたというだけあって、彼らの服装や立ち振る舞には、一貫性がまるでなかった。

だって、頭にターバンを巻いて目から下を全て隠すローブを身につけているのは砂漠ある支部、なんの動物かわからない毛皮のフードを被っているのは氷河にある支部の出身者だろう。

ツッコミたいのだが、レインは我慢して横を通り過ぎた。


着物姿で腰に一本の刀を下げているのは、日本……ここの支部にいるハンターで間違いない。

優雅な曲線を描く日本刀は、世界一の切れ味を持つ武器といわれている。

横にいる男は、頬に描かれたハートが印象的で、侍のハンターと仲良さげな感じを見るとここのハンターなのだろう。


レイン達と同じ、アメリカ支部と思われる、いわゆる田舎者っぽい人はいなかった。

英雄とまで吟われたドラゴンハンターは、過酷な環境から生まれるらしく、他の支部よりわりと平和なアメリカ支部の学園から選ばれた参加者は二人しかいなかったようだ。


船内の学生やハンター達は、レインとカインを物珍しげな目で見た。

たぶん二人の服がべっとりとついていたせいか、注目されてしまっていた。

カインは四方八方から注がれる視線が気にならないようだが、レインは居心地が悪かった。


「これから各教室でミーティングが行われることになる。」


ハンターは足を止めずに進んでいく。


「まぁ、ミーティングとは名ばかりの、自己紹介を兼ねた顔合わせだ。気楽にしろ。」


ハンターは説明するのも面倒だと思わせる顔でそう言った。


「・・・わかった。」


顔は無表情のカインだがこの状況を楽しんでいるのがわかるが、レインにはそれを楽しめる余裕はなかった。

正直、合意の上とはいえ、いきなり拉致られた状況を「気楽にしろ」と、ハンターの面倒だと思わせる顔で言われても、反応に困るとツッコミたいところだ。


外から見た印象以上に広く感じる車内を歩くこと数分、教室が固まっているエリアに出た。

エレベーターに長く乗って上ったので、どちらかといえば高層の方に位置すると思われる。


「兄さん、またあとで……」


前衛科【01】の教室前でカインと別れて、レインはハンターの引率で空き教室に移動した。


黒板や机など、一通りの教具が揃っていたが、誰もいなかった。

前衛科の教室周辺には、それなりに人がいて、活気があった。

ここは、それが全くない。


――なぜこんな教室に………?


レインのことは特別に乗せてくれると言っていたが、学生としてではないのか?


「ち、あいつ……ここにいるよう言ったのに……」


ハンターはイライラしているのを見て、とばっちりでも来るのではないかとレインは身構えた。


「少し、ここで待ってろ。」


ハンターは速足で去っていった。

仕方なく、レインは無人の教室で一人、椅子に座ってハンターが戻って来るのを待った。


十分が経過し、十五分が経過した。

初めて来た慣れない場所で過ごす一人の時間は、やけに長く感じられた。


待つのが辛くなったレインは、迷いそうで不安だが、じっとしているよりはマシだと思い、教室の外へ出た。

廊下には誰もいなかった。


レインが車内をフラフラと歩き回っていると、突然、豪速球で飛んできたボールに直撃され、弾き飛ばされた。


――ボールッ!?


