プロローグ
俺、春から高校に通う。
中学の時は、否、今も一応、中学生なんだが、勉強もスポーツも得意っちゃ〜得意で、しかも、かーなーり〜のイケメン…自称、じゃないぞ?
生徒会の副会長を務め、バスケ部と文芸部の部長を兼任してた。尚、クソヲタ、だ。但し、ヲタである事は、ひ・み・つ。ヲタが心象悪いってのは知ってるし、何よりも女子にモテない…だろ?
生徒会なんざ全く興味ないんだが、内申を良くする為。
だったら生徒会長のがいいって?
バ〜カ!アレは、選挙、とか必要で面倒。ウチの中学は、会長が副会長を指名するタイプなんで、こっちのが“楽”。何せ、副会長なんて会長の後ろに侍っていればいいだけ。実務は、書記や会計がすればいい。都合のいい“助言”を真面目風に、ドヤ顔で放っておけば、なんやかんやで一目置かれる。
正直、容易い!
二つの部活の部長兼任ってのも、要は、“楽”をしたい為。前者が面倒な時は後者の方で忙しい、後者が面倒な時は前者が忙しい、って言い訳出来るのよ。
頭使わんとね、頭!
まあ、そんなこんなで圧倒的“勝ち組”を意識しつつ実感し、余裕をかましていた俺な訳だが…
──ヤらかしちまった!!!
高校受験は、私立から、ってな感じで俺は、第一志望を県立にし、受験日が早い順に滑り止めを受ける事にした。
最初の受験は、聞いた事もない比較的新しい私立校。
普段取る偏差値から、実に30以上も落とした滑り止め。
何でそんな高校を選んだかって?
女子の制服が異常に可愛いから。
アニメでしか見ないような、否、エロゲでしか見ない程の、奇抜な色使いにデザイン。
進路指導室においてあったパンフレットを覗き込み、コレは受けるしかない、ってな感じで選んだ底辺校なんだが、そこはかとないエロスに心を射止められ、ああだこうだ、と親に言い訳をして、無理矢理、お受験する事にした。
受験当日、会場になるその高校に行ってみれば、ちらほら見掛ける在校生。
うお!本当にエロゲみたいな制服着てるわ!!
異様にテンションが上がり、恐らく、名前だけ書いておけば受かるんじゃないか、みたいなその高校の試験問題全てを解き、二日目も全て埋め、見返せば、満点確実、そのくらいの出来だった。
何か知らんが、受験を終えた翌日には、学校に顔を出して報告しなければならない、とか言うルールのせいで、俺は初受験後、中学に向かった。
受験シーズン中、受験生は特定の登校日を除いて全休。特に、この日は日曜なので、在校生も部活に所属している者を除けば疎ら。
毎日通っている学校だが、人っ気のない学校ってのは実に新鮮で、俺の悪い癖なんだが“ちょっとした冒険心”が燻り始めた。
正確には、受験の一発目、エロゲ学校のテストが終わった事もあって、ちょっと悶々していた。何せ、思春期、だし、何より、試験勉強のせいでヌイてない!
三年間通って来ている中学だが、女子更衣室、ってのは、勿論、入った事がない。
時折、扉が開いてて、廊下から中がチラッと見えた事はあるものの、絶対聖域とでも言うべき“そこ”は、俺にとって未踏の領域。正に、禁断の聖少女領域なのだ。
今、学校は、蛻の殻。
生徒がいるって言えばいるのだが、圧倒的に少ない状況。
況して、目の前の女子更衣室は、俺達受験生の使用している処。
──イケる!!!
俺の判断は、いつも“概ね”正しい。
「一歩踏み出せ!」
勇気、だ!
他の動物にはなく、人間だけに与えられたもの、それが“勇気”。
男なら勇気を以て踏み出せ!
この場合、正しくは、男だからこそ踏み入れ!
