見なかったもの
学生×学生
・幻覚(特に虫多)あり
左手の人差し指の第二関節。
そこに、小さな小さな黒子のような点が三つあった。
昨日までは、こんなもの無かったはずだ。
不思議に思いその小さな点をよくよく見てみる。
すると、その点は小さな穴だったのか、穴の一つから何か細いものがシュルシュルと出てきた。
糸か…?
しかし、糸にしては自分勝手にうねうねと動いている。
顔を近づけると、先端に目のような物が二つあることに気がついた。
気持ち悪い…。
いつもの幻覚だ…。
その証拠に、触れようとしても全く触れた感触がない。
俺は産まれた時から、良くわからない幻覚が見えた…。
小学校に上がる前には全て俺にしか見えないもので、見えないのが普通なんだろうということは分かっていた。
その歳からそんなことが理解できていたのも今思うとおかしいが、俺は昔から妙に大人びた人間だったようだ。
あと五分程で授業が終わる。
俺は指から出る虫のようなものは気にせず、急いで黒板に書かれた文をノートに写していく。
キーンコーンカー…
やっと授業が終わった。
確か次は体育、とっとと移動しよう。
まだ他のクラスメートがざわざわ騒ぐなか、ゆっくりとした足取りで一人体操着を持って更衣室に向かう。
「直くーん、移動はっやいねー」
ロッカーを開け荷物を入れる。
開けた瞬間ぞろぞろと蛇が出てきたが、俺の身体をすり抜けて何処かへ消えてしまった。
「チッ、無視してんなよ」
「構ってほしいのか?」
後ろから声をかけてくる神部をこのまま無視しようと思ったが、舌打ちをもらした後のこいつはいつも以上にしつこく絡んでくる。
だから、今後の俺のために反応を返しておいた。
「は、はぁっ?ふざけんなっ!!」
自分から絡んできたくせに何故か顔を赤く染めて友人達の方に走って行ってしまった。
「ははははっ!!なんだよ宏太顔真っ赤じゃんっ!!」
「うるせーっ!!」
笑われてる…。
だんだんと人が増えてきた、体育館に行こう。
前回の授業で次の授業はバスケだと言っていた。
早めに来ていた他の生徒は倉庫に行き準備をしているが、俺は隅に座って窓の外を眺める。
今日は気温が高いからか、シャカシャカと音をたててグラウンドのスプリンクラーが水をまいている。
正確には、水ではないように見えるが。
まかれた何かがだんだんと山のように積もっていく。
ブゥゥンッ
…ん?
虫の羽音が聞こえ目を向けると、窓に何匹ものてんとう虫がとまっていた。
スプリンクラーから出ているのはてんとう虫か…。
羽音は窓の外を通った蝿のものだった…。
俺は見えるだけで、何か音が聞こえることはない。
ピーッ
「集まれー」
先生が笛を鳴らした。
重い腰をあげゆっくり列に並ぶ。
「今日のバスケ、チームはどうする?」
「先生ー、俺自由がいいっ!」
「そうか。よし、自由に五人チームを作ってみろ」
「よっしゃーっ」
要らないことを言うな神部…。
先生に言われた通り周りは仲の良い人達で集まり始めている。
「直君、俺等と組もうぜー」
神部のチームに誘われた。
なんとか他のチームに入れてもらえないかと周りを見るが、既に皆上手くわかれてしまっている…。
へらへらと肩に腕を回してくるこのツーブロックヤンキーが鬱陶しい。
「分かれたな?じゃぁ、チームで一人前来いっ」
「直君よろしくー」
「よろしくー」
他のチームメートも神部と同じようにへらへら手を振ってくる。
言い返す方が面倒だ、大人しく先生の方に向かう。
「くじで対戦チーム決めるか。ほら、順に引いてけ」
俺の試合は次になった、一試合目は休める。
「…っと」
神部達のいるところに戻る途中、隣のクラスの生徒に足を出された。
神部達の俺への態度を見てか、たまに知らない生徒にこういうことをされる。
気にせず軽く避ける。
「おいっ、大山っ!テメェ何やってんだっ!!」
こいつは大山というのか。
今の瞬間を見ていたのか、神部が少し離れたところから怒鳴る。
いつも思うが、良くわからない。
神部も同じようなことをしているのに、他の生徒が俺に絡むと何故か怒る。
「は、ぇっ?」
ほら、大山も戸惑ってる。
度々理解できない行動に出るから更に扱いが面倒なんだよ…。
庇ってくれんのは嬉しいけどな…。
「神部、いいから」
怒鳴る神部を宥めて床に座る。
試合が始まった。
また、隅に座り窓の外を眺める。
水を出しながら回る、さっきとは別のスプリンクラー。
