多分……
「美波、どこ行ってたのさ」
ちょっと見ておきたい用事があったから違う競技場へ出て行ったのだが、夕凪が不機嫌になっていた。席を外していたのはわずか十分程度なのに、何があったと言うのだろうか。
「ごめんごめん。明日勝ち上がってからの対戦相手が知りたくてさ」
「気が早いよ。まずは明日の人達に勝ってからそういうのは考えるものなんだよ」
やはり、何やら気分を損ねている。短時間で夕凪の身に一体何が起こったと言うのだろうか。普段とは様子が違っている。
さっきまでここで行われていたのは、確かシラギ達の試合だ。あの二人とあたるのは相当上の方だし、強いのは分かり切っているから気に留める必要性もないと思っていたのだが、何か問題があったのだろうか。
「何か機嫌悪いけどどうしたのよ」
「何か、宣戦布告された」
「誰に?」
夕凪に向かって宣戦布告するとなると、よっぽどの実力者か命知らずの馬鹿かの二択だ。ただ、一つだけ腑に落ちないことがある。そのどちらの場合であっても夕凪がこんなに苛立つとは思えないからだ。
相手が弱かった場合、夕凪は聞き流すし、強敵の場合は楽しみにするだろう。だから、怒っているというのはかなり珍しい状況にあるのだ。
「知らないよ。いきなり出てきて君の時代は終わりだとか言ってきてさ。ナルシストみたいな奴だったよ」
「うーん……でも、夕凪はそんな事で怒らないよね?」
「……まあね」
どうやら、他に理由があるらしいが、話したくはないようだ。こういう時はそっとしておいてやるのが一番だ。一旦は話題を変えてみなければならない。
とりあえずは、お父さん達のことを伝える事にしよう。
「ちょっと面白い情報を仕入れてきたんだけど、知りたい?」
「ああ……試合観戦行ってたやつ? どんな感じだったの?」
「調べてみてよ。絶対びっくりするから」
勿体ぶっちゃって、と愚痴りながらも、興味はあるようで夕凪は腕時計型の機械からメニュー画面を開いた。そこから、バトフェスの情報を集めている掲示板にアクセスし、先程私が足を運んだ競技場の試合結果のまとめを映しだした。
私が言っている対戦カードがどれなのかさっと探しているが、やはり対戦数が多いので中々見つかっていない。
だが、見つかったというのは、顔色が変化したからすぐに分かった。信じられないと目を見開いたまま、硬直している。かと思うと、今度はいきなりこちらを振り返って詰め寄ってきた。
「えっ、ちょっ……何でこの二人が!?」
「ね、びっくりでしょ?」
「ビックリっていうか……いつから始めたのさこの二人!」
何と驚いたことに、夕凪はお父さんがQuest Onlineを始めたことを知らなかったようだ。先生がしているのは知らなくても普通だが、一つ屋根の下で暮らしているお父さんの事を知らないのはなぜだろうか。
だが、思い返すと私も家の中ではゲームの話題はほとんど出していない。なぜだか、お母さんの表情が曇るからだ。そのため、私と夕凪がその日Quest Onlineで何をするかの打ち合わせは、眠ってから始まる。
そのため、家でお父さんとそういう話をすることはない。それなら、知らないのは納得できる。お父さんの部屋はお母さん以外入っちゃダメって言われてるし、コクーンを見ることはない。
「てかこの装備で勝ったの? 凄いな二人とも!」
先生がへたれっぷりを発揮していたことは、この際言わないでおこう。ただでさえ梶本先生は頼りないから、これ以上夕凪の心象を悪くさせない方が良さそうだ。今年からサッカー部の顧問に就任したし。
「何だろうこの二人、僕にお説教でもしたいの?」
珍しく、夕凪の直感が冴えている。基本的に運任せの直感ははずれることが多い夕凪だが、今のは的を射ている。夕凪と会って話をさせるために私が引きこんだも同然なのだから。
お父さんはもはや説教とかする気にならないだろうが、梶本先生は五月蠅そうだ。
「下手に強い人とあたるより面倒くさそうだな……」
「まあまあ。ところで、明日対戦するのはどんな人達?」
「それが、よく分かんないんだ」
「分からない?」
そう言えば、この前も同じようなことを言っていた。少なくとも、あまり有名な人でも古参の人でもないとのことだが、装備は見るからに強力そうなものだ。だが、ランキングもそれほど高くなく、普通に十万位ぐらいのものである。
クエストモードに入り浸っているとしたら何度か見ていないとおかしいはずなのに、そういう記憶も無い。
だから夕凪が調べてみたのだが、それでも情報が出てこなかったということだ。不気味な連中だと、夕凪は静かに言葉を添えた。
「しかもこの二人、ご丁寧にミラーになってる」
「どういう事?」
「顔は似てないから双子ではないだろうけど、女の方が弓使いで男の方が魔法銃使いだ」
「ああ、確かにそうね」
「おかしいと思わない?」
そう夕凪から訊かれて、確かに少し奇妙だとは感じた。Quest Onlineにはありとあらゆる武器がある。剣やら槍やら、近接系統のものを得選ぶ人が多く、扱いの難しい弓などは、よほど腕に自信がないと選ばない。
魔法銃も、元々そういう武器があると知らなければ思いつかない類のものだろう。それよりも先に、銃という答えが出るのが自然だと思われる。
魔法銃も弓も大して使い手が多くない。にも関わらず、その二人が組んでいる。そういう珍しいコンビが、わずか二回戦で衝突するのだ。
「でも、考えすぎじゃない?」
「多分僕も偶然だと思うよ。でも……妙な胸騒ぎがするんだ。今はまだ小さな予感だけれど、そのうち何か、大きいことが起こりそうな気がするよ」
いつになく真剣な顔つきの夕凪だった。初めて見る夕凪の表情なので、この予想が当たるのかはずれるのかは分からない。だけど、警戒しておくべきだろうとは感じられた。
「多分この二人……凄く強いよ」
「そうね。負けないように、全力でいかないと」
小さな胸騒ぎよりも、まずは目の前の一戦だ。この試合を乗り越えない限り、その心配に私達が関与するような事もなくなるだろう。
絶対に油断してはならない。その思いと共に、次の夜は訪れた。




