☆9☆ 走ってきた騎士(ナイト)
妹から「チョコボン、キライじゃないよ」
というメールをもらった。
でも、ひとつ言わせてもらえば
チョコボンって何?
日曜日なのに、午前中から動き出すのは久しぶりだった。
学校の日と変わりなく朝食をとると、あたしは手早く服を着替えた。
「あたし、これから出かけるから〜」
階段を降りながら、部屋の掃除に忙しく動き回るお母さんに声をかける。
「勉強はいいの? 休みだからってサボっちゃダメでしょ」
「お昼までには帰るって」
そう言いながら靴をはく。
それに、ユキはもうこないと思うし。
これからは、自力で勉強しなきゃ……。
「いってきまーす!」
気持ちが沈みそうになるのを止めるように大きな声を出す。
ほんと、嫌になる。
ユキの言葉に動揺しちゃって、バカみたい!
こんな日は、絶対に部屋にいたらダメだ。
あたしは玄関をでると、自転車に乗り、おもいっきりペダルをんだ。
「よし! 立ち読み! 立ち読み!」
気晴らしで時々、立ち寄るコンビニはあたしの図書館がわり。
学校を通りすぎて、さらに離れた場所にある、その場所は、近所とは言えない場所だけど、今日はその距離がいい気分転換になるような気がした。
全力で自転車を走らせれば10分。
冷たい空気が頬をかすりながらも、コートの襟に顔をうずめる。
休日の人通りの少ない道を抜けると、大きな交差点の角にあるコンビにが見えた。
「いらっしゃいませ〜」
コンビニのドアを開けると、忙しそうにレジを操作する店員が声をかけてくる。
あたしはチラリとも見ないで、入ってすぐ右の雑誌棚の前に立った。
まずは、週刊誌。
次はファッション誌。
順番を決めながら、山積みになっていた本日発売の週刊誌へ手を伸ばした。
「あ、すいません」
同じように伸ばされた大きな手とぶつかって、あたしは謝ると、すぐに手をひっこめた。
「あ、こちらこそ」
同じように手を引いて謝る相手の声に、ハッとして、顔をあげる。
「な、んで……アラシ?」
「うお! チョコかよ!」
お互いで顔を見ながら声を上げる。
「何してんだ? 立ち読みか?」
アラシは店内に響くような大きな声できいてきた。
「ちょっ! アラシ、声大きい!」
「うおっ! マジ? 悪ぃ……で、何してんだ?」
少しだけ声のトーンをおとすと、アラシは体まで縮めて、あたしの顔をのぞきこむ。
「ア、アラシこそ。何でここにいるのよ」
体を縮めても、少しだけ高い位置にある、アラシの顔をあたしは見上げる。
ジーンズに黒いニットのセーター、グレーの大きめのマフラーをざっくりと巻いただけの簡易装備の、はにかむアラシがいた。
まだ春には遠いのに、この服装じゃ寒いに決まってる……と思いながらも。
見慣れない私服姿のアラシは、いつもより少しだけかっこよく見えた。
「あー、オレ? オレんち、この近くだし、暇つぶし」
「え、そうなの? ふうん、家ってこのへんなんだ」
通学路が逆なのは知ってたけど、どこに住んでるのかまでは知らなかったから、あたしは純粋に驚いた。
「遠いんだ……」
「だろ? お前んちからは遠いだろ? で、何で、その遠いヤツがいるんだよ」
あ……。
これって、墓穴?
