見なかったものⅡ
学生×学生
・幻覚(特に虫多)あり
家に帰って考えに考えたが、何をしてほしいと言われたわけではない。
結局は相手の行動を見るしかないだろう。
「直君、体育館一緒に行こうぜー」
どうせ、悩んでいる間もない。
一時間目から体育か、たしか今日はドッジボールだとか言ってた。
機嫌が悪くなるほど、気分が悪くなるほど幻覚が酷くなる。
だから、悩みは増えたがなるべく機嫌が悪くならないよう気をつけよう。
「全員集まれ、試合始めるぞっ」
「宏太っ、ぶっつぶしてやんよっ!」
「はっ、隆次。お前等なんか瞬殺してやるっ!」
今日は先生の方でチームが決められた。
神部と俺が同じチームで、他の奴等はもう一つのチーム。
敵同士になって、何故かいつも以上にやる気を出している。
背景に炎が見えるようで暑苦しい。
「直君っ、絶対勝つぞっ!!」
やる気満々だと言うような神部に着いて行けず、温度差を感じた。
俺の気分は落ちていく一方だ。
蛹の背を開くようにして紫色の大きな蝶が手の甲から現れた。
蝶は獣の目玉のような模様の羽を優雅に羽ばたかせて何処かへ飛んでいく。
「直樹っ、避けろっ!!」
「…っ」
後ろから投げられたボールを、身体を捻ってなんとか取った。
ぼーっとしていると危ない…。
取ったボールは全て神部に回していく。
「いくぜーっ!!」
「ぎゃーっ!!」
人が減ってきて動き安くなり、相手のチームが残り十人もいなくなった頃には気分も良くなった。
その分外野の人数が増えボールを取るのが大変になったが、まぁまだ大丈夫だ。
「隆次、あとはお前だけだ。言い残す事はあるか?」
「直樹さえ、此方のチームにいればっ」
「ふん、直樹は渡さねぇっ!!」
そんな茶番劇を繰り広げて試合は終わった。
煩く絡まれたり足をかけられたりはしなかったが、いつも通りに見える神部の態度から昨日のことが夢だったかのように感じる。
と言うか、本当に夢だったのか?
あぁ、眠い…。
昨夜あまり寝れなかったせいかドッジボールで疲れたせいか、瞼が重い。
眠い…。
英語の先生の声が子守歌のように聞こえる…。
もう無理だ、諦めよう。
机に附せると、睡魔に負け意識を飛ばしてしまった。
キーンコーン…
ん?
終わったのか?
「直くーん、数学始まんよ?」
もう次の授業か…。
少し寝過ごした。
「…」
前から視線を感じる。
昨日も同じような事があったような…。
答えは分かっているが視線が気になる、声をかけてみるか…。
「…なんだよ」
「寝起きの直君めちゃエロいっ」
「…は?」
予想の斜め上どころじゃない。
こいつは、何言ってんだ…。
頭でもおかしくなったのか?
「ヤバいかっけー…」
なんだその目は…。
何故頬を赤くする。
何故そんなに俺の顔を見る。
「神部、静かにしろっ」
「はーいっ」
神部は先生に注意されてやっと前を向いた。
俺も数学の教科書とノートを机から出して、黒板の文字を写し始める。
さっきの神部は何だったんだろう…。
カサッ
前の席から手紙が回ってきた。
よく女子が手紙交換をしているときに見るような畳み方のルーズリーフが一枚。
裏返すと、俺の名前が書いてあった。
開いて中を見る。
『直樹へ
今日から俺、オープンに直君への愛を伝えていこうと思ってるから。よろしく』
だからあんな反応を。
本当にこいつは俺を好きなのか…?