「がふぅぅうううッ!」


あまりの勢いに、床と平行に飛ばされたレインは、壁にぶつかって、ズルズルと崩れ落ちた。


廊下で力尽きたレインは、ドタバタと足音が近づいてくるのを感じた。


足音の正体は、裾が長い学ランを来た少女だった。


「うぉっ……死んだか、コイツ………?」


少女はレインの傍らでしゃがみこみ、どこから持ち出してきたのか、木の小枝でレインの頭を小突いた。


「い、生きてる……あと、頭を小突くな……」


さっきの、戦闘機の中で味わった痛みの数に比べれば、耐えられる。


それはともかくとして、

スカートの丈が少し短いせいで、床に倒れているレインの視点からだと下着が見えそうになっており、目のやり場に困った。


普通、女性はしゃがむ時、股は意識して閉じるものだと思う。

だが、この少女ときたら、お構いなしだ。

裾が長い学ランを着てヤンキー座り、豪快というのか、なんていうか。


「・・・・・ん?」


レインは立ち上がろうとしたが、ボールのダメージが足にきたのか、ペタン、と尻餅をついてしまった。


「おい、大丈夫か?」


少女がアルトよりの声でレインに尋ねた。


「すまない、ちょっとな……」


「しょうがねぇな。」


レインは少女に支えてもらい、どうにか立ち上がった。


「悪いな。」


レインは少女に頭を下げた。

そうしたら、開かれた学ランの中にさらしできつく押さえつけられても大きさがわかる胸が目に入ってきた。

視線をどこにやればいいのか、判断に困ったレインは、彼女と目を合わないよう気を遣いつつ、無難に顔を見ることにした。


勝ち気な印象で野生を秘めていそうな瞳、長い睫毛、通った鼻筋、いい感じに日焼けした肌。


野性的な美女であるのだが、個性が強すぎることを窺知れた。

普段のレインなら、絶対に話をかけない、関わりたくないタイプだ。


「なんだ?そんなにジロジロ人の顔を見て。」


少女は不思議そうな顔をしてレインを見返した。


「・・・もしかして、ウチと前にどこかで会ってたりする?」


左手を腰に当て右手を額に当てる。


――学ランじゃなかったら絵になるのにな。


「あ、いえ……一度も会ったことがないな。」


「そ、そうか。」


期待していたのか少女は、僅かながら落胆した。


「で、さっきのボールは?」


レインはボールが直撃した脇腹をさすりながら少女に尋ねた。


「あれか……逃げたな。」


「ああ、それはよかっ……逃げた?」


一体、なに言ってんだこいつとレインは少女の顔を見た。

少女は考えるような表情をしていた。


「とりあえず、お前が無事みたいでよかった。意外に丈夫だな。」


「・・・・・。」


意外とは失礼だ。


「・・・あの、学生の方ですよね?それとも、先生かな?」


「ウチが先公に見えるか?」


見えないのだがありえなくはない。

カルデラの教職には、ドラゴンハンターでの実力が認められたら二十歳前後から就くことが可能だ。


外見的には、若手な教官であってもおかしくはない。

では、疑問形で返したということは、この少女は学生だろう。


「ウチは娥梨子、座祖 娥梨子だ。前衛科一年として来てる。ここで会ったのもなにかの縁だ、仲良く頼むな。」


スッ、と手を差し出されたので、レインはおずおずと娥梨子の手を握った。

娥梨子の手は、なぜかテーピングが何重にも巻かれていた。

しかし、レインは女性の手を握るのは初めての経験だったので気にしなかった。


――一年って、俺と同い年か……


「お前は?」


名前を尋ねられているのだと気づくのに数秒かかった。


「俺は……」


「ほぉ、ウチより歳下の癖にタメ口か…」


「・・・・・え?」


娥梨子の瞳がギラリと光ったのを見て、レインは戸惑いから言葉を止めた。


「歳上には敬語だろうがぁぁぁっ!」


――エエエエッ!?


「何を驚く。どう見てもウチより若く見えるし、」


「ちよっと、勘違……」


「先輩と後輩の関係とはなっ!後輩たる者は先輩を敬い尊敬して尽くし、先輩たる者は後輩の見本として世のかを教えるものだぞ!」


――なに意味不明なことを語ってんだよ!?


「ちょっ、待て!落ち着け娥梨子!!」


ああん?姐さんって言えや!!」


「姐さん、聞いてくださいッ!!」


「おう、何だ!」


――単純だな、姐さん。


「・・・が、あ、姐さんは、勘違いをしてる。」


「なにをだ?」


「俺は、16歳だ。」


「・・・な、何だと?」


レインはカルデラの学生証を見せた。


「確かに、ウチとタメだな……すまない。ついさっきまで、歳下だと思っていた。」


ナデナデ…


「なぜ、頭を撫でる?」


娥梨子がまるで子供の頭を撫でるような感じだ。


「いや、なんとなく。」


「なんか悲しくなるからやめてくれ!」


――あと、癒されるような顔をするな。


「いいじゃないか。ウチの体をイヤらしく見てたのを見逃してやろう。」


――見られていることに気づいてたのかよ、この女。でも、けしてイヤらしいことなんて考えてないからな!


「おい、もう止めてくれないかな?」


「いい毛並みしてるな。」


「俺は動物かッ!」


ペットあつかいにされそうなレインであった。


「しかし、人間とは外見で判断するものではないと改めて思わされたな。ウチとしたことが迂闊だった。」


「・・・・・。」


――く、何だこの悲しい気持ちは?


