pained?
騎士(?)×学生
トリップ物
「兎…?」
目の前、僅か20メートル程の距離にライオンサイズの兎がいた。
標準の兎より大きく、よく見ると目玉が3つあり額に鋭い角が生えている。
兎に角、と言う言葉に出てくる兎とは違う生き物ととっていいだろうか…、見た目の厳つさと違い、白い身体を丸め大人しく草を食べている。
「…」
気づかれないよう静かに離れようとしたがやはりサイズに合った聴力で足音を聞かれたのか三つの赤い目玉と視線がかち合う。
あー、やばいな…、と思いなるべく音をたてないよう息を潜め動きを止めた。
暫くすると鼻先をヒクヒクさせ此方から視線を外し、また草を食べ始めたので今のうちにとゆっくり後ろに下がる。
パキッ
「…っ」
落ちていた枝に気づかず踏んでしまい、突然鳴った高い音に驚いて足元を見る。
「吃驚、した…」
ガサッガサッ
「ん…?」
妙に大きな草を踏む音が聞こえ、正面に視線を戻すと角の生えた兎が凄い早さで此方に向かってきていた。
「っ、ぁ…」
逃げなきゃいけないとわかっているのに体が動かない。
このままじゃ危ないと思いつつ頭のどこかで今回も大丈夫だろうと考えてしまっている自分がいた。
兎が目の前まで迫りその赤い目に自分の姿が映った直後、
その赤は視界から消えた。
――――
騒々しい…。
耳に入る話し声、近くに感じる人の気配。
小さな教室にこの人数の人間。
何で出会って数日でそこまで人を信じられるか分からない。
他人に囲まれて数時間ただ椅子に座って授業を受ける。
それだけのことが、怖くてしかたない。
身体の内側が冷たい、鳥肌が立つ、頭が重い。
あの人は、ここにはいない。
昨夜もいつものように…。
『大丈夫…?』
そう言ってRPGの世界に登場する騎士のような格好をした金髪の青年、あの人が近づいてきた。
兎は左の方に倒れていて、この青年が蹴り飛ばしたのか脇腹の辺りに足跡がついていた。
昨夜で何度目だろう、あの人に助けられたのは。
大学に入学した頃から昨夜のような夢を何故かよく見るようになった。
獣に襲われることもよくあるが、美しい花畑や綺麗な湖で暫く過ごすだけなことも何度かあり、夢だと分かっていればそれなりに楽しい。
場所は同じ世界なのかあの青年はどの夢にも必ず現れ、危険な場面では毎回俺を助けてくれた。
此処数日は毎晩のことなので今晩もまた夢を見るだろう。
早く帰って眠りたい、
あの世界は凄く綺麗だ。
俺の居場所は、此方じゃない。
そんなことを考えていたら授業の終わるチャイムが鳴った。
頭が重い、次の授業はサボろうと他の生徒が教室を移動していくなか一人休憩室に行くため廊下を歩く。
周りの生徒は遠巻きに俺を見て顔を背けたり隣の友人とコソコソ何かを囁きあったりしている。
最初の頃はその行動に腹が立っていたが、もう慣れてしまって何も感じない。
多分俺が髪を金髪に染めたり少し制服を着崩しているからだろうし、特に気にすることもないだろう。
高校では何人かいたが、この大学にはそういう世間で不良と言われる類いの生徒はあまりいないようだ。
「おっ、隆志じゃん」
休憩室の扉を開け、中に入ると敦也がソファに座っていた。
「どうした?」
「いつもの…」
「あぁ、サボりに来たのね」
取っている授業はあまりかぶっていないが、敦也は高校の頃の同級生であり俺がこの学校で唯一普通に話せる相手だ。
「俺は教室戻るかな」
良く見ると彼は膝を怪我したようで絆創膏が貼ってあった。
「大丈夫か?」
「おー、ちょっと擦りむいただけだし大丈夫、ありがとな」
敦也は、綺麗に微笑んでそう言うとソファから立ち上がり、
「またな」
背を向けて休憩室を出ていった。
横開きの扉が閉じるといくつかあるソファの一つに横になり、次の授業の時間に携帯の目覚ましを合わせて眠りについた。