気付いた時、俺は既に女子更衣室の中に居た。
否、更衣室の中に居たと言うよりは、俺の周囲環境が女子更衣室に一変した、そんな感じ。それくらい、何故か自然に、一瞬に、極めてナチュラルに俺は“そこ”に居た。
今現在、“今”と言う一瞬、俺はこの女子更衣室唯一の住人。
前人未踏の禁忌の地『女子更衣室』の中にあって孤高の覇者にして支配者、絶対君主にして暴君、なのだッ!
此処迄は、冒険者にして開拓者としての所業。
勇気だけを示す行為。
だが、それだけで終わる訳にはいかない。
こっから先は、探求者にして究明者。謂わば、財宝探険家。勇気だけではなく、知恵と感覚が試される、もうワンステージ上の試練。
何処かにひっそりと眠る“お宝”を探し出さざる訳にはいかない。絶対に負けられない闘いが其処にあり、退けない戦場に足を踏み入れているのだ。
そう、最早ここは、無限迷宮!
入り込んだが最後、お宝を探しださなければ引き返せない、帰れない、無間地獄。
無碍には出来ない最後の楽園、なのだ!
集中しろ!
どこかにある筈だ。
禁断の果実、が。聖杯、が。性の衝動、が。
探せ!探せ!探せ!
出来るだけ素早く、しかし、細やかに、且つ、隈無く。
見逃すな、些細な違和感すら見逃すな。
初めて見る女子更衣室と言う光景。
見知らぬ室内。見知らぬ天井。ついでに、見知らぬ鼻息。俺って、こんなに鼻息粗のか?
お前の嗅覚を信じろ!お前を信じる俺を信じろ!つまり、俺自身を信じろ!
100m先の滝を流れ落ちる針の音を、その瞬きを、見逃すな。
そこに、必ず、“お宝”はある、絶対、絶対にだ!
「くそっ!」
殆どのロッカーが空っぽ。
ごく僅かに鍵の掛かったロッカーもあったが、解錠ツール等持ち合わせていない。そもそも、そんなもん、あるのか?
開けゴマ、と唱えてみても、エルフ語で『友』と語ってみても、一向に開かない。オープンドアにダンブルドア、凡そ、思い付く限りの“魔法的”な文言を心で念じた処で露とも動かず、開かず。
当然と言えば当然、だ。
受験中、ほぼ全休、しかも、ここは三年用更衣室。
殆ど空っぽ、つまり、未使用状態なのは当たり前だし、長期に亘って入れっぱなしにするなら、そりゃ鍵の1つも掛けるわな。
逆に言えば、鍵さえ開ける事が出来れば、任務攻略だ!
何かないか、俺?
何か持ってないのか、俺?
今日は、エロゲ高校の入試問題を入れた紙袋をそのまま持って来ただけ。鞄もなく、紙袋にはペンケースしか入れていない。
そんな中、役立つ物はあるのか?
──定規
ペンケースに入れていた薄いプラスチックの定規。
否、こんなの鍵穴に入らない。
何かで変形させられないか?
あ!
──ライター
粋がって、タバコを吸う用に持ち歩いていた使い捨てライターがある。
よし!ライターの火で定規を溶かし、鍵穴にねじ込み、固まった後、捻ればいい。
ナイスアイデア、俺!やはり、冴えてるぞ、俺!そう、俺は“天才”だ!!!
……ダメ、だ!
火で炙っても黄色く、黒く変色し、爛れて、焦げ臭いだけ。
全然、溶けない、変形しない。ニュルっと柔くなって、鍵穴に差し込めるイメージと全然違うじゃないか!!!
どうなってんだ!現実は、厳しいぜ。
しょぼいロッカーの鍵、1つも開けられないのかよ、俺は。
ここは諦めて、他のロッカーを──
──!?
開いた。
造作もなく、訳もなく。
隣のロッカー、鍵が掛かっていない。
否、此処迄は他のロッカーでもあった。
だが、なんて事だ……中に“何か”入ってる!