「あ、そう言えばまだ名前を聞いてなかったな。」


「・・・エルモア・レイン・ラツィオだ。名前が長いからレインでいい。呼び捨てでも構わない。」


「了解した。」


同年代の学生同士で、遠慮なんてされたくはない。


「ところでレイン、ここで会ったのも何かの縁だ。手伝ってくれ。」


「手伝いって、何をだ?」


「それは、あのボールなんだが……ウチの前衛の接近戦訓練の道具だ。」


「あのボールがか。」


――接近戦訓練用のボールか……って言うか、個人的な所有物だったのかよ。


「ウチの師匠がウチのために改造して威力が倍になった物なんだが。」


違法改造である。


「あれは、ウチ以外を攻撃しないようにプログラミングされてるはずなんだが……故障したみたいだな。」


――おいおい、故障かよ。道理で見事な一撃をかまされたはずだ。


「どうするんだ?」


「どうするって、決まってるだろ?被害者が出る前に停止させるんだ。」


娥梨子は幼い頃からスケバンであり、喧嘩殺法を軸とした格闘術を得意とするらしい。

あのボールは格闘術を娥梨子に教えたお師匠様からの贈り物だそうだ。


「というわけで、手伝ってくれ。」


「別にいいけど……前の解説いるのか?」


など気にしながら、断っても無理やり手伝わされそうだったので、レインは手伝える範囲で手伝うことにした。


「アレがどこにいるかわからないな、二手に別れ……」


「いや、わかる。多分だけど、こっちだ。」


レインはボールが飛んでった方向へと走り出した。

娥梨子は一瞬、呆気にとられてたが、彼を信じることにした。


レインは分かれ道出くわしても、迷うことなく進んでいった。


「いたぞ。」


銀色に塗装された空飛ぶボール……近接戦訓練用のボールがいた。

最短ルートで、レインはボールに追いついた。


「・・・・おい娥梨子、なぜあのボールは宙に浮かび生き物みたいに移動してるんだ?」


激突された時は気づかなかったが、ボールの表面に顔が描かれていて二つの目が動いていた。


「魔法と錬金術と科学の結晶だって師匠は言ってたな。高値で売れるのは間違いない。」


魔法と錬金術と科学を混合されてできるアイテムは、非常に珍しい。

普通のアイテムは、大概が三つの技術が合わさっていない。

三つの技術でできたアイテムは普通のアイテムよりはるかに頑丈であり強力な魔力を宿しているケースが多い。


「それにしても、やるなレイン。なぜ居場所がわかった?」


ボールがぶつかった跡をたどったのではない。

三つの技術で作られたこのボールは人にしか攻撃するようプログラムされているので、壁などにぶつからない。


「・・・勘だ。」


「勘か、鈍そうに見えるがな。」


ゼロという男の幻覚と同じで、レインは常人の眼に見えないものを頼りにボールを探知していた。

なので根拠を聞かれると答えられない。

説明しても、弟のカイン以外は誰も信じてくれないからだ。


「鈍そうに見えて悪かったな。」


レインは鈍そうと言われて少し腹が立ったが、どうやってボールを停止させるか考え始めた。


「どうすれば……近づきすぎれば襲って来そうだな。」


やはり遠距離での攻撃が一番なのだろうが、あいにくレインは武器を持っていない。


「安心しろ、アレの停止するボタンがあるからなんとかなる。」


「なんとかって……え?」


ガシッといきなり娥梨子に肩を組まれて、何をされるのかと一瞬ものすごく焦った。

ほんのりと鼻に、花の香水の匂いがする。


――ん~こうして密着されると、改めてわかるが……娥梨子、美人だな。


なでなで…


「・・・・・。」


――美人だが、腹が立つ。


「癒されるな。」


「俺はストレスで胃に穴が空きそうだ。」


がっかり美人め。


「・・・それで、どうやって停止のボタンを押せばいいんだ?」


武器もないし、接近戦は俺は苦手だ。


「ウチに任しとけば大丈夫。」


腕に自信がある前衛は頼もしい。


「じゃあ、俺は後ろから回り込むから……娥梨子は正面からでいいか?」


レインは通路の反対側に回った。


――・・・・三つの技術で作られたアイテムは本来持つ機能以外にも特殊な能力を持つと聞いている。俺と娥梨子が近づいてきていることなど、見通しているかもしれないな。


ボールが見えた。

ジリジリと距離を詰める。描かれた顔の目と目があった。


――まずい、襲われる!


