第二話――姉の場合(1)――
「さて……っとこれで準備オッケーっと」
自分の部屋に配送されたコクーンを日中の邪魔にならないように端の方に設置する。
初めて通販というものを使ってみたが驚くべき配達スピードだ。
これがもしも速達なら、昨日の夕方に注文すると昨日の夜には届いているという驚きもある。
まあ、効率よく配送する方が売り上げも伸びるのだから当然かと、一人納得して首肯していた。
とりあえず、自分以外にも向こう(ゲーム)側で夕凪と接触できるようにバックアップは取っておいた。
昨日の説得の時にお父さんも若干興味を示していたのを見た時に、その案が思い浮かんだのだ。
そのため、今日の午前の授業中に夕凪のことを好いてくれているゆかりに話しておいた。
ゲームでなら接触しやすいだろうというのも遠まわしに伝えておいたはずなので、私がそれ以上何を言わなくても乗ってくるだろう。
夕凪の担任の梶本にも聞こえるように言ったが、教師だからこの手段を使ってくるのかは疑わしい。
だから一応夕凪が一番親しかった藤村くんにもそれとなく聞こえるようにした。
お父さんは勝手に興味を持ってくれて、そこから派生したこの計画だが、上手くいけば自分の予備が五人出来上がる。
多少は私の不安や負担も軽減されるというものだろう。
正直私一人の身にだけ夕凪が学校に行くのかということを押しつけられては責任感でパンクしそうだ。
そんな事を考えていると、等の本人である夕凪が部屋に入ってきた。
「あ、美波。良い感じに進んでる?」
「うん。まあ元々殺風景な部屋だからね。置き場には困らないよ」
そう、コクーンは確かにベッドぐらいの大きさなのだが、私の部屋にそれを置くのは大して苦ではない。
なぜなら、私の部屋には元々あるベッド、勉強机クローゼットと本棚しか無く、それも配置的にスペースにゆとりがあるようにされているため、余った場所は大層広かった。
本来の面積はゆかりの部屋と同じようなものだが、飾りっ気がないために私の部屋の方が広く見える。
しかも、お母さんが綺麗好きなため、少しでもちらかると怒られるので私はできるだけ床に物が落ちていないようにしている、というのもある。
「それにしても美波は偉いねぇ……。僕のためなんかにゲーム始めるなんて」
「別に私は受験無いからね。それなら双子の弟のためにこんぐらいやってあげるわよ」
「で、条件覚えてる?」
不意に夕凪が私に問いかけてきた。
条件とはおそらく昨日設定した『夕凪が学校に行くために私がゲーム内で達成するノルマ』のことだろう。
おおよそ一か月後、“Quest Online”の世界大会の日本代表の選手を決めるために開かれる、日本人でのトーナメント戦。
それに出場して、それなりの成果を残すことだと、昨日の話し合いで決めた。
「それなりの成果っていうのは、大会直前に美波の実力を見てから設定するよ。終わってからの後付けだと、美波も納得しないでしょ」
夕凪がそう言うのを聞いて、頷いて返答しながら今朝のゆかりとの会話を思い出した。
いくら日本で二位になっても、一位じゃないと駄目だよ、と後から言われても困る、というものだ。
まあ、言われるまでも無くそれに関しては牽制しておくつもりだったし、夕凪は自分からそれはしないと言っている。
「少しでもゲームが楽しくなるように、ゲーム内では僕がサポートするからね」
「ありがとう」
ゲームの中でも、チンピラみたいな奴は実世界と大して変わらない行動を取ると、夕凪は言っていた。
あからさまに窃盗などの事件を起こすと強制的にログアウトさせられるが、一方的に初心者を罵って心を傷つける者はいるそうだ。
そこで起こった初心者を軽くいなして、正当防衛を装って、標的を踏みにじって去っていくらしく、運営側も手が出しにくいらしい。
「さすがに連中もランキング百位以内は狙わないからね」
そう言えばこいつ、相当このゲームやりこんでるんだよなあ。
昨日聞いた話を私は思い出していた。
このゲームについては夕凪やパソコンから少しだけ知識を仕入れてきた。
