つかまった我Ⅱ
社会人×虫人(蛾)
風呂に入れてやろう。
腹一杯でぼーっと蛾を見ていると、唐突に思い立った。
「よし、行くぞ」
「?」
歩けない蛾を抱き上げて風呂へ向かう。
風呂場に着いたところで、今までおとなしかった蛾が突然暴れだした。
「い、や…っ」
「どうした、風呂嫌いか?」
抱きしめて背を撫でていれば、暫くすると落ち着いて静かになった。
「いた、い…」
「痛い?」
「いや…」
身体の傷やボロ布のような服からなんとなく気づいてはいたが、やっぱり色々と酷い思いをさせられていたみたいだ。
嫌なことを思い出したのか、震えてしまっている。
なんとか宥め風呂へ入れるがまだ少し震えが残っていた。
「大丈夫、気持ち良いからな」
「…」
蛾を風呂場の小さな椅子に座らせると、シャワーからお湯を出し熱すぎないか確認する。
ちょうど良さそうな温度になった頃、怯えさせないよう足元からゆっくりとお湯をかけていく。
「…頭洗うから目瞑ってろ」
目を瞑っているのを確認し、シャンプーで頭を洗う。
泡立たせ優しく洗い、お湯で流していく。
「大丈夫だったか?」
「…ん」
慣れてきたのか気づけば震えはおさまっていた。
優しく背中を洗っていると、小さな羽が見えた。
服を脱がすときに気がついた十センチ程しかない蛾の羽。
洗ってしまっても良いのか?
そっと羽の根本の部分に触れてみる。
「っぁ…」
ん…?
「ん、ゃ…」
ぇ…?
「ゃ、っ、です…」
羽を撫でるたび聞こえる声についハシャイでしまった。
顔を赤くして逃げるように背をくねらせる蛾、可愛い。
もっとやってやろうと思ったが、涙目になっているのを見て何とか堪える。
「ぁー、お前」
「な…です、か?」
「羽って洗っても大丈夫なのか?」
息を吐いてさっきの疑問を持ち出す。
「だい…ぶ、です」
「そっか、ならよかった」
先程の一時で蛾にとって羽がなかなか敏感な場所だとわかった。
傷つけないよう石鹸を泡立て手で優しく洗っていく。
手を滑らす度にあがる蛾の声についテンションが上がってしまったが、なんとか頑張って抑えた。
「は、ふ…」
疲れたように息をととのえる蛾。
とりあえず一人風呂から出て身体を拭くと、中へタオルを持って入り蛾の身体も拭く。
抱き上げて寝室へ向かい自分のTシャツと新しい下着を着せた。
ズボンはサイズ的に着せられるものがなかったので、明日にでも買いに行く予定だ。
「…よく我慢できたな」
頭を撫で誉めると蛾はまた頬を赤くして喜んだ。
ドライヤーを用意して髪をかわかしていく。
安心したのか疲れていたのか、眠たそうな顔をし始めた蛾をそのままベッドに寝かせる。
幸せそうに眠る顔を眺めて思った。
あぁ、俺はなんて優しいんだ…。
「んー…、あれ?」
書類整理をしようとリビングに戻って、何枚かの書類に目をとおして、それで…。
いつの間にか、眠っていた。
机にふせて寝ていたせいか背骨が痛い…。
「すー、すー」
ん?
寝息が聞こえ下を見ると、自慢のふかふか絨毯の上で蛾が気持ち良さそうに寝ていた。
Tシャツが汚れている、目が覚めて此処まで這ってきたんだろう。
俺のTシャツを汚されたことに少しイラッとしたが、可愛い寝顔にすぐそんな気持ちは消えた。
「ん、んぅ…?」
目を覚ました。
隈のできた目を瞬かせてきょろきょろと周りを見回している。
「おはよう」
「っ、ぁ。はよ、ご…ます」
寝ぼける蛾に優しく声をかけると、びくりと反応した。
頭を撫でてから携帯の時計を見る。
どれくらい寝てたんだ。
「もう昼か」
ちらりと蛾を見ると、ずっと見られていたのか目があった。
しかし、すぐにそらされて少し凹む…。
昼飯作ろ…。
「っ…」
台所に行くために立ち上がると、蛾も急いで身体を起こした。
めちゃ可愛い…。
「飯作るから待ってろ」
テレビのリモコンの使い方を教えて台所に向かった。
「栄養のあるものって何だ?」
栄養なんて普段気にしていない。
そのせいで困る日がくるとは思わなかった。
携帯で調べながら色々作ってみる。
「できたぞ」
机に移してからテレビに夢中になっている蛾に声をかけると、ぱっとこちらをむいた。
犬のようだ…。
テレビを消してダイニングの椅子に座らせてやる。
「ごちそうさま」
「ちそ、さま」
満足そうな顔をする蛾にお茶を出してやる。
「あり、と…ござ、ます」
何が嬉しいのか柔らかく甘くへへっと笑う蛾がめちゃ可愛い。