なんだ、コレは!!!
カラフルな色彩の体操服のような、もの。
どこかの部活のユニフォーム、なのか?
胸から腹辺りにかけて大きな数字が刺繍されている。
ノースリーブではないが、やけに短めの半袖。
下は、短パン。スパッツ程ではないが、やたらと丈の短い小振りなショートパンツ。
何処かで見たような?
──思い出したッ!
コレは、女子バレー部のユニフォームだ。
壮行会で見た記憶がある。
俺の記憶力は、宇宙、だ!忘れっぽいが。
ロッカーには、大久保、と名札が貼り付けてある。
大久保って、同じクラスの大久保、か?
あの派手なビッチ…そう言えば、バレー部だったな。
しかし、何でこんなものが、この時期に??
ちょっと待てよ?
コレはッ……若しかして、お宝、じゃないのか?
本来、何を以てお宝とするのか、よく分からん状態。
それくらい、今の俺のアドレナリン分泌量は不必要に過多。
血液が心臓に向けてポロロッカ宛らの激流を為す様が己でも分かる。
鼓動が鞭打ち、体温上昇。確かめていなので分からないが、多分、瞳孔もうっすら開いてるんじゃないか?
さあ、どうする?
──よし、着てみよう
この判断に至る迄、僅か0.05秒。
宇宙刑事宜しく、蒸着宛ら、俺も目の前の布地を、装着。
どうせ着るのであれば、そう、裸。
全裸の上に纏うのが、至上。この判断、我ながら、天上天下唯我独尊。
──!?
コレでは、まるで変態みたい、じゃないか!
否々、みたい、じゃなくて、変態、なのか?
違う違う、コスプレ、だ。
そう、コレはきっと多分、コスプレなのだ。そうなんだ。
1クール遅れのハロウィン、だ。
トリック・オア・トリート!
そう、茶目っ気、だ。
悪戯心擽る可愛らしい男の子の図……
「…さ、寒い」
そりゃそうだ。真冬に裸になって直に着た服が、やたら短い半袖にマイクロパンツ、生地も薄い。
バスケ部のユニフォームもそうだが、体育館で競技するスポーツの衣装ってのは、通気性が頗るいい。
やたら、寒い!
寒いんだが、俺の気分はマックス!
心臓に流れていた激流は、今や下半身への瀑布と化し、天下を統べる傲慢な幕府の重鎮宛ら、寒さとは逆にヒートアップ。
これは、堪らん!内心、あっぷあっぷ!
──ハッ!?
更衣室の外で声が聞こえる。
複数の、しかも、それは女子達の声、会話、囀り、キャッキャウフフ。
段々、近付いてくるような…否、これは確実。
奴等、向かって来る!!
そんなバカな!
受験で全休、しかも、日曜。このフロアは三年生用、誰が来るってんだ!
おかしいだろ!!!
否々、待て待て。
だったら、なんでそもそも部活のユニフォームなんてもんが、更衣室のロッカーに置いてあるんだ、って話。
迂闊だった。ついでに死活!
お宝発見に舞い上がって、状況把握に及ばなかった。
誰もいない、と俺は思い込んでいたんだ。相手もだ。誰もいない、と思い込んでいたから“鍵”なんか掛けなかったんだ。
コレは、罠、だ。
純情な男の子の心を弄ぶ退屈な運命の神々の悪戯、なんだ。
クソッ!
トリック・オア・トリートは、俺の台詞じゃなく、天の言霊か。
近付いてくる。
もう、更衣室の扉の前だ。
一気にユニフォームを脱ぎ捨てるか?
しまった!
脱いだら、全裸、だ。
トリック・オア・ストリーキング!
相手はビックリするだろうが、それで俺の人生は終わりだ!
今迄有難う、お父さん、お母さん…
否々、諦めたら駄目だ、逃げる。このまま、逃げる。ソッコー、逃げる。逃げるが勝ち!徒で逃げる!
