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no rot zombie~腐らないゾンビの異世界生活~  作者: 八卦
第一章~甦りのお姫様~
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第一話

弓をキリキリと引き、右目でサイトを覗き込む。的の真ん中に照準を合わせて、矢を放った。俺の放った矢は真っ直ぐに、とはいかないものの、すこし右にずれて30m先の的の右端に当たる。腰に引っ掛けてある矢筒から矢を取り、弓につがえる。できるだけ真っ直ぐになるように弦を引く。次はすこしだけ先ほどよりも左に照準を合わせ、矢を放った。今度は先ほどよりも真ん中に近いところに当たったが、すこし左を狙いすぎたようで真ん中よりは左側に刺さっている。


「ふう」


額ににじんできた汗を拭って暑さの原因の太陽を睨んでみる。.....が、雲ひとつ無い晴天の為数秒もたずに目をそらす。こんな事をしたところで目を傷めるだけなのに、馬鹿なことをしてしまった。


弓を置いて刺さった矢を取りに行く。小走りで取りに行くが、途中で汗をかくとべたべたして気持ち悪いし、と思いなおして小走りから徒歩に変更する。

的に刺さった矢を安全に抜くと、手に持ったまま戻ろうとする。と、その時。


「危ない!」


背後から女性の悲鳴のような声が聞こえてきた。あまりに切迫した声だったため、何が起きたんだろうと振り返ろうとした瞬間――。


トス。


というような軽い音とともに、肩のあたりに何かが“突き刺さった‘’。

肩をみてみると、鈍い銀色に輝く細い棒状のもの......アーチェリーで使用する矢が突き刺さっていた。


「え?」


その瞬間、急に弾かれるようにして跳ね上がる視点。ぐるぐると回る視界。


最後に見たのは、ゆっくりと倒れていく自分の体だった。






「あれ~?」


私は今日、休日を利用してアーチェリーをしに来ていた。アーチェリーに関しては私はまったくといっていいほどの素人なので、ちゃんと経験者に教えてもらってやっていた。

しかしそれでも失敗というのは必ずあるもので、私が射た矢は的とはまったく別の場所に飛んでいった。そしてそこに飛び込んできたまったく知らない青年。


明らかに矢は名も知らぬ青年の肩に刺さっていた。

ゆっくりと倒れていった青年を見て私は取り乱し、思わず駆け出しそうになったが、経験者の友人に止められて弓を置き、安全確認をしてから飛び出した。


「なんで~?」

「あんたの見間違いだったんじゃないの?」

「そんなはず無いもん!絶対見たって!」


しかし、これがどれだけ見てもまったく見つからないのだ。私が射た矢、血痕など、それらしきものが一切見つからない。


「まあまあ、当たってなかったんでしょ。よかったじゃない」

「でも――」

「はいはい、早く戻って。危ない危ない」

「うん....」


確かに、状況だけ見れば私の見間違いだったという説が一番有力だろう。でも.....それでもだ。絶対に私は見た。私が射た矢が青年に刺さり、青年がゆっくりと、倒れていったのを。




「ん゛」


あれ?ここ、どこだ?俺は確か....矢が.....。

どうやら俺は今うつぶせに寝転んだ状態のようだ。上体を起こしてあたりを見回してみる。どうやらここは洞窟.....のような場所らしい。天然にできた洞窟にしては壁や地面が整備されているので、恐らく人工的にできた洞窟だろう。どうしてこんなところにいるか、と言ったことは今は考えないことにする。


とりあえず、助けを呼ぼう。近くに人気は無い。とすれば、助けを呼ぶのが妥当だ。ポケットをまさぐってケータイを探す、が、どうやらさっきとは違う服装をしているようだ。着替えさせられたのだろうか。ポケットの位置をきちんと確認できないどころか、ケータイもなくなっている。どこか別の場所で保管されているのだろうか。