「くるならこいッ!」


レインが予感した通り、ボールは飛んできた。

先ほどレインを撥ね飛ばしたのも、たまたま視線上にいたからだろう。


「娥梨子、ヤツの注意は俺に向いたぞ!」


「おし、任せろ!」


娥梨子が前衛がもつ怪物じみた脚力で飛び込んできた。


しかし、ボールは後ろを振り向き飛び込んできた娥梨子を横に飛んで回避した。


結果、娥梨子はボールではなく、その奥にいたレインと衝突した。

しかも、頭と頭でゴチーンとぶつかったのだ。


「グフゥゥゥ……おい、娥梨子……大丈夫か?」



レインは娥梨子を抱き止める形になっていた。


――はっ、いかん。不可抗力とはいえ、女子を抱きしめてしまった。何をやっているんだ、俺は。


「・・・・・・。」


「・・・ん?・・・・娥梨子?おい娥梨子。」


顔を覗くと、娥梨子は白目を剥いて気を失っていた。


「マジかよ。」


――前衛の娥梨子が戦闘不能か、状況は深刻


「がっはぁぁぁああ!」


後ろから突撃され、レインの体は弾き飛ばされた。


ボールが娥梨子の上を漂っている。

まるで自分の勝利に酔っているようだ。


そうして漂うボールに、ヌッと娥梨子の手が伸びた。

娥梨子の手はボールを捕らえると物凄い力で床に叩きつけた。

カチッ、と床に叩きつけられたボールから音がして、描かれていた顔が歪み消えた。

あの前衛接近戦訓練用ボールが、銀色のボールになった。


「捕獲成功だ!」


娥梨子はレインの方を見て、白い歯を見せて笑った。


「・・・気絶してたんじゃないのか。」


レインは全く訳がわからないという表情を浮かべる。


「ハハハ、なかなかの演技力だろ?」


タチの悪い女だ。


「そのボールに近づくために俺を利用したな。」


「利用とは酷いな。ただお前をからかってみたかっただけだ。」


――うっ、こいつ……悪魔か!?


「災厄だ。」


「まぁ、気にするな。ウチの体を抱きしめて喜んでいたことをチャラにしてやるから。」


「・・・・・・。」


――な、何も言えない。


「それにしても、プログラムが変わるほど殴ったかな?」


廊下の隅で膝を抱えてるレインの横で、コンコンと娥梨子がボールの表面を指で叩く。


『・・・マナーモードになりました。』


など機械音を発するボールで壁とキャッチボールの練習。

ボールは起動する様子はないようだ。

これでボールが人を襲う心配はなくなった。





元気を取り戻したレインは、なんとか娥梨子と別れることに成功した。

まったく酷いめにあったと思ったレインは気がついたら、出発した教室への戻り方がわからず、結局迷うハメになった。


どうにか見覚えのある通路に出られた。

空き教室に戻ると、もうハンターが戻ってきていた。


――あちゃ~……ついてないな。


「どこに行ってたんだ?」


ハンターは僅かに苛立ちの籠った声を出した。


「・・・・まぁ、いい。さっさと席に座れ。」


ハンターの声に命じられるまま、レインは教室に入り、教室のド真ん中の席に座った。


――ん、あの男は?


ハンターとは別に、見覚えのある頬にハートのタトゥーがある、腰にガンベルトさげた男が同室していた。

レインは優顔の男を、見ていた。


「・・・小学生?16歳ノ青年ジャナカッタケ?」


ハートの男が、なせが片言な言葉で話し出す。


「ハーツマン、こう見えてもこのガキは16歳だ。さすがに小学生は可哀想だろ。中学一年生ぐらいでいいと思うぞ。」


「福智、ソウ言ッテル君モ酷イト思ウヨ。」


ハーツマンと呼ばれた男と、たったいま名前がわかったハンター 福智は、仲良さげだった。


「小学生ニシカ見エナイケドナ……」


「子供過ぎると、なにか問題でもあるのか?」


福智がハーツマンに尋ねた。


「問題トイウカ……コノ子、顔カラ下ガアメリカ海兵、ミタイナ感ジニナッチャウ可能性ガ高イケド、イイノ?」


「え、えええっ!?」


――何でやねんッ!!


レインは心の中のでツッコミをいれた。


「マァ、イイカ。」


――よくねぇよ!?なんだよコイツは?


