任せなさい
「先生やるね、意外と」
「うるせえよ」
もう、勝負はほとんどついていた。“居合い撃ち”さえ使っていないのに、夕凪は先生を翻弄している。先生は、自分の持つ最強の技を使うも、夕凪の下級の攻撃にかき消される。
どう足掻いても、先生に勝ち目は無い。夕凪が油断していたら話は別だが、一応は気を抜いていない。真剣に、楽しんでいるだけだ。
徐々に、身体的なスタミナが尽きてきたのか、先生の動きが鈍くなっていく。それに引き換え、引き金をひくだけの夕凪は、まだまだ余裕だ。
「“龍閃”」
龍のオーラが銃口から飛びだした。サイズは、最初に使ったものよりも大きい。これで勝負を決するつもりだろうか。
とっさに左に回避しようとしたのだが、先生はすぐにそれができないことに気付いた。私が、フィールドを二分するために放った地雷のラインがすぐ隣まで迫っていたからだ。
動きかけていた重心を強引に切り返し、右側に跳んだ。だが、そのためにバランスを崩し、膝をついてしまった。その隙を、夕凪は決して見逃さない。
「“蒼玉龍閃”!」
またしても、ドラゴン型の光線が先生に襲いかかる。ただし今度のものは、青い稲妻のごとく、神速で空を翔ける。先生が身体を起こす前に仕留められるはずだ。
だが、タイミングを合わせて剣で斬るのは可能である。それでも先生の装備はかなり弱いため、きっとそれは不可能だ。武器に関わらず強制的に剣の攻撃力を強化する“英雄之剣”でもあれば話は別だが。
きっと、奥義の封印をしかけてきたのだから使えない。つまりは、万策尽きたと言っても良い。
これで決まりだ、そう思った次の瞬間に動いたのは、さっきまで目の前にいたお父さんだった。
気づくと、お父さんは反対側に立っていた。
「え、何で?」
「“歩法”を使って爆発の瞬間に回避を行った。それだけだ」
パートナーが攻撃をくらいそうな時に、自らの技を使って飛ばすことはできない。なぜなら、味方への攻撃は不可能なものとして消失、もしくは不干渉して貫通するからだ。
だからお父さんは、自らの手で先生を突き飛ばすことで逃してやろうと、向こう側に行ったのだ。そして、自分が身代わりとなって、先生を龍の攻撃範囲から飛びださせた。
そして、お父さんが夕凪の攻撃を喰らい、一気に体力が底をついた。
「っていうか、どうして……」
「元々俺は夕凪を許してる。だけど、先生はまだ納得いってない。だから、先生を納得させる時間が必要だ。そうだろう?」
「先生のためじゃなくて、夕凪のため、って事?」
「いや……」
お前のためだよ。そう口にしたお父さんは、ゲームオーバーなので闘技場からはじき出されようとしている。徐々に、転送準備に入っていて、体は半透明だ。
「姉として、代わりに助けてやれよ」
そう言い残してお父さんは、もう舞台から消えていた。
「ありゃ、どうなってんの?」
勝ちを確信したために、夕凪は節約のために“神託”を停止させていたようだ。そのため、目の前の出来ごとを上手く把握できていない。なぜか先生が回避できているのが予想外なようだ。
そして、いつの間にかお父さんがフィールドから消えていないのに、夕凪は気付いた。
「なるほどね、お父さんが身を挺して庇ったって訳ね」
「そういう事よ。じゃあ夕凪、選手交代よ」
「じゃあって言うけど……何で?」
「口うるさい先生は任せなさい」
そして私は、地中に埋め込んでいた地雷を、一斉に爆破させた。これで一旦はオールコートに戻したのだと先生に伝える。
だが、そんな事よりも先生にとってはもっと聞き捨てならないことがあったらしい。
「おい美波の方の神崎……口うるさいって誰のことだ?」
「教え子学校に来なくていらつくの分かるんだけど、いつも私に文句言うじゃないですか。それにイラつかない私だと思ってたんですか?」