それにしても、怪我人をこんな洞窟に放置、というのは明らかにおかしい行為だ。普通ならば救急車を呼んで俺が目覚めるのは病院であるはずだ。


と、そこで俺は気が付く。

あれ?痛くない、と。


あの時、確実に誰かが放った矢が俺の肩に刺さったハズだ。それなのに、なぜか痛みを感じない。いくら治療をしていても、痛みをまったく感じない、というはずは無い。考えられのは怪我が完全に治るまで寝続けていたという可能性だが......。

右手を握ったり開いたりしてみる。感覚はお世辞にもしっかりとしているとは言いがたい。矢が刺さった右肩だけではなく、全身の感覚が鈍い。もしかして肩よりもすこし上の神経辺りにかすってしまったのだろうか。




――あれ?

なんだ?この手。俺の手はこんなのではなかったはずだ。こんな.....腐ったような......。


「え゛――」


その段階になってようやく腐ったような、いや、確実に腐敗臭がした。

ぼとり、と右腕が落ちた。


「ヴァ、ヴァアアアアァァァァァ!?」


声も明らかに俺の声ではない。まともな声が出ないのだ。

その瞬間、強烈な眠気に襲われて、俺は気絶するように眠った。



□――――――――□



「大丈夫ですか、大丈夫ですか」


ゆっさゆっさと揺さぶられて、俺は目を覚ました。今度はちゃんとベッドに寝かせてもらっている。目の前には銀髪の美女がいた。どうやらこの人が俺を揺さぶっているようだ。

俺は上体を起こすと、右手を見てみる。その手はさっき見たものと同じ、腐りきった手で.....。できればあれは夢であってほしかったが、どうやら夢ではないようだ。それかもしかしたら、これもまた夢なのかもしれない。一度寝たからなのか、先ほどよりはすこし落ち着いている。


「ああ、よかった。もしかしたら心が壊れているかもしれないと心配したんですよ」


そう言って俺に話しかける銀髪美女。


「えっと.....」

「あ、自己紹介がまだでしたね。私の名前はアヌビスといいます」

「アヌビス......さん?」


アヌビスといえば冥界の神とかそんなんじゃなかっただろうか。この人は.....中二病なのだろうか。それにアヌビスは犬のような頭をしていたはず。どうしてここでアヌビスなんだか......。


「はい。ところで、貴方は死んだことを自覚されていますか?」


......は?死んだ?

そんなはず無いだろう。実際問題、俺はここで生きているし、しゃべっている。感情もあるし、手をつねると.....痛みは感じないな。見た感じ腐ってるし。


「やはり、自覚されていないのですね」

「いや、自覚も何も、今ここでしゃべってるんですけど.....」

「なんと言ったら言いものか.....。えーと、まあ厳密に言えば死んだわけでは無いのですが、簡単に言えば貴方は1回死んでしまったあと、モンスターが跋扈するような異世界の迷宮にあった死体に取り付き、ゾンビになったのです」

「は?」


初対面の人には?とか言うのは失礼だと思うが、それ以上に初対面の人に貴方はもう死んでいますと言うほうが失礼だと思う。


「実は体の質、といいましょうか。それがその死体は貴方の体と酷似していたのです。しかも死因となった傷の位置がまったく一緒だったのです。それで、貴方の魂が体を勘違いして入り、定着してしまった、というわけです」


なんと言うか....あまりに突拍子の無い話だが、この人が話すとなぜかそんな気がしてきた。謎の説得力がある。それに、美人だし。無碍にするわけにも行かないだろう。男は女に対して紳士であるべきなんだ。きっと。


「それで、今の貴方の体が、その死体です」


ほぼ反射的に、自分の体を見てしまう。その体は腐っていて、ぼろぼろだ。まさか、こんな体で過ごす.....なんてことは無いよな?というか、俺はこのあとどうなるんだ?アヌビスの話だと俺は死んだらしいし......。殺されるのか?


「もちろん、貴方もそんな体で生きていくのは嫌でしょう。ですから、私がその体を全盛期のときまで戻しましょう。レベルアップなど以外の要因で無理やり種族を変えることは難しすぎて私には無理ですが、腐らせないようにすることはできます。私はそういったことが神の中でも一番上手ですから」


心なしか早口気味にまくし立てるアヌビス。時間制限的なものでもあるのだろうか。それはいいのだが、アヌビスの口調だと俺はそのまま異世界で生きることになる。それでいいのだろうか?と思って聞いてみたら、世界に存在している存在を無理やり理に介入して殺したりしようとすれば、それこそ膨大な神力しんりょくが必要だと早口で言われた。


「ここは貴方の夢の中です。貴方を半強制的に眠らせて夢に介入させてもらったので、そろそろ限界.....すので......では....あと....『ステータス』と言えば..........」


急にアヌビスの言葉が途切れ途切れになり、姿がぼやけ始める。


「え、ちょ――」


まだ聞きたいことがいっぱいあったのだが、それを聞く前にアヌビスは消えてしまった。最後にステータスと言えばどうとか言っていたので、夢(とは思えないほどにリアルだが)から覚めたら試してみよう。


そんなことを思っていると、俺の意識もだんだん遠くなっていき、抗いがたい眠気に襲われた。



□――――――――□




目覚めた場所は、さっきと同じ洞窟だった。落ち着いてみてみると、どうやら四角い部屋になっているようだった。俺の頭側と足側にドアが1つづつある。どちらの扉も結構大きめで、人が4人ぐらい横に並んで通れそうなほどの横幅はありそうだ。


手を見てみると、さっきの腐った手とは違い、ぴちぴちでみずみずしい肌になっていた。アヌビスはきちんと腐っていた肉体を元に戻してくれたようだ。腐り落ちた右腕も繋がっている。


「あ~、あ~」


喉を抑えて声を出してみると、銀製の鈴を転がしたような綺麗な声が出た。さっきの「ヴァー」とは天と地ほども差がある。......というか、差、ありすぎじゃね?生前よりも可愛らしい声になってるんだが......。

まさか、と思い胸に手を当てるが、そこにはなにもない。よかった~、と胸をなでおろす。


髪の毛は無駄に長かった。腰ぐらいまであるのではないだろうか?綺麗なプラチナブロンドの髪が肩にかかっている。というか男だったら髪を短く切ればいいのに。邪魔だろう。もしかしたら顔が可愛らしいとか?稀に、親に女装させられる人がいると聞いたことがある。俺に女装癖は無いのだが。


立ち上がってみると、身長は思いのほか小さかった。身長は正確には分からないが、確実に子供だった。こんなのでモンスターが跋扈する異世界を生きていけるのか?と不安になる。


あと、耳が妙に長かった。所謂、エルフと言うやつだろう。異世界と言えばエルフ。だがまさか異世界で初めて会ったエルフが自分とは.....。なんだかんだ言ってオタクだった俺はこの状況を楽しんでいる節がある。いかんいかん。とりあえず安全なところに出るまでは気を引き締めないと。なんか迷宮とか言ってたし。


俺が倒れていたあたりには朽ちてぼろぼろになった剣と、まだすこしはマシで使えそうな盾があった。剣は持ち手が錆びて持つと痛そうだったので、盾を拾って右手につける。盾は鉄製のようで、思っていたよりも重い。だが、この体のスペックがいいのか今の今まで腐っていたというのに、軽々と持ち上げることができる。それでも重いと感じるのは、俺が盾を舐めすぎていた所為だろうか。


「さて、と」


これでもうやることは大体無くなった。後は最後に取っておいたあれを確認してここから出るだけ。前世ではそういったもの(ラノベなど)をある程度たしなんでいた俺は、始めは驚いたが、今ではだいぶ落ち着いて対応できていると思うし、むしろ楽しんでいる。すなわち、テンプレであるこれが楽しみで仕方が無い。

俺は嬉々としてその言葉をつぶやいた。


「ステータス」

アヌビスと言えば、死体を腐らせない神として有名ですよね。

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