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鉄拳炸裂


「“百裂拳・収斂”……知ってますよ。素手で相手を殴る時、一回殴ると百回殴っただけのダメージを与えられる」

「その通り。武器を素手にしていないと大して活用できないが、そうしている俺は十二分にその力を発揮できる」


 どうやら、過去に対戦済みの能力らしい。そもそもこういうジョブはそれなりに知名度があるために、使い手も少なくないのだとか。美波みたいに、職業と言われて巫女とかが出てくる方が珍しいだろう。

 最初に、そうしようと決めていない限りは、だが。確か美波は好きな漫画のキャラクターから取ったと言っていた。それに、初めから奇抜なジョブを選ぶプレイヤーも少なくない。アイドル、とか選ぶ人もいるぐらいだから。


「でも、拡散とは違って当てにくいはずだ。もう喰らわないよ」


 既に相手も本気のモードに入ってしまったようで、先程の油断は見受けられない。それどころか、もう立ち回りは俺たちが上だと判断したようで、隙ができたら強力な一撃で沈めようと、狙いをつけている。

 確かに彼の武器、斧の攻撃力は驚異的だ。同じ刃物でも、ナイフや剣よりも遥かに重たい攻撃だと予想される。だが、その分動きもいくらか緩慢になっているのも事実だ。

 それに対して俺は装備によってウエイトは変わらないので自由に動ける。“歩法”の能力で、それ以上のスピードを出すこともできる。そのため、回避に関してはこちらの方が明らかに上だ。

 ただし、俺にはもっと重要な問題が生じているのだが。


「で、結局しかけてこないのかよ」

「……何で攻撃したらダメージを与えられるか、思いつかん」


 そう、結局はそこだ。相手の力を乗せた“カウンタースピア”を使っても、決定打にならなかった。あれだけ手強そうな武器なら、カウンターで沈むと思っていたのだが、予想以上に防具が固い。

 加えて、レベルだけ高くて装備を整えていない俺は、相手の防御を突破するだけの攻撃力を持っていない。攻め込むにも攻め込めない状態だ。迂闊に近寄っても、殴って倒す前に倒されかねない。

 だが、一応勝算がある技が一つだけある。とりあえずは、それを狙っていくしかない。

 そして、その唯一の技を悟られないためにも、今は悩むふりをしておく必要がある。


「まあね。そっちの“岩砕拳”なら百発分喰らっても、その隙に刺し違えられそうだからね」

「君の言う通りだ。それに、確実に当てないとならない。でも、そこに苦労しなくて良いのが救いだな」


 その言葉に、彼は少し表情を引きつらせた。当てるのは容易いと、遥かに年上のオヤジから言われたのが少し癪に障ったようだ。さっきまでの集中はどこに行ったのか、敵対心丸出しになっている。

 その隙を、見逃す訳にはいかない。梶本先生の方に右手を握るジェスチャーで合図をした。『ホールド』という意味合いで使っている。


「了解です。教師スキルLv2……“罰則”!」


 後ろから近づいて来ていた梶本先生に、asahiは気付いていなかったらしい。夕闇の方の相手をしていると思っていたのか、あっさりと後頭部を殴られる。

 痛みに顔をしかめた彼は、次の瞬間にはもう体の自由を奪われていた。


「リミットは五秒です! その分強固なんで反撃はないからさっさとお願いします!」


 “罰則”スキルは、昭和ぐらいにまで遡って、ようやく見つかるような古い罰則を元ネタにしている。遅刻した者に、バケツを持たせて廊下に立たせる、というものだ。

 それを忠実に再現したため、このスキルを発動させると、相手は両腕に抵抗がかかり、動かせなくなる。足の方も地面に接着されたように動かなくなり、一切の身動きが封じられる。

 ただし、その抵抗にも強弱がある。拘束時間が短いと抵抗は強いが、長くなると弱くなってしまう。さらには発動させるには、逢相手の頭を強く殴る必要がある。きっと、怒っているのを表現するためであろう。

 だが、いざ短時間で発動されると、全く身動きは取れない。


「アサヒ!」

「大丈夫だって姉貴、多分大して喰らわねえよ」


 余裕ぶっているasahiだが、その想像は大きくはずれる。

 あらゆる武器のスキルの中には、『ハズレ』と呼ばれる種類の技が存在する。ちょっと強そうに思えるのだが、実は使い時がなく、実際そんなに役に立たないものを指す。

 素手のスキルにも、もちろん存在する。“ライフゲージドリル”と呼ばれる、割合ダメージのスキルだ。

 相手の現在HPの五パーセントをカットする。それが効果だ。


「そんなスキル使う気かよ」


 勿論、その事を知っているasahiはあきれ顔で見ている。モーションや溜めが長い割に、使えない。最大HPではなく、現在HPなので、徐々に威力が落ちる。

 クエストモードで乱発すると隙を狩られてモンスターに負けるので、誰も使わないのだ。それに、ある一定以上のレベルだと、どのモンスターにもこの能力が通用しないように耐性がつけられている。

 だけど、まだ誰も分かっていない。いや、ちょっと賢い人ならすぐに分かっている。いや、賢いとかでなく、試そうと思ったら分かるのだ。


「段々威力落ちるんだぜ、他の技百回使う方が良いんじゃないの?」

「まあ、普通そう思うわな、最初は」

「……どういう意味だよ」

「計算してみな」


 一度喰らうと体力の五パーセントが削られる。二回目には、削られた後の体力の五パーセントが削られる。二、三、四と、確かに数値上のダメージは段々と落ちていく。

 ただしそれは、十発程度しか打たなかったら、だ。百発も使うと、恐ろしさが身にしみて分かるはずだ。


「一回の攻撃を行うと、残りHPは基準値の95パーセント、つまりは割合になおすと0.95だ。二回目を当てると、残るHPは基準値に0.95の二乗をかけた数になる。さてここで問題だ……」


 そろそろ、相手も具体的な値は出ないにしても、薄々察してきたらしい。百発分喰らったら、どれほどになるのかを。


「0.95の百乗はどうなるか分かるか?」


 不味いと思っても、高速は解除できない。慌てふためいているが、そろそろ解除される時間だ。“溜め”も完了しているので攻撃に移った。無理やりにでも体を動かそうと奮闘しているが、やはり無理らしい。

 無防備の胴体に、拳が目いっぱい激突した。やはりまだ拘束中なので、吹っ飛ぶようなことはなく、その場でダメージを喰らった。一回目、二回目、三回目……と次々と体力がドリルを当てられた岩盤のように削れていく。

 既に半分体力を失った状態なので、さらに影響は大きい。三十回ぐらいの段階で、もう既にライフは一割をとっくに下回ったようだ。

 それでもまだまだ続いて行く。だが、さすがにそろそろ姉貴の方が追いついた。


「“英雄エクス之剣カリバー”!」


 どうやら、奥義を発動したようだ。もはや油断