「いや、お前姉だろ」
「問答無用……」
私はそう言って矢筒に手を入れ、矢を錬成した。さっき“居合い撃ち”を使ったので、しばらく使えない。そのため、少し戦いが長引く可能性がある。
だからこそ説得をする時間が豊富にあると思っておこう。
「まあ良い。俺が悪かった」
「ていうか先生、夕凪を学校に出したいんでしょう? だったらさっさと倒れて下さいよ」
「えっ、それ関係無くね? てか俺は夕凪と話すために来てんだよ、どけ」
「何て言うつもりなんですか?」
「学校に来い。ゲーム三昧してんじゃねえってな」
予想外の先生のセリフに、私は絶句した。まさかここまで先生が何も考えずに発言しているとは思わなかったからだ。
このゲームでの、肉体的な体力は、現実世界の自らの体力と合致している。つまるところ、現実で強い人が、かなり強いということになる。そして、夕凪はこれほど強いのだから勿論の如く運動神経は良いし、それに見合うだけ普段体を動かしている。
しかも、勉強もおろそかにしていないのもテストの結果から明らかだ。学年二位を、引きこもりで死守しているのだから。
ただし、一つ目の身体をうが貸す理由はただ単に公園でのサッカーを楽しんでいるだけなのだけれど。
バスケもテニスも野球も一通りできる夕凪だが、外で遊ぶ時は決まってサッカーだ。野球はテニスは一人じゃできないというのもあるが、きっとサッカーなのは、“彼”が原因だと思う。
「あのなあ、一応中学ぐらい真面目に出ろよ。虐めも何も受けてないし、これで不登校だったらただの問題児だぜ。遊び呆けてばかりいるならさっさと……」
そこまで言って一旦先生は言葉を切った。なぜか、私の方を向いて慄いているようにも見える。隣で夕凪が、そっと私の肩を叩いた。
「美波、顔怖すぎ」
「え、本当?」
夕凪に言われて初めて、私は自分がものすごい形相をしていたのだと分かった。どうやら、その表情を見てビビった先生が思わず喋るのを止めてしまったのだとか。
「でもさあ美波、先生の言ってることってあってるよ」
「そうかもね。でも何でだろう。嫌なんだ」
「どうして?」
「藤村くんが言うなら構わない。あんたの理解者みたいなもんだから。でも、あの人は違う。あんたがやってることが、あんたのためにならないって思ってやってるんじゃないってはっきりした。きっと、あんたのやってる事は社会的にダメだって決めつけてる」
「いやいや、僕が言うのも何なんだけど、普通にダメだと思うよ」
「でも、あんたは普通の日常に飽きて、嫌気がさして、学校にいかなくなったんでしょう?」
少し考え込んだが、すぐに夕凪は頷いた。頑張ったら何でもできちゃう。だから、何だか日常に飽きて、そんな自分が嫌になったって。
そして、この世界を知って、初めて心から刺激を受けて、楽しんでいる。
「自分の考え方をおしつけて、夕凪のことを考えてない。ああいう人が、何だか凄い嫌なんだ」
「まあ、美波も同じようにしょっちゅう怒るけどね」
「私が折れずにあんたを無理やり連れて行ったことがある?」
「……無いね」
だから、何としてでも先生を納得させてみせる。そのためにも、私は戦おう。
「じゃあ先生、一つ賭けをしませんか?」
「どういう?」
「先生が私に負けるまでに、一撃攻撃を当てたら、無理やりにでも夕凪を学校に行かせます」
「で、無理だったら?」
「無理だった時には、私が夕凪を学校に連れていくまで待っててください。秋には必ず出させます」
「……つまりどっちに転んでもそいつは来るんだな」
「はい。その代り、無理だった時はこれ以上つべこべ言わないでくださいね」
「よし、その勝負乗った」
そして、今から始まる戦いが、私の戦い方を大きく変えることになる。