ラッキーなのは、今日は荷物が少ない事。
自分の制服と紙袋を小脇に抱え、窓の外に飛び出る。
窓の外には、20cm程度の梁がある事は知っている。
そこへ脱出、遣り過ごす。
校庭からは丸見えだが、今のこの状況、更衣室の中で男が女物のユニフォームを着ている、っつ〜怪奇現象よりは、遙かにマシ。
──脱出!
窓から飛び出て、窓を閉め、窓枠下に身を屈め、更衣室から見えない位置に潜む、そこ迄やって逃げ果せられる。ミッション・インポッシブル…正に、今の状況。
運動神経に全てを集中、自分の体が加速するイメージ。
チーターより速く、鷲よりも速く、弾丸より速く、Wi-Fiより速く。
──交錯
外に飛び出て窓を閉め、枠外下に屈む一瞬、更衣室への侵入者、本来、その侵入者こそが正当な使用者なのだが、その内の誰かの視線と交錯したような気が──した。
した、と言うのは、窓の外へ逃げ果せた後、それ程の騒ぎがなかった、からだ。
窓を閉めてしまったので、はっきりと室内の会話は聞こえなかったが、ユニフォームがない、って感じの会話は聞き取れた。
断片的に聞こえる会話の内容から察するに、後輩に譲る為にユニフォームを持ってきた、とか。
詳しくは、分からない。
何も受験シーズンまっただ中にそんな事すんな、って話だ!
兎に角、俺は、その後、日が呉れる迄、窓の外に居た。
実は咄嗟にカーテンを脱出際に引っ張り出し、窓を閉めても外でくるまれるようにしていた。
実際に着替えに使われていたのであればバレていたのだろうが、荷物置き場として使われていたに過ぎない今の更衣室のカーテンが窓の隙間から出ていても、それ程気付かれるものではない。
おかげで、校庭で部活動をする生徒達に見付からず、窓の外、校舎の梁にしゃがみ込んだ変態野郎の姿が誰かに発見される事はなく、特殊部隊宛らのカモフラージュにより、無事に逃げ延びる事が出来た上、図らずしも、お宝をゲットしてしまった。
尤もこの時、寒空の下、約8時間もとんでもない“薄着”で過ごした俺は、翌日から40度近い熱を発症し、半月以上、部屋から出られなくなる、と言う“呪い”の洗礼を受ける事になる。
その結果、滑り止めと言う滑り止め、全ての私立校の受験が出来ず、回復し切らない状態で挑んだ本命校の答案には、回答ではなく、吐瀉物で埋め尽くし、見事、エロゲ底辺校への入学が決まった訳である。
そんなこんなで、手元に残ったのは、吐瀉物で薄汚れ、奇妙にカラリと乾き薄汚れた試験問題と、これまたナニかでガビガビに乾ききった仄かに匂う、人生を掛けて手に入れた女子生徒のユニフォームが一着、ついでに、名前もよく知らない、ニュアンスだけで受けた底辺校への入学とお先真っ暗な人生だけが横たわっていた。
煩悩、ってのは、本当に恐ろしい。
僅かな、ほんの一時の気の迷いのせいで、取り返しのつかない事態に迄、陥っちまった。
なんで、出来る奴、だった筈の俺がこんな目に遭わなきゃならねーんだよ?
入学のその時迄、イライラしながら腹を立て、しかし、唯一手に入れたお宝に、モンモンしながら股間を勃て、シコシコしながら子種を発て、妄想に耽る。
「くっそ〜、こうなったらクジラックスしたろか!」
否々、流石に駄目だろ、それじゃ。
俺は、冒険心が強過ぎるんだ。
生まれもっての冒険者、開拓者。ついでに探求者で究明者。延いては、探検家。
しかし、賢者、にはなれなかった。
せめて、せめて今だけは、賢者になろう。
うん、そうしよう。
ふぅ・・・