「・・・この人は?」


レインは訊くに訊けないでいた質問を福智にぶつけた。


「後衛学科【00】の担任教官だ。」


「後衛学科【00】?」


「お前が所属する学科だ。」


レインは困惑した。


「俺は確かに後衛学科だけど【01】とかじゃないのですか?」


「じゃない。」


福智はレインを見たまま、首を小さく横に振った。


「お前には、後衛学科【00】として装甲車に乗ってもらう。」


「・・・・・・は?」


――意味がわかんねぇ。


「それしかお前みたいな雑魚を乗せることしかできねぇんだよ。」


福智は手慰みに煙草をくわえながら言う。


「・・・【00】ってなんですか?」


そのだけが一番の不明な点だ。


「ハーツマンみたいなハンター、後衛だけど前衛がいなくても竜を狩ることができるハンターを育成するための教室だ。」


福智は紫煙を吐き出しながら告げた。


「どうして俺が?」


「足手まといはいらねぇからだよ。」


「・・・・・・・。」


「お前みたいな雑魚は強くするしかねぇからな。」


「・・・・具体的な、説明をお願いします。」


福智は煙草の灰を携帯用灰皿に落としてから、説明し始めた。


「後衛学科【00】としとの仕事は偵察だ。誰よりも先に進み、情報を部隊に届けるのが仕事だ。」


「・・・・・それだけですか?」


「それだけだ。あと死なないように頑張るだけだ。お前にもできそうな仕事だろ?」


確かに、死なないように頑張る以外は難しいことのようには聞こえなかった。


だからこそ、後衛学科【00】にしか務まらない仕事ということに、レインは異常を感じた。


「どうして後衛学科【00】がやらなくちゃいけないのですか?」


「ハッ、知らねぇな。うちの支部長が教えてくれねぇからな。」


福智が小さくなった煙草を携帯用灰皿の中に突っ込んだ。


「ハーツマン、あとはお前の仕事だ。」


「イエスッサー、サッサト終ワセヨウ。先生ハ、一刻モ早クココヲ出テ花子トデートニ行キタインダ。協力シテネ。」


レインは担任教官から一枚のプリントを渡された。


―――――――――――――――


まぁ、頑張れや。


ちなみに後衛学科【00】は男子一人だけだよ。



ハーツマン

―――――――――――――――


――いらねぇ気遣いだ……はぁぁぁ?男子一人だけだと!?


「トイウワケデ、連絡事項ハ以上!Adidas!」


「アディオスじゃねえよ、待て!」


レインは走り去ろうとしていた担任教官ハーツマンの肩を掴んで引き止めた。

自分でも不思議なくらいの力が出た。


「Oh~意外ト、パワーガアルネ。雑魚ハ雑魚デモ大物ダッタノカナ?」


―雑魚 雑魚ってうっさいわ!


「後衛学科【00】って、俺一人なんですか?」


「書イテアルトオリダヨ。」


「他の後衛学科は?」


「沢山イルネ。」


――だと思った。


「ちなみに教官の年齢は?俺とさほど歳の差を感じないのですが?」


「ホトンド同ジタヨ。デモ、雑魚ノ君ヨリハ強イヨ。身長モ君ヨリハ高イシ。」


――クソヤロウ!!


「じゃあ、なんで教官は外人なのにさっき英語を間違えたんですか?世界標準語になった日本語じつはペラペラ喋れますよね?」


Adios、アディオスをAdidasアディダスって言ってたな。


ちなみに日本語が世界標準語になったのはドラゴンハンターの組織を作り出したケチの部下が日本人が多いからと聞いた。


「細カイコトハ気ニシナイ!」


――気にしろよ。


「なんで、こんな人となんだろう。前衛と後衛のどっちかに交ぜてほしい。」


――一組に一人増えても別に変わらないだろ!細かすぎるぜ!!