まずは、メインとなるストーリーモード。
アクションゲームなのだが一応世界観相応の物語が流れているようで、昔でいうドラ○ンクエストみたいになっているらしい。
このモードでは、知り合いを一人だけ助っ人として連れて行くことができる。
そしてストーリーを進めていくのだが、途中で絶対に先に進めなくなるらしい。
そういう時に第二のモードである依頼モードだ。
これは、今ストーリーモードで自分が行くことができるステージの中で発生する、クエストと呼ばれる依頼をこなしていくモードだ。
このモードでこなすことのできる依頼は大きく分けて三通り。
一つ目が、ストーリー進行の解放のためにしないといけない、ゲートクエスト。
次のステージに行くための門であるために、そう呼ばれているらしい。
二つ目が、ハナビが主催する、イベントクエスト。
ここでは、防具や武器の特別な素材を入手できる。
だが、初心者は道具や防具を変更するのはまだまだ先の話だから、と夕凪はこれに関してはあまり教えてくれなかった。
三つ目は、他のプレイヤーが自分より強いプレイヤーに委託するものだ。
特定のモンスターの素材が欲しい時に、他のモンスター、もしくはゲーム内での金貨を報酬にして討伐を頼むらしい。
このモードでは、やはり古いゲームであるモンスターハ○ターから思いっきり設定をもらっているらしい。
三つ目のモードが、自分の腕を試すためのモードである、名前はそのまんまの対戦モードだ。
対戦待ち状態に設定すると、自分と同じような実力の対戦待ち状態の人と闘うことができる。
これでフレンドを増やしたり、腕を磨いたりできると夕凪は言っていた。
そして、このゲームの中にはランキングというものが存在している。
ランキングの基準となるのは、ストーリーモードの進行具合だ。
ストーリーが進んでいる人ほど、世界ランキングでも上位に食い込める。
だが、このゲームはステージに関しては七里 紅理が最初に開発した時から一切アップデートを行われていないのに、全てクリアしたことのある者はいないらしい。
そもそも、ランキング一位ですらまだ先に三つのステージが残っているという話だ。
それで、夕凪はというと実に残すステージ後五つ、日本ランキング七位、世界ランキング五十七位、という話だ。
世界ランキングで一万位以内に入っている者は基本的に皆課金をしているようだが、夕凪はしていない。
というか、一万位以内で課金していないのは夕凪だけなのだとか。
よって夕凪は様々な人から“無課金の帝王”と崇められているのだとか。
我が弟ながらそこまでゲームに真剣になれるとは、頭が痛くてならない。
それをほんの少しでも学校に行くことに回してくれれば……。
だが、今さらそんなことを愚痴ったって何も変わらない。
そんな事はもう私だって理解の上だ、だからこそ私はこのゲームを始めるという決断に踏み切れたのだ。
隣にいる、夕凪を見る。
綺麗な顔立ち、頭も良い、運動神経だってそんじゃそこらの奴よりも遥かに高いし、性格も良い方だろう。
家の中で腐らせる訳にはいかない、夕凪のためにも。
バックアップだとか、予備だとか、そんな失礼な言い方はお父さんや梶本先生、ゆかりや藤村にはしたくない。
あたしがやるんだ。
意識的に目つきを鋭くさせながら、コクーンの中に入り込む。
もう今日の分の勉強も、晩御飯も、風呂も全部済ませた。
時計の針は九時を指している。
夕凪に追いつこうとするには、時間はいくらあっても足りないぐらいだ。
「あ、ちょっと美波待って待って、僕も準備するから」
慌てた様子で夕凪が自分の部屋へと走って戻って行く。
そのうち、壁越しに「良いよ」という呑気な声が聞こえてきた。
私は寝がえりを打たないように体を固定し、コクーンの蓋を閉じる。
白い霧のようなものがコクーンの中に充満する。
軽い睡眠剤だと夕凪は言っていたが、私はそれの力ですぐさま夢の中へと入りこんでいった。
次回も美波視点で物語が進みます。
では……。