窓を少し開けると、涼しい風が入ってきた。
その風にあたっていると、うとうととしてしまった。
「次のチームっ」
「おーいっ、直君ー」
もう次の試合か…。
目を擦り頭を覚ますと立ち上がった。
「俺跳ぶー」
「ははっ、宏太で大丈夫かー?」
「直樹に任せた方がいいんじゃねぇのー?」
「うっせぇ、余裕だしっ!」
神部達に相手のチームの奴等が畏縮してしまっている。
こんな不良達が相手じゃ仕方がないか。
俺が跳んでもいいから早く始めろ。
ピーッ
なんて思っている間に笛がなった。
やはり、ボールはこっちのチームが持ってる。
なるべく動きたくないが、どの競技でもチームを組む度こいつらと同じになるからこの後のことはだいたいわかっている。
「直君パースっ」
神部からパスが来た。
相手のチームの奴等は今まで全然ボールを取ろうとしていなかったのに、俺に回った途端積極的に腕を伸ばしてくる。
ここで渡すと試合後に煩く言われるから、とりあえずその腕を避けてリングに向かう。
「神部」
「よっしゃーっ」
ゴール近くに立っていた神部にボールを回して俺の仕事は終わり。
少し離れた位置に立つ。
「二点ーっ」
上手く入れてくれたようだ。
なんやかんや運動神経がいい。
「さっすが直樹ーっ」
「ゴール入れたの俺じゃんっ」
「直樹のおかげで守りぜろだったじゃーん」
「そーそーっ」
「ははははっ!宏太寂しーっ」
「俺、頑張ったのに…ぐすん」
「嘘泣きおつーっ」
「このやろーっ!」
ゴール入れる度にはしゃぎすぎ…。
結局試合は勝った。
教室に帰って来てすぐ、鞄を持って飯を食いに屋上に向かう。
この学校の屋上には人が来ない。
神部が昔ここで自殺した生徒がいるからだと言っていた。
鞄から飲むゼリーを出す。
蓋を開けると目を瞑ってゆっくり飲みほす。
目を開けると、目の前に血塗れの女の子。
どうせこれも幻覚だ…。
わかってはいてもこれを見ながら飯を食うのは気分が悪い。
だから、昼飯は基本的に目を瞑って食えるものにしている。
ゴミを袋に入れて床に寝そべる。
キーンコーンカ…
「っんー」
伸びをして携帯の時計を見た。
そろそろ授業が始まるな。
次は選択の授業で教室移動だし、急いで戻ろう。
俺の選択した古典は取っている生徒が少なく、静かにゆっくり授業を受けることができる。
快適な古典の授業を終え、教室に戻る。
席につくと、何処からか視線を感じた。
いや、目の前の席の奴にじーっと見られている。
「なんだよ」
「んゃ、なんでもない」
神部は俺から視線を反らして前を向いた。
何なんだ…。
次の国語の授業、ちらちらと前の席から視線を受けて苛々した。
声をかけても何でもないとしか言わない。
時計を確認しようにも針がミミズのようにウネウネと動いて全く時間がわからない。
苛々が増すほどに幻覚も酷くなって、授業時間の半分程で黒板は濃いピンク色のスライムに隠されて見えなくなった。
なんだ、嫌がらせか?
授業が終わった今、他の生徒が帰宅する中俺は頑張って黒板にある字をノートに写している。
「直君」
何故か席を離れないなと思ったら、他の生徒がいなくなった頃になって神部に話しかけられる。
「ちょい話あんだけど…」
真剣な声に顔を上げると、神部はじっと俺を見ていた。
真面目な表情に、いつの間にか先程の苛々は消えている。
俺も見返していると、向こうから反らされた。
「話って?」
なかなか話し出さない神部にしびれを切らし、こっちから聞く。
「ぁー…」
「ん?」
言いにくい話なのか、視線をさ迷わせて口ごもっている。
時間がかかりそうだ、急いでノートに写し終え荷物を鞄にしまう。
「好きだっ!!」
「は…?」
片づけてから聞く姿勢をただし直すと、突然神部が叫んだ。
「直樹が好きだっ、愛してるっ!マジで大好きだっ!!」
ふっ切れたのか好きだ好きだと叫び続けている。
これも幻覚だと思いたいが声が聞こえるんだから違うだろう…。
幻覚に続いて幻聴か?
「…」
あれ?
ついさっきまで騒いでいた神部が、唐突に静かになった。
「直樹が俺を良く思ってないのは分かってる…」
「神部…」
「俺頑張るからっ、見てろよっ!!」
俺の返事を聞きたくないと言うように、最後にそれだけ言い神部はさっさと帰っていった。
爆撃のような出来事に、とりあえず頭を落ち着かせようと窓の外を見る…。
これは何かの冗談か…?