あたしはアラシの問いかけに、ぎこちなく笑う。
「うん。まあ、ちょ、ちょっと……ね。ほら! 買い物! そう、ここコンビニだしね!」
我ながら下手な嘘を……。
正直に言ったって別にいいのに……。
キョトンとするアラシに、あたしはひきつりながら微笑む。
次の瞬間、アラシは「ああ」と頷くと、意味深な笑い顔であたしを見る。
「なるほどな。受験勉強サボってるのが見つかったんだろ。それで、親とケンカしたな! 当たり!」
アラシは笑いながら、あたしの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「ちょっ! 違うよ!」
UFOキャッチャーの景品にでもなった気分で、あたしは慌てて、その手から逃げる。
「やめてよ! 髪がボサボサになったよ!」
「はあ? 最初からボサボサだったんじゃね?」
アラシは楽しそうに笑って言いながら、大きな手をひっこめると、偉そうに腕を組む。
「元気でたか? チョコらしくもねーな。お先真っ暗な顔なんかしてんなよな。ま、なんなら、オレが相談のるけど?」
「はぁ〜? 何ソレ、アラシに相談? 無理すぎ」
眉間に皺をつくって手をパタパタと左右に振ると、ベーッと舌をだす。
偉そうなアラシは自信満々に、ひとさし指をあたしに向けると「ふんっ」と鼻を鳴らす。
「なんだよ、オレって結構、頼りになるんだぞ」
あたしは向けられた指を手で軽く払うと、反対にアラシを指差す。
「自分で言ったら終わり」
「なーにーっ」
ワザと怒った顔をするアラシに、あたしはクスクスと笑った。
そして、ふっと息をつくと、アラシを見上げた。
「でも――」
「ん?」
アラシの顔があたしの次の言葉を待つのを確認して、ゆっくりと微笑む。
「ありがとね」
本当に驚くほど素直になれた。
普段なら恥ずかしくて言えない言葉がサラッと言えた。
アラシなら……。
もしかしたら、アラシの前では可愛くなれるのかな……。
見上げたアラシの顔がみるみる赤くなっていく。
バカなヤツ。
単純なんだから。
ま、そこがアラシのいいとこなんだけどさ。
あたしはクスッと笑って、アラシの腕をポンッと叩く。
「やっぱ、あたし、帰るね。こんなとこで遊んでられないもんね」
放心するアラシに背を向けて、あたしは歩きだす。
なーんか、アラシを見てたら気が楽になったかも。
今さら、ユキと険悪になろうと、そんなの今のあたしには小さなことなんだな〜。
もう……ね。
コンビニのトアを開けると、大きく背伸びをして両手を空へ伸ばす。
な〜んか、本当、何をウジウジ考えてたんだろ。
よし! 元気でた!
あたしは自転車に乗る前に、まだ店内で呆然と立ちつくしているアラシに向かってガラス越しに手を振る。
アラシは我に返ったように慌て始めると、あたしに手を小さく上げる。
あたしは吹きだして、自転車の向きを変えると、勢いをつけて自転車に乗った。
見上げると青い空が広がっていて、冷たい空気が空の色を鮮やかに見せた。
あたしの世界は広い!
ユキと離れて、麻衣っていう親友ができて。
アラシっていう仲間ができた。
もう、あたしの世界はユキだけじゃない。
小さかった頃とは違うんだぞ。
わかってんの? ユキ。
二人だけの世界から広い世界に飛び出しちゃったんだよ。
ユキも同じでしょ。
ユキにはユキの、あたしにはあたしの世界があるんだから。
無理に戻ろうとしたからダメだったんだね。
一つだった懐かしい小さな世界は二つになっちゃったんだから。
戻れないってわかっていれば……。
もう、ユキの言葉なんかで傷つかない。
「よーしっ! 勉強がんばるかー!」
軽くなった心みたいに、ペダルも軽く感じながら、自転車のスピードをあげて、あたしは声をだす。
ユキが何?
キライならキライで結構だよ!
もう、あたしの世界にユキなんかいらないんだから!
島崎の表札の前をスルリと通り過ぎると、キキーッと大きなブレーキ音をだして、自宅の前で急ブレーキをかけて止まる。
さ〜て、スッキリしたし。
勉強でもするっかな〜。
あたしは車庫に自転車を片づけると、玄関への門に手をかける。
「チョコ!」
突然、ハアハアと荒い息遣いと一緒にあたしの名前が響く。
「へ……?」
振り返ると、さっき別れたばかりのアラシが額に汗をびっしりとかいて、苦しそうに肩を上下させながら立っていた。
「アラシ?? ちょっ、ちょっと! どうしたの!?」
あたしは慌てて、アラシへ駆け寄る。
「お、お前っ……はぁ……はぁっ」
やっとの事で呼吸しながら、アラシはヨロヨロとあたしに近づくと肩をつかんだ。
「な、何? ちょ、ちょっと……大丈夫? 水、持ってくる? ってか、なんで? なんでいるの? つけてきたの!?」
わけがわからなくて、あたしは苦しそうに呼吸を整えるアラシに、いくつも質問をぶつけた。
「あのっ、はぁっはぁ……。あのなっ! べ、勉強とか受験とか!」
アラシは時々、息をつまらせては苦しそうに顔を歪める。
「わかった、わかったから! 落ち着いてよ。いい? すって〜はいて〜すって〜。ほら! 深呼吸して!」
あたしはアラシの顔を見つめ、深呼吸をしてみせる。
それに合わせるように「スーハー、スーハー」とアラシは深呼吸をはじめる。
「そうそう。落ち着いた?」
アラシはあたしの肩を掴んだまま深呼吸を数回すると穏やかな表情を取り戻す。
「ったく、一体なんなのよ。何考えてるのよ。ずっと走ってきたの? いくらアラシが体育会系でもさ、あの距離を全力疾走は死ぬって。ばっかだね」
あたしが自転車を飛ばして帰宅したんだから、ほぼ同時にあらわれたアラシは、猛ダッシュだったに違いなんだ。
思い浮かべながら、ケラケラと大笑いするあたしにアラシは照れたように小さく笑う。
「っくしょ〜。かっこ悪ぃな……。なーんか上手くいかねー」
「本当、かっこ悪いっていうか、ボロボロだね。まあ、あたしも上手くいかない事ばっかだけどね」
昨夜のユキの一言で、あたしは動揺して勉強どころではなかったんだから。
『キライだよ』
あの一言がなかったら、あたしはユキと……。
――キス、してた。
そう思うと身震いする。
そして、目の前で苦しそうな顔で深呼吸するアラシの顔を見つめた。
夢見る乙女なんかじゃないけど、遊びでそんなことできない。
やっぱり、そーいうのは、気持ちが必要だと思うんだよ。
そう、こんな風に、アラシみたいに。
あたしを心配してくれたり、優しくしてくれたり。
そーいうのが積み重なって、「好き」って思えたときに。
自然とするもんじゃないの?