「無理ダネ。参加者ノホトンドハ全支部トップクラスノ連中ダヨ。落チコボレダケデ済メバイイケド、君ミタイナノジャ、実力差ガアリスギテ演習デ殺サレチャウカモ。」


「・・・・・・・。」


ハーツマンに厳しい指摘を受けたレインは、返す言葉がなく沈黙した。


「先生ガマンツーマンデ教エテアゲルノニ、何ガ不満ナノカナ?」


「それは……」


マンツーマンで教わらなければならないことが、まず不満だったり同じ十代なのに先生が嫌だったりしたが、さすがに面と向かって言えなかった。


「モシカシテ、先生ガ嫌?」


「そうですね……すこしだけ。」


「Very Shock!デモ、担任ハ変ワンナイヨ!!」


――なんちゅうポジティブ思考を持った先生なんだろう。


ハーツマンは腕を組み、不敵な笑みを浮かべて言う。


「マァ、ミーモ生徒ヲ持ツノハ始メテナンダヨネ。オ互イ頑張ロウ!」


「・・・・・・。」


――オイオイ、不安なこと言うなよ。


「・・・先生も後衛として参加するんですか?」


レインに「先生」と呼ばれて、ハーツマンは満更でもない様子だった。


「先生ガ出ルノハ上ノ命令ニヨルカラネ、ワカラナイヨ。」


「うえ?」


「支部長ダヨ。命令ヲ福智ガ伝エテクレルンダ。」


ハーツマンは福智の方に目線を向ける。


福智は面倒臭いとでもいうように苦い顔をしている。


「ジャ、最後ニ出欠デモ取ットクカナ。ミーハ先生、先生ダモンネ!」


出欠確認は一秒で終わった。


装甲車から出たレインは、支部中央なそびえる塔の内部にある、探検参加者のためのホテルへと向かった。


ホテルの入口にいた礼服を着たスタッフに指示され、レインは三階の食堂に入った。


食堂はパーティー会場と化していた。

ステージの上では、各支部から来た学生やハンターが代わる代わる特技を見せつけている。

景気のいい雰囲気を作ろうという試みは成功していた。


知り合いの姿を求めて、キョロキョロと食堂内を見回すと、一人でチビチビ給仕から受け取ったワインを飲んでいる娥梨子の姿を見つけた。


「娥梨子。」


「・・・お、レインか?」


「そうだが……さっき別れたばかりなのんだけど、なんで疑問形なんだ?」


「あれは親戚か?」


娥梨子はレインと顔が似ている青年を指差して言った。


「ああ、そうだけど。」


「やっぱりそうか。」


――だけど、体格差があるのが兄として……


「お前の兄か?」


「双子だ。俺が兄でアイツが弟だ。」


「・・・うそ、似てなっ……ハッ、すまん。似てないのは身長……ゲフンゲフン。」


「・・・・・・・。」


――そう言われるのにな、なれてるさ。


「・・・しかし、世の中は謎に満ちてるな。」


娥梨子はレインのことを横目でチラチラ見ながら言う。


「もう一回尋ねるが、本当に双子なんだな?」


「本当だ。じゃないとアレが俺を兄と慕わないさ。」


「・・・そうか、言われてみると確かに顔がそっくりだな。」


――当たり前だ、双子だからな。


「人類の不思議を感じさせられるな。」


――・・・そりゃあ、どうも。


「しかし、イケメンだな。」


「・・・そうだな。」


――俺だって身長があればっ!


「あ、兄さん。」


もたついていたら、カインがホッとしたような顔で近づいてきた。

食べているのに夢中だったのか彼の頬には米がついていた。

レインは手近なところにあったナプキンで、カインに頭を下げさせ頬についた米を拭い取ってあげた。


「確かに、レインが兄なんだな。」


レインとカインのやり取りを見て、娥梨子がポツリと感想を漏らした。


「兄さん、この女は?」


カインの質問にレインが応じるより先に、娥梨子が動いた。


「ウチは娥梨子。仲良くしてくれ。」


娥梨子はカインの顔を覗き込んで、笑顔を投げかけた。


「カインだ。・・・兄さん、なんだこの女は?兄さんにまとわりつく害虫なら駆除するけど……」


――我が弟よ、マジで言っているのかと思うとガチで怖いぞ。


「しかし、双子なのに似てないな……どれ。」


娥梨子の右手が消えたかと思うと、いつの間にか無表情のカインの左手が顔の数ミリ先で娥梨子の拳を受け止めていた。


「娥梨子!?何してんだ!?」


「実力チェックだ。やるな。」


「やるな。じゃねぇよ!カインが前衛じゃなかったら死んでたぞ!」


「いいじゃないか、死んでないし。」


「そういう問題かッ!」


「安心しろ、受け止められそうじゃなかったら寸止めしてた。」


「だから……!くっ、カインも何か言ってやれ!」


「兄さん、俺のことを心配してくれるんだな。俺、一生兄さんに尽くすよ。」


「お前、なに言ってんの!?」


「ふむ、兄弟愛か……美しいものを見た。」


「お前もなに言ってんの!?」


――お前ら、俺をツッコミ担当にする気か!!


