第一話――片思い女子の場合――
ついに、最後の一人です。
次回ついにゲーム起動です。
あの人を初めて見かけたその瞬間、世界中の色が変わったかと錯覚した。
好きな色に髪を染められるようなこの時代にしては珍しく、一切手を加えられていない穢れ無き黒髪がこの目に焼き付いている。
今現在の私の親友、神崎 美波と彼は二人で入学式に来ていた。
美男美女の取り合わせだったために、最初皆はその二人が付き合っているのだと勘違いしたのだが、二人は双子だった。
ただ単に姉弟だから一緒に登校してきただけの話で、近親者なのだから、もちろん付き合っている筈も無い。
落ち着いて見比べてみると二人の顔立ちがよく似ていることには、私以外の人も気づいていた。
一年生の時に、彼と同じクラスになったのだが、入学式の放課後から彼は既にクラスの人気者だった。
その端正な顔立ちから女子からの好意が寄せられていたのは当然として、男子からの人望の厚さも持ち合わせているのには、面食らったという表現が一番楽しい。
今まで読んだ小説や漫画では、ああいう人は同性からは嫉妬の眼を向けられるものなのに、それが無かったから。
それこそ、どこかの世界の主人公みたいだと思ったけれど私は彼に近寄る勇気が無かった。
今でもその勇気は持ち合わせていない。
不用意に近づく度胸の無い私は、当然のごとく人だかりの中心にいる彼に対する傍観者となった。
近づきたくて、話したくて、接したくて、色んな色の欲求が胸の中で渦巻いていたけれど、いざ実行に移そうとしても足が床に縫い付けられてしまったかのように動かなくなる。
そんな自分に嫌気がさして気にしないようにしようとしても、無理だった。
むしろ、意識的に彼を考えないようにすると余計に避けているという事実が大きくなって目の前に突きつけられる。
眺めるだけの日々で、色んな事に気づけると知るのも、そうそう遅い事ではなかった。
彼が最も仲良くしているのは、同じサッカー部の藤村という名前の男子だという事、恋愛というものにまだ興味を持っていない事。
姉を、美波を大切にしていること。
ただ正確に言うためには、家族を大切にしているというべきだろうか、彼の口から親に対する罵声など、一回も飛び出たことはない。
全くの偶然だったが、私が弓道部に入ると、美波がいた。
彼女は、昔からやってみたかったからと言っていて、それは昔読んだ漫画の影響だとも教えてくれた。
なおさら偶然にも、その作品は私も読んだことがあった。
百年以上前にヒットした、当時では有名な作品で、ちょっと前にリメイクされていたものだ。
ストーリーは、高校生の少女が実家の井戸をくぐると何百年も昔にタイムスリップしてしまい、そこでできた仲間と一緒に妖怪退治をする、というものだ。
その女子高生、そしてその子の前世の女の人が弓を使って戦っていて、その姿が格好良かったので、彼女らは今でも私にとっては一番好きなキャラクターだ。
私は彼のこともあり、すぐに美波と仲良くなろうとした。
美波はその漫画以外にも結構趣味が合ったので途中から美波の弟……夕凪くん関係無しで、良い友達になれた。
美波は持ち前の運動のセンスで弓道の腕もメキメキと上達し、勉強ともきちんと両立させられる優等生。
この二年強、美波と私が何でこんなに仲が良いのかと心無い連中に言われたことがある。
そんな時でも美波はずっと味方についてくれた。
それに美波は、そういう人達にもあなただって友達だと言ってきかせた。
演技らしさなんてどこにも見受けられず、彼女を構成するのは夕凪くん同様に主人公らしさ、みたいなものだったのかもしれない。
だけど、その主人公二人も、何もかもが完璧であるという訳ではないと現実を突きつけられたのは、去年の事だ。
いきなり夕凪くんは学校に来なくなった。
要するに、不登校、引きこもりと呼ばれるものだ。
この世は退屈だというセリフを担任が拾ってきたらしく、その言葉に呆れた人の数はいざ知れず。
テスト以外の日は学校に来ない中途半端な不登校児だった。
そして美波はというと、そんな弟が一番の弱点だ。
別に引きこもられるのが恥ずかしいとかじゃなくて、夕凪くんと同じように美波も夕凪くんを大事にしているようなので、日が経つにつれて次第に彼女は憔悴していった。
元々気が強い性格もあったので、当初は毎日苛立っていた。
それを周りにぶつけないように抱え込んでいるのが、とても痛々しく見えて、あの時感じた私の無力感は今でも残っているほどに生易しいものではない。
夕凪くんとは話したことすらもないのだから、助けるなんておこがましいことは絶対に言えない。
それに、あれほど疲れきっている美波を何とか慰める言葉を思いつくほど私のボキャブラリーは充分じゃなかった。
ある時美波は諦めたように、以前のような調子を取り戻した。
もはや夕凪くんを学校に連れ出すのは不可能だと悟ったらしく、本人がその気になるまでは放っておくことにしたらしい。
彼を見ることができないのは淋しかったけれど、美波が元通りになったのはホッとした。
そして今、私と美波は同じ三年一組になり、授業前にだべっているところだ。
昨日美波のところには推薦が来ているのだと、担任と話しているのが聞こえた。
驚くことに全国でも高名な東明から引き抜かれるという話である。
さすがは天才と、何度も何度も拍手したけれど、これで美波と同じ学校に入るのは不可能だと思うと辛くなる。
私が逆立ちしたって、東明なんて受かる訳が無いから。
だから今、美波とできるだけ近しい存在でいたい。
「そろそろ、夕凪をこっちに引きずり出すめどが立ったわ」
唐突に美波がそう告げて、最初私はその意味を受け止められなかった。
昨日確かに梶本先生から夕凪くんを連れて来るように急かされていたが、こんなにも事態が進展しているとは思えなかった。
「え、それどういうこと?」
「それがねー……」
そこから美波が、昨晩どんな話をしたのかを教えてくれた。
売り言葉に買い言葉で、夕凪くんが夢中になっている“Quest Online”をプレイして、来月開催されるという、日本人のプレイヤー全員参加型のトーナメントでそれなりの成績を残したのならば不登校を止めるという話らしい。
推薦が決まり受験の心配が無くなったため、あっさりと承諾した美波は燃えている。
「今度こそ年貢の納め時よ、夕凪は」
「でも……それなりの成績ってどれくらいなんだろう?」
今の話を聞く限りのネックはそこである。
もし仮に日本人五十位とかになっても、十位以内じゃないとダメ、とか言われたら結局はぐらかされてしまう。
「一位とれば問題ないのよ」
淡々とそう口にする彼女の気の強さを思い出す。
こういう時にそう言ってのけるのが彼女の強さだ。
その時、授業開始のチャイムが鳴った。
途端に梶本先生が立てと命令してくる。
また面倒くさい一日が始まるんだなあと、溜め息を吐きながら立ちあがった。
今でも私は、夕凪くんに対して恋心を抱いている。
それは間違えようのない事実だ。
諦めが悪いと言われても、絶対に諦めるつもりはない。
そうか、そのゲ-ムをしたら彼と接することができるのか。
現実じゃなくて架空の世界だったら勇気を持てるかもしれない。
――――――――私だって。
この瞬間、五枚の下剋上の札が整った。