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静かにしろ


「美波」


 何を思ったのか、不意に夕凪は真面目な声で話しかけてきた。もうすぐ、私達の試合が始まるというのに、暗くしてしまって良いのだろうか。


「どうしたの?」

「昨日言ったこと、覚えてる?」


 発言の真意は見えないが、とりあえずは頷いて見せた。きっと、今日の相手は強いということなのだろう。それとも、不気味だと言っていた方だろうか。

 どちらにせよ夕凪は、絶対に気を抜くなと告げたいのだろう。心配しないでくれと返答すると、そうじゃないんだと夕凪が返してきた。


「え、じゃあ何なの?」

「何かナルシストっぽいのに絡まれたって言ったじゃん」

「ああー、そっち?」


 お父さん達の観戦から帰ってくると、急に機嫌が悪くなっていた、あっちの方だ。そう言えば、何で夕凪が怒っていたのか教えてくれなかった。

 知っておいた方が良いと夕凪は前置いてから語りだした。現実に会話したのは夕凪だが、その言葉を真に伝えないといけないのは私に、だという話だ。

 一体どのような会話を、見ず知らずの人としたのだろうか。


「ストーカーみたいな感じなんだ。熱狂的なファンと言っても良いよ」

「ああ、この前ゆかりと闘ってた人みたいな?」

「そうじゃない。僕じゃなくて、美波のファンだ」


 その言葉に、私は驚きを隠せなかった。てっきり、夕凪が好きで好きでたまらない者が、私に対して怒っているのだと思っていた。あんたみたいなのが私のイザナギ様に……というような。

 だが、どうやらそれは逆だったようだ。


「そのクソ野郎いわく、美波のパートナーに僕はふさわしくないんだってさ。自分の方が適しているとか言っちゃってさ。冗談じゃないよ」

「クソ野郎って……キャラクターぶっ壊れてるわよ」

「知らないよ。気に入らないことがあったら、僕はいつもこうだろ?」


 そう言えばそうかと、私は頷いた。小さい頃から、夕凪は私の、私は夕凪の敵に関しては、本人以上に敵意をむき出しにしてきた。ろくでもない男や女が近づいてきたら、気分を害されることも多々ある。

 こんなんだから、二人ともブラコンだとかシスコンだとか言われても反論できないんだよな、と思う。そこいらに飛び交う、悪い虫が寄ってくると、絶対に譲りたくないと思うんだから。


「だけど正直、私もその男は寄ってきて欲しくないわね」

「……言うと思った」

「どんだけ素晴らしい人でも、夕凪を馬鹿にするような奴は私にはふさわしくないわ。私がこいつのためにどれだけ骨を折っているか、その努力まで否定されるんだから」

「ちょっと! 遠まわしに僕にまで怒らないでよ!」


 久々に、私のイライラの矛先が自分に向いていると思ったのか、夕凪は焦った。おそらく、四月に梶本先生からこいつに関してネチネチと言われて以来だから久しい。

 だけど、今の夕凪はそんなささいな焦りよりも、私に選んでもらえたことに対する安堵や、喜びの方が強いみたいだ。


「一応訊いとくわ。アテナとあたし、どっちが良い?」

「愚問だね。おんなじ怖いなら美波の方がいいさ」

「何か引っかかるんだけど?」


 気にしない気にしない。朗らかに笑いながらそう告げると、夕凪は逃げるように駆け足で去って行った。もうすぐ、試合が始まるというのに何をしているのだろうか。

 そして、案の定というべきか、時間が来たので私達は控室の方へと転送された。白い光が視界を覆ったかと思うと、次の瞬間には選手控えの空間にいたのだ。

 設置されているマス目に区切られたモニターには、現在行われている試合が、全て映しだされていた。その内の一つ、右端の列の中央の画面では紫電とカナリアが闘っていた。

 相変わらずの圧勝ぶりに、戦慄する。カナリアの防御も、紫電の攻撃力も圧倒的。手も足も出ずに完膚無きままに勝利する。もし彼女達と当たった時に、私は勝てるのだろうか。

 トレーニングの一環として、しばらく夕凪は本気では戦わないと言っている。その状態では確かに私の方が強い。だけど、本気の状態になると、夕凪は私よりも強くなる。そして、紫電はその夕凪を去年倒した。