「なぁカイン、レインは兄としてどうなんだ?尊敬してるのか?じつ……」


「おいおいおいおい!娥梨子、マジで黙ってくんない!?」


「ハッハッハ、了解した。」


娥梨子は楽しそうに笑っていた。


――この二人、実に面白い。


「はぁ……娥梨子、トレーを取りに行こう……」


バイキング形式なので、食事の盛りつけはセルフサービスなのだ。


「うむ、そうだな。せっかくだから、なにか食べるとしよう。」


「・・・俺も、お代わりをもらいに行く。」


食堂利用者の数の割に、用意されていたテーブルは数が少なかった。

限られたスペースの中で、多くの利用者は皿とスプーンかフォークまたは箸だけを持ち、立ったまま飲み食いをしていた。

彼らにとって、食事は会話のオマケだった。

席についてガッツリと食べる姿勢の者は少数派だった。


「・・・いただきます。」


カインは二つトレーの上に大皿六枚に小皿五枚を強引に載せ、そこにありったけの料理を山のように盛っていた。

カインのトレーには、混沌の二文字が似合っていた。


「・・・前衛は通常の人間より何倍も動くゆえ沢山食べるのだが……ウチよりすごいな。」


娥梨子がカインの豪快な食べっぷりを見て言う。


「食べ物を、どこに納めてるんだ……?」


――ブラックホールか?


「さぁ……な?カインは、そういう体質だからな。」


カインに物理的法則は意味がないので、あまり深く考えない方がいい。


「カインを見てるだけで、俺の内蔵が疲れる……」


レインがあまり食べないのは、カインと毎日の食卓を一緒にいたせいなのではないか、と娥梨子は思った。


「そういえば、レインはなに学科なんだ?」


「ああ……そうだな…」


レインは答えに窮した。


「後衛学科………だ。」


「クラスのナンバーは?覚えてないのか?」


「あ、ああ。初めてだからな。」


――後衛学科【00】なんて言ってもわかんないだろうしな。


「俺一人しかいなかったな。」


「そうか。後衛学科の中でも救護とかか?」


「バリバリ戦闘に出る。」


「ほぉ、意外だ。悪いが正直、強そうには見えないな。」


素直な言葉だった。


「俺が弱くてもカインは強い。」


レインにとってカインの強さは自慢だ。


「カインが強いのは言われなくてもわかる。先程の軽い手合わせを前から前衛学科だと気づいてた。」


「どうしてわかる?」


――顔は俺と同じだぞ。


「纏っている空気、雰囲気が違うからだな。」


「よくわかるな、そんなの。」



会話に区切りをつけて、ゆっくり礼儀正しく食べ始めたレインは、気紛れに前方のステージに視線を向けた。

スタンドライトで照らし出されているステージの上では、白髪で年齢が読めない顔をしたローブ姿の男が火の玉を浮かしながら、探検へとでる若者達に祝辞を述べていた。

いやこの男、よく見たら口が動いていないような……


『……だからのぉ、う~む、この先にある未開地に行くことは、己を知ることじゃと……カンペが読みにくいのぉ……。支部長の義娘を含め、ここに集まった諸君達には……』


ステージ上で喋っているはずの、どこか年寄り臭い男は……なんとなく、レインのことを


――見つめている気がするな……いや、いくらなんでも自意識過剰か。


などレインは思い、視線を手元の皿に戻した。


「へぇ、藺が今回の未開地への探検のメンバーに選ばれたのか。12歳なのに感心だ。」


なんとなくレインに視線を追っていた娥梨子が言う。


「一体、支部長は何を考えてるのか、わからんな。」


「そうだな……」


レインは煮え切らない返答をした。


――支部長の考えがわかるわけない。


「まぁ、ウチはウチらしく前衛で好きなだけ戦うつもりだけどな。」


娥梨子はそう言って、アクビをした。


「さすがですね。先輩が言うことは違いますね。」


声の出所は、レインのすぐ隣の席に姿勢正しく座っている少女だった。


独り言みたいに、けれど、確かに娥梨子に向かって放たれた言葉だった。


レインは隣に座る少女の横顔を見た。


美人の中に幼さが残る印象だが、目や鼻、唇のパーツのバランスがよく、整った顔立ちをしている。

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