あたしはアラシに微笑みかける。
アラシは真顔になると、思い切ったように口を開く。
「チョ、チョコ! あ、あのさ、オレ……お前の事、その、なんつーか」
アラシは上を向いたり、下を向いてみたりして、うるさいくらいに顔を動かし始めるとモジモジしだす。
あ……。
うそ、冗談でしょ?
まさか、こんなとこで告白とか言わないでよ。
冗談じゃないと、あたりを気にしながら、あたしはアラシをなだめるように笑う。
「な、な〜に? 真面目な顔しちゃって、似合わないって! あ! まさか、道がわかんなくて帰れないとか? な〜んてね」
「ばっか! 違うっつーに! オレはただ……。ただ!」
あたしの苦しい逃げもおかしいけど、この状況はもっとおかしい!
だって、どー考えても、アラシがおかしい!
顔を背けながら、アラシの妙な熱いまなざしを感じていた。
「お、オレは!」
「アラシ、アラシ! ちょっと、肩が痛いって」
「聞けって! オレは! おっ、お前の事が好きなんだよ!」
「痛っ! ――っ!」
もーーーーっ!
こいつ、言っちゃったよ。
肩の痛みと突然の告白にあたしの頭も神経も麻痺していた。
アラシの気持ちはなんとなくわかってた。
でも、まさか、今日?
「痛いじゃねーよ! オレは本気だからな! こんな事、冗談で言えるか」
アラシは顔を真っ赤にして、一気にまくしたてた。
「アラシ……、あんた……本気?」
あたしはアラシの顔をみつめながら、ゆっくりと言葉を探す。
冗談じゃないって。
麻衣の言ってたことってが当たってた、すごーいとか。
アラシがあたしを? いや〜ん、恥ずかしいとか。
祝! 初カレシ! やったー! なんて思えないって。
どーすんのよ。
これって、ありがとうとかって答えたらOKって事になるの?
ってか、今、返事すんの?
どーすんの! あたし、わかんないし!
ごめんとかって言ったら、気まずくなるんでしょ。
あーっ。
もう! この忙しい時期になんてことしてくれんのよ!
混乱する思考を必死で整列させようとするのに、頭のグルグルは止まらなかった。
「チョコはどうなんだよ」
どうなんだよって?
正直、迷惑!
……なんて、言えるわけないし。
どうしよう……。
強張る顔を無理矢理、笑顔にしてアラシの赤い顔を見上げた。
「あ、あたしは――」
――――パン、パン、パン。
あたしの言葉を遮るように、どこからともなく拍手が響く。
ビクッと体を震わせて、あたしは恐る恐る拍手の出所に目を向けた。
隣の家、いつの間にか島崎家の門の前に立つ、背の高い人影。
それが誰かなんて顔をみなくたってわかる。
――――ユキだ。
その瞬間、あたしは何故だか背中が冷たくなるのを感じていた。
※下にあとがきと次回予告がひっそりとあります。
(あとがきパスな方用に見えないようにしています。
◆†あとがきという名の懺悔†◆
本日もご来場ありがとうございます!
早い早い!
ちょっといい感じに書けてます。
それもこれも、イメージを膨らませる、たくさんのイラストを送ってもらえたから。
そもそも、美形ってのがなんぞや? だった私なので
イメージがわかない。
美形って……。
そんな時、イラストをもらえると、うはーってなって書けるという不思議。
イラストを見せられないのが残念ですが、データでとってあるので
HP開設後にアップできたらなって思ってます。
さて次回♪ ☆10☆ 王子VS騎士
もうベタなのですみません。
やっぱり、決闘とかあったほうがいいかな〜と。
ってか、チョコちゃんは、まだ誰のものでもなんですけどね〜。
先走り騎士と思い込み王子なんで……。
やっぱり、アラシの方がいい感じになっちゃったしな〜……。