もう終わっちゃった?
「ゴミ、『分けろ』。さっさとな」
「もー、いつも通り命令するんだから……」
冷静を通り越して、冷徹な雰囲気の彼女は、しかめっ面のまま男の方に向かって命令した。それに対して彼も嫌な顔をしているが、それでもきっちりとやるべき事はこなしておくつもりらしい。
呉箕は、しょうがないと呟いて一人遅れて自分の武器を取り出して、銃口を下に向けた。魔法銃だというのは一目見てすぐに分かった。草食が、夕凪のものと全く同じだったのだから。
「“光線銃の饗宴”!」
地面に向かって、強力なレーザーが放たれたかと思うと、その光線は大地を抉り、フィールド全体に浸透していく。次第に、競技空間が揺れ始めた。
“光線銃の饗宴”は、夕凪はほとんど使わない。それどころか、使っているのを見たことがない。そういう技があるのは知識として知っているが、これは不味い。どういった攻撃なのか分からないのだ。
仕方が無いから、“視る”ことにした。
「美波、どうするの?」
「回避しなくて良さそうね。分断が目的よ」
次の瞬間、地面から何本もの火柱が上がった。どうやら、ついでに炎熱系の熱戦も技合成していたようだ。空高く立ち上った炎の柱は羽衣の飛行能力でも届かないぐらいに、高い。
そして、綺麗に二等分されたとは言い難いが、フィールドは真っ二つに分けられた。片方は、私とマナという女がいて、もう一方に呉箕と夕凪だ。
「せっかく二対二なのに、どうしてこう個人戦に持ち込むのかな、みんな」
「まあ、あなた達はコンビネーション取れるでしょうけど、普通そうはいかないものよ。私はあんな奴とコンビってだけで嫌気がさすのに」
「ちょっとマナちゃん! 聞こえてるからね! 流石にそろそろ傷つくよ!」
「少し黙れ、さっさと“分析”するわよ」
完全に言い負かされて、落ち込む呉箕を尻目に、マナは右掌を右目にかざした。そしてかざした右手をはらったかと思うと、目が変化していた。
まるで、何かを計測する機械のカメラのようだった。真っ黒な瞳は青緑色になっていて、細かい数値が並んでいる。それが何を指すのか、そもそもどの数字かは分からないが、とりあえずはそのような目に変わっていた。
おそらくこれは、ジョブスキルだ。
「夕凪、心当たりある?」
「うーん……見たことないね、このスキルは」
アナライズ……分析すると言ったからには攻撃スキルではなさそうだ。だが、戦闘にはうってつけだろう。相手のことが最小限しか与えられていないこのバトフェスで、それ以上の情報が仕入れられるのだから。
だけど、一体どうして彼女達はそのようなスキルを望んで職を決めたのだろうか。このイベントは一大行事だが、やはり通常のプレイでこのスキルが役立つ機会は少なそうだ。
「あれ、先手を譲ってくれるのかな?」
「どうぞお構いなく。僕もあんたの出方が分からないんでね」
「じゃ、行こうかな」
向こう側では、まず呉箕の方が動いたようだ。いや、夕凪が先手を渡したというべきだろうか。迂闊に手を出したら何かあると踏んでのことだろう。実際、この“光線銃の饗宴”を見る限り、あの男かなり強そうだ。
そして、さっきの会話の内容を思い出す。マナと呼ばれた彼女の方が強いんだっけか。とすると私は、先手必勝といこうか。
「先手もらうわよ」
「無理って言っても取るんでしょ」
「当然よ」
ただし、最初からアクセル全開で行くつもりはない。“居合い撃ち”は温存しておいた方が良いだろう。とするとやはりここは、あれが無難だろう。
矢筒に手を突っ込んで矢を錬成する。通常よりも大きく、貫通力も高く、当然威力も高い。“剛弓”だ。
「技合成、“炸裂弓”」
弦を引絞って狙いを定める。それらを淡々とこなした上で、矢から手を離した。大気を斬り裂いて、瞬時にマナの方へと飛んでいく。
マナはというと、普通に迎撃用に矢を錬成して、弓につがえた。
「“弓矢の雨”」
横向きに“弓矢の雨”を放つことで、前方を全体的に攻撃してきた。そのうち一本は、それ自身とは遥かに大きな、私の“剛弓”に突き刺さり、爆発した。
だが、他の矢はまだまだこちらに向かって飛んできている。距離を進むにつれて、あの技は各矢の隙間が開いてすかすかになるので、私の立ち位置ではあれらがヒットすることはないだろう。
だから、次の矢を取り出して反撃に移ろうとしたが、一応夕凪の言葉を思い出した。一応、念には念を入れておいた方がいいかもしれない。
その判断は、結果的に正しかった。マナの狙いに気付いた私は、反撃をやめて上空へと逃げだした。羽衣と草鞋の能力で、一気に高い位置まで移動する。すると、つい先程まで私が立っていた位置では、幾重もの爆発が重なり合った。
「そっちも、バースト使ってたのね」
「……どうして気付いたの?」
「分析して見たら?」
「あいにく、目に見えるものしか分析できないの」
とすると、筋力や速度などの身体能力の面を数値化して分析しているのだろう。もしかしたら、技合成のパターンもデータ化しているのかもしれない。とりあえず言えることは、ジョブスキルの詳細の分析は不可能ということだ。
「で、どうして気付いたの?」
「“視た”のよ」
「見た? ああ、あなたの矢を連鎖爆発させるために小さく爆発させたのが見えたのかしら」
「じゃあ、そう思っておいて」
私が切り返した言葉に、彼女は眉間に皺を寄せた。怪訝そうな顔をしているが、これ以上語ってやる必要性は無い。
「ふぅん……。ま、教えてくれなさそうね」
「当たり前よ」
「じゃあ、今度は私が話す番ね」
不敵に微笑んだ彼女の言葉に、私は一瞬耳を疑った。そんな意味の無さそうなことを、なぜいきなり語ろうとするのか。
時間稼ぎ、という雰囲気でもなかった。その気になれば“居合い撃ち”が使えるのだから、その意味は無い。その上、MPやスタミナを消費しているような素振りも無い。
とすると、こちらを動揺させるのが目的だろう。
だが、彼女が語りだすよりも先に、私はひどく動揺した。急に、観衆の巨大な声援が、ドッと流れ込んできたのだから。満員のコンサートホールのような騒々しさに、私は耳を疑った。
どうして、シャットアウトされているはずの向こうの音が聞こえているのか。
「驚かないでいいわ。これは、私達の雇い主が。音声の聞こえる方向を逆転させただけ。本来はこちらの音が届き、向こうの音は聞こえない仕組みが逆転してるの」
「つまり、今ここで話す中身は皆に聞かれたくないんだ」
「そうなるわね。で、話していいかしら?」
一体誰がこんなことをしたのか、疑問に思うが今は関係無い。とりあえずは、話を聞かされる立場だから、その間は身の心配はいらなさそうだ。
「詳しいことは私も教えられてないけど、今のうちに危険因子の戦闘力を測っておくのが目的なんだって。私達は、依頼されてこのフェスに出ているのよ」
「危険因子って……誰が?」
「イザナギね。あなたは本来それほど危険視されていなかったわ」
話が一気に飛躍する上に、彼女自身確信を伏せているので、結局のところ何が言いたいのか伝わってこない。守秘義務があるのだろう。でもって、彼女が今言いたいのはもっと別のことだと言う訳だ。
「要するに私達は後々あなた達を倒すための捨て駒、分析係って訳。でも、こう思ったんだ」
今ここで倒しちゃったら良いんじゃないか、って。
そう口にした彼女は、初めて笑顔を顔中に広げた。だけど、満面の笑みだけれど、その目は笑っていない。それが、どうにも不自然で背筋を寒気が駆け抜けた。
「できると思ってんの? 弓の初心者のあんたに」
「あれ、ばれてたの?」
「ええ、動きがぎこちなかったし。さっき広範囲に渡る攻撃技の“弓矢の雨”を使ったのも、それが理由でしょ」
「鋭いわね、やっぱりここで潰しておくべきだわ」
急に、さっきまでの溢れんばかりの歓声が消えた。どうやら、システムが元に戻ったらしい。おそらく、彼女の話が終わったから、正体不明のハッカーの方も逃げたのだろう。
そして、彼女が言いたかったこともようやく分かった。私をここで倒す、ただそれだけの事だ。
そして、マナは自分の矢筒の中に手を突っ込んだ。今、矢を取り出そうとしているのだろう。
だが次の瞬間には、もうその矢は弓から放たれていた。
“居合い撃ち”だ。
「“殲滅の大剛弓”」
最大級の一撃が、マナの正面の空間を呑みこんだ。大地を抉り、呉箕の撃った火柱も、ことごとく消し飛ばしていく。
“殲滅の大剛弓”が消えた後の空間に、私の姿は見つからない。
「あれ、もう終わっちゃった? 競技場外に転送されちゃったかー」
弓を背中に背負いなおして、マナは溜め息を吐いた。面白くないという思いが、言葉や行動の端々から滲み出ている。
そして、次なるターゲットを見定めようと、夕凪の方向へと向き直った。
「あーあ、スリルの無い戦いだった」
夕凪の宣言通り、中々強い敵さんです。
美波視点での話なのでラストの辺りが奇妙……?
さて、二人はどのようにこの敵に勝つのか……。
という感じの今回でした。
それでは、次回もよろしくお願いしますね。




