嘗めないでね
私達が会場に入場すると、もう既に二人は先にいた。装備は頼りないが、どうにも頼もしい目つきをしている。きっと、ここがゴール地点だからだと割り切っているからだろう。
お父さんの方はここまでたどり着いたという安堵も漂っている。でも、先生はこれからが本番だと張りつめた空気でいるようだ。
二人の性格から考えると、この態度は何だかミスマッチだった。普通なら、しっかり者のお父さんは、この舞台では真剣な表情でいるだろう。少し頼りない梶本先生は、意気が少し抜けてしまっているだろう。
だけど予想外に、それはまったくの正反対だった。でも、その理由も分からないでもない。
「始まるね、美波」
「うん、でも……」
「分かってる。驚くほどに……」
静かだね。それが夕凪の感想だった。あの二人からは愚痴や説教の一つや二つ飛び出てもおかしくない。だけど、二人は何も語らない。
もしかして、拳で語るとか思っているのだろうか。でもそれはきっと無理だろう。そんな伝え方しかできないほど、あの人達は不器用じゃない。まだその時じゃない、って事かな。
今までの試合は、初対面の連中だったのに適当に話していたのに対して、日頃から親しんでいる人の前では沈黙が心地よかった。
そしてついに、開始の合図が鳴り響いた。ボクシングのゴングのような喧しい音が鳴り響く。
その瞬間、短距離走のような反射神経で飛び出したのは、夕凪だった。
韋駄天の草鞋、その力を使って二人のすぐ隣へと高速で走り抜ける。その動きに対応できるのは、韋駄天の草鞋を装備しているものぐらいだ。そのため、お父さんたちにとっては、不意に夕凪が瞬間移動して現れたように移っただろう。
大の大人二人の隙間に割って入った夕凪は、そのまま跳び上がった。羽衣の効果で、宙を舞うことができる。その動きも驚くほど俊敏で、宙返りしながら天へと飛び立った夕凪を、またしても二人は見失っている。
「“紅蓮の熱線”!」
炎属性の上位の光線銃の能力だ。下位のものと攻撃範囲は大差ないが、威力は段違いだ。狙われたのは、お父さんの方だ。
深紅の光の柱が、大地に突き刺さった。立ち上る業炎は、まるで地獄の炎だ。
だけど私は見逃してない。辛うじてそれを捉えたお父さんが、瞬時に“歩法”を用いて回避したのを。
遅ればせながら、梶本先生が自らの剣を抜いた。抜くと同時に、闘気がその剣を包み込んだ。緑色のエネルギー、“魔法憑依”の風属性といったところだろうか。
性質としては、刃を飛ばす際の威力の上昇。魔法剣のように複数のカマイタチを操るほどではないが、強力な攻撃手段だろう。
「“飛翔拳”」
すぐ隣では、お父さんも攻撃態勢に入っていた。上空高く跳び上がり、下からアッパーを叩きこもうとしている。そして梶本先生が、回避直後を狩るためにまだ待機をしている。
きっと二人とも、こういうコンビネーションは何度も練習してきたのだろう。この一連の流れが板についている。
確実に決まる、そう思っているんだと思う。だけど、“無課金の帝王”は甘くない。
夕凪は、回避するようなそぶりも無く、“飛翔拳”を真正面から受けた。予想外の行動に、観客はおろか、攻撃したお父さんも、控えていた先生も驚いている。
だけど、驚いている人達皆分かっていない。あの程度の攻撃は、夕凪にとって避ける必要がないってことに。
この大会が始まったばかり、しかも先生たちは前の試合で格上の相手に下剋上を巻き起こした。だからか知らないが、簡単なことを忘れている。
そう、単純に夕凪は――――――強い。
「残念だったね、お父さん」
夕凪に対してお父さんの拳は直撃していなかった。それどころか、触れてもいない。なぜなら、光のバリアが球体状に夕凪を包み込んでガードしていたのだから。
「“神父”スキルLv1、“神の加護”」
全方位に防御結界を張り巡らせる能力。耐久力は本来大したものではないが、夕凪が使うとかなりの耐久力になる。そう、あれぐらいは簡単に防げるぐらいに。
重力に負けて、お父さんは一旦地面に降りる。それと同時に、夕凪もバリアを解いた。バリアを張ると、自分自身の攻撃も阻害されてしまうからだ。
「嘗めないでね、相手は僕だよ」
「生意気言いやがって」
「神崎さん、一旦退いてください」
分断されてしまい、連携が取りづらくなってしまったので二人は合流しようとしている。そう、二対一に持ち込まない限り、あの二人に勝機は無い。
だから次にあの二人が仕掛けてくるのは一つ、説教スキルによる私達の分断。
だが、どのみちそれは無駄だ。遠距離武器なのだから分断されても問題は無く攻撃できる。その上、韋駄天の草鞋があるのだから、ある程度吹き飛ばされても復帰は容易い。
そして何よりも、“神託”さえあれば喰らうことすらありえない。
「今回は自分メインで行かせてください。神崎さんはサポートで」
「了解です。ただその前に“校則”を……」
「そうですね、教師スキルLv3……“校則”!」
条件を設定してくるだろうが、予想は容易い。だからここではあえて神託は使わない。神託は消費するコストが大きいから乱発は出来ない。
おそらくは私達だけが持つアドバンテージの封印だろう。
“居合い撃ち”、もしくは……。
「奥義の使用を、禁止する!」
やはりだ。奥義を禁止してきた。奥義を出されるとあの二人には対処しようがない。だから、最優先で禁止するのはそれであると分かっていた。
きっと、奥義さえ使わなければ対等に渡り合えると推測している。“居合い撃ち”は十分に一回。それさえしのげば後は警戒の度合いも緩められる。
その考えが、甘いということを教えてあげないといけない。
私をほっぽり出して争っている三人に対してあてつけるように、わざと音を立てて地を駆け、ひと息に跳び上がった。そして矢筒に、手をかける。
「“ステルス・アロー・ダイナマイト”」
ついでに“居合い撃ち”を発動させ、それに加えて“連射弓”を技合成する。規則正しく、矢が地面に突き刺さった跡が綺麗な直線を描いた。
その直線により、夕凪と梶本先生、そしてお父さんという組み合わせに分断される。私は、お父さんの方に降り立った。
「あのライン……越えない方が良いよ。地面に突き刺さったまんまの矢が、地雷として獲物を待ちかまえてるから」
「美波……ゲームとはいえ父親に上から目線か?」
「……そんなのお父さん気にしないでしょ?」
「まあ確かにな。……ところで、地雷の威力は?」
「お父さんなら、一撃かな?」
暗に、もう二人は連携を取れないのだという現実を示唆する。参ったなと、お父さんは表情を曇らせた。
「ったく……俺からも説教しようと思ったのに」
「ふふ……お姉ちゃんとして、味方してあげないとね。お父さんの説得はまかせなさい、ってな訳で」
「……まあ、俺は元々夕凪に好きにやらせてるしな」
「それもそうね。とりあえず、先生に長期休暇の連絡はさせるべきでしょ」
「ははっ、それもそうだな」
完全にここ二人は我が家の雰囲気になってしまっている。いっそのこと、まずは夕凪と先生の闘いを見守っておくことにしないかとお父さんが提案した。
「それもそうね。まあ、観客に見せるために一応戦ってるように見せかけて」
「じゃあ、始めるか」
第二ラウンドが、開戦する。