下にまだ何か書いてある。
『そういえば、直君のアドレス教えてー』
そういえばの使い方が無理矢理過ぎるだろ…。
一番下の空いているスペースに『嫌だ』と書いて手紙を前に戻した。
神部の背中から感情が見える。
俺の書いた一言を読んだようで俯いて悲しげなオーラを放っている。
カサッ
また手紙が回ってきた。
ルーズリーフの一番上に『何で?』とだけ書いてある。
俺はそれに『秘密』と書いて返す。
それから何度もやり取りが続いた。
『教えて』
『嫌だ』
『どうしても?』
『どうしても』
『嫌だ』
しつこいな…。
諦めそうにない神部に面倒になってきた。
このまま喧嘩にでもなれば更に面倒になるし、親しくならなければいいか…。
『わかった。俺のアドレスは…』
諦めて書いた俺のアドレス。
教えたからと言って、一日二日メールするだけで終わる可能性もある。
それくらいなら、たいした事じゃない。
そんな軽い気持ちで教えたのは、間違いだったかもしれない。
そう思ったのは、返事を読んだ神部の反応を見てしまったから。
表情が見えなくても、背中から本当に喜んでいるのが伝わってきてしまったから。
ルーズリーフでのやり取りは次の授業まで続いた。
神部の話に適当に返事を返したり、たまにされる質問に答えたり。
たわいもない会話。
ただ、その会話のせいか今日の昼食時はいつも以上に気分が良くなかった。
「直君っ、遅かったな。早く音楽室行こーぜ!!」
期限良さそうににっこりと笑っている神部。
まとめてあった俺の音楽の道具もいっしょに持っている。
肩に腕を回して俺を音楽室に連れていく。
教室に着くと、神部がいつも一緒にいる奴等は既にその辺の席に座っていた。
「宏太ーっ、こっちこっちー!!」
それほど遠いわけでもないのに、何故か大きく手を振っている。
「ぉー、席取りさんきゅー」
「今日の授業なんだっけー?」
「あの歌の続きだろ?」
有名な合唱曲。
最近始めたばかりの曲で、まだ声はバラバラだ。
意外と真面目なこいつ等もちゃんと練習に参加している。
昨日からは別として、体育の授業以外ではそれほどしつこく絡んでくることのなかった神部が何故か音楽の授業は毎回俺の隣に来た。
理由は未だにわからない…。
「直君、どうしたん?」
「…何が?」
俺の顔を覗きこんでくる神部に純粋な疑問を返した。
無意識に変な表情をしていたか?
「んー、どうもしてないならいーや」
一度にへっと笑うと、また隣にいる奴等と話始めた。
神部に直接理由を聞いてしまおうか悩んでいたのがバレたか?
モヤモヤとしたまま先生に促されるように歌い始める。
通して一曲歌い終わったとき、隣の神部がもじもじと落ち着かない様子なのに気がついた。
「大丈夫か…?」
俺の声に反応を返さない…。
先生の指示でまた初めから歌い始める。
歌い終わってまた神部の様子を見ると、頬を赤くして俯いていた。
「…直君」
「…ん?」
小さな声で俺を呼ぶ神部に心配になってくる。
体調が悪いのか?
「…直君の歌、ヤバい」
「は…?」
「…ヤバい、ゾクゾクする」
顔を上げた神部を見て、心配したことを後悔した。
何故かはわからないが、恍惚とした表情でヤバいヤバい言いながら楽しそうにしている。
それからはもう、放っといた。
「直君、機嫌直せってー」
へらへらと此方を向いて席に着く神部。
色々と考えるのも疲れた…。
「しょうがないだろー、直君が歌う時の声すげぇヤらしいんだから」
意味がわからない。
「今までずっと我慢してたんだぜー?」とか言われても悪いことしたな、なんてまったく思えない。
他のクラスメートの反応は普通だし、そんな風に感じるのはこいつだけだろ…。
それからは話しかけられても全部無視してやった。
放課後になっても諦めずに話しかけてくる神部を無視して、帰る支度をする。
「シカトすんなよー」
「…」
「なーおーくーん」
「…」
「ねー」
だんだんと落ち込む姿が何だか可哀想になってきた。
俺なんかにシカトされたぐらいで落ち込みすぎだとは思うが、仕方がない…。
「神部、また明日な…」
「っ、おぅ。また明日っ」
笑顔になった神部に手を振られ、何故か凄く安心した。
珍しく、良い気分で帰宅する。