冷たい風が肌に触れる。
水の流れる音や草の匂いを微かに感じ目を開くと、辺りは薄暗く空には真っ白な月が見えた。
「昼寝で来るのは初めてだ…」
毎晩のことで特に驚きもせず今の状況を把握する。
ただ、いつもと違う多少の違和感に疑問を感じつつ辺りを見回し立ち上がる。
水の音から近くに川でもあるのだろうと、音の聞こえる方へ向かってみる。
暫く歩くとすぐ目の前に川が見え、近づこうと一歩踏み出した時後ろから足音が聞こえた。
咄嗟に近くの茂みに隠れ様子をうかがうとそれは子熊だった。
「どうした?一匹で…」
近づいて抱き上げてみると動物特有の体温が暖かく少し薄暗い中での心細さが和らいだような気がした。
「迷子か?」
親が近くにいるかもしれないと思い、周りを見てみる。
やはり薄暗くて、あまり良く見えない。
目を凝らしながら後ろを振り返ると、すぐ後ろに巨大な熊がいた。
普通なら熊を目の前にこんな冷静ではいられないが、これは夢だ。
それに、危なくなったらあの人が来てくれる。
「ほら、行け…」
子熊を地面に下ろすと、やはり親熊だったのか近づいていった。
そのまま背を向けて帰るだろうと思ったが、親熊はこちらを威嚇したままでいる。
ならこちらが離れようと一歩下がろうか考えていたら、突然親熊が襲いかかってきた。
「っあ゛ぁ!」
右腕を太い爪で引っ掻かれ鋭い痛みを感じた。
傷口からは血が流れ熱をもつ。
おかしい、これは夢であって痛みは感じないはずだ。
「っい、う゛ぁぁ!」
先程引っ掻かれたのとは逆の腕に噛みつかれ、骨がミシミシと音をたてる。
普通の熊の倍はあるだろう体に、傷ついた腕で細やかな抵抗すらすることができない。
バキィッ
「あ゛ぁあぁぁあぁっ!」
すぐに腕は食い千切られ、肘から血が吹き出した。
服はだんだんと血に染まり、暗くボヤける視界で黒く染まっていくように見える。
ぼんやりとする頭で、ここへ来たときの違和感を思い出す。
そうか、風が、冷たかったんだ。
今思うと、子熊の暖かさにも疑問を感じるべきだった。
今更気がついても遅いか、なんて思いながら目を瞑る。
意識を失う寸前、あの人の声が聞こえた気がした。
―――
「…っ」
眩しさに目が覚める。
重い頭に暫くボーッとしてから、身体を起こそうとして誰かに止められた。
「まだ動かない方が良いよ」
「ホルス…?」
あの人がいた。
やはり助けに来てくれたのかと感動し、意識を失う前に何があったのかを思い出す。
目が覚めた今も此処にいることから何かがおかしいことには気がついている。
「っい…」
ホルスの方に顔を向けようとしたとき、腕に痛みがはしった。
右腕の傷口には丁寧に包帯が巻かれていて、やはり、左腕の肘から先は無くなっていた。
そちらも、丁寧に処置がされている。
突然のことばかりで、頭は混乱するばかりだ。
「俺、の、腕が…」
「隆志…」
「…っ」
落ち着かせるようにゆっくりと背中を撫でてくれる。
目を瞑って深く深呼吸をすると、だんだんと頭が冴えていく。わからないことが多すぎる今は、冷静でいなければならない。
「これ、は、夢じゃないのか…?」
俯いたまま、なんとか声を出す。
出たのは震えた細い声だったがホルスは聞き取ってくれた。
「夢じゃない…」
やっぱり、という気持ちはありながらも今になって不安ばかりが積もっていく。
ずっとここで暮らしたいと思っていた、ここが俺のいるべき世界だと思っていた。
しかし、実際にそんな状況になってみると。
「俺は、これから、どうすれば…」
あんな獣が沢山いるし、飯も住むところも金もない。
突然今まで暮らしていたのとは違う世界に連れてこられて生きていけるわけがない。
どうしてこうなったのかもわからない。
「大丈夫、此所に住めばいいよ」
そう言ってくれたホルスを、何故か怖いと思った…。