 私自身、もっと強くならないといけない。せめて、夕凪と全く同じレベルの強さにまで。武器の仕様的に、夕凪に攻撃の手数では勝てない。だからこそ、別の分野で差異化させないといけないのだ。


「だけど一体、どうやって?」


 それが、今の悩みだ。どうやったら私らしく戦えるのだろうか。そもそも私らしい戦い方もまだ見つかっていない。だけど、一回戦を戦ってみて分かったことがある。

 違和感を感じたんだ、あの戦い方に。高性能な防具の能力による立ち回りと、高威力の一撃、技合成ミキシム……自分の能力に振り回されているようにしか見えない。そこが違和感だ。

 何かが足りないと思う。普段の私にあって、戦場の私にはないもの。それが何なのか分からない。


「さあ美波、いくよ」


 気付くと、いつしか順番は回ってきていた。視界がまたしてもかすんだかと思うと、今度は闘技場の真ん中に立っていた。試合を眺めている人の、視線が降り注いできているのが感じられた。

 そして、向かい合う二人も、それは感じているようだ。だけど、それに関してどう思っているかなんてさっぱり分からない。何だか、全く気にもとめていないようだ。


「やっべー、超見られてるよ。やっぱり“ラピッド・プリンス”と闘うからかなー」

「少し静かにしろ、ゴミ」

「ちょっとマナちゃん、毎度毎度酷くない!?」

「気安く名を呼ぶな。私はそれほど安い人間じゃない」

「僕だってそれなりの額で雇われてますー!」

「意味が違う。後、うっかりと口を滑らせるな」


 何だか、お喋りな二人組だ。というよりも、男の方が黙っていられない性格なのだろうか。

 女の方は喋ることというよりも、毒を吐くことを楽しんでいるようだ。ゴミ……という名前ではないだろうが、そう呼んだ男の表情が曇る度に、愉しそうに嗤っている。性格が悪い。


「悪いねー、お二人さん。このマナっていう子はとっても口が悪いんだ。先輩をゴミ扱いだぜ」

「お前の方が歳が一つ上なだけだ。先輩後輩でいうと私が先輩だ」

「しかも僕より強いから反抗できないんだよね、あはは」


 黙り続けているのがこらえきれなくなったようで、夕凪は私の肩を叩いて耳打ちしてきた。どうしよう、この二人面倒くさいと私に訊かれても、どうしたらいいのか私にも分からない。

 あんまり話をせずに、さっさと戦いたいというのが本音だ。


「さてと、僕のユーザーネームは呉箕くれみの、遠慮せずに呼び捨てで良いよ」

「ああ、だからゴミなんだ」


 呉はご、箕はみ、と読むことができる。そのため、無理やり読み方を変えれば、ゴミと呼べなくもない。だけどそれは、いささか子供っぽすぎやしないだろうか。


「おっと少年イザナギ、その通りだ。漢字も読めないちょっとおバカなマナちゃんが最初に僕のことをゴミって言ったんだ」

「そのふざけた口引きちぎるわよ」

「とか言っちゃって実は僕のことが……」

「心の底から大嫌いです。お喋りな人見てると虫唾が走る」


 呉箕の方が、ついに辛辣な言葉に耐えきれなくなって、胸を押さえてへたりこんだ。そのため、急激にその場が静かになったので、ようやく戦闘モードに入ることになった。


「あれ? 皆さんスイッチ入っちゃいました?」


 たった一人、呉箕だけが武器を持っていない状態で、開戦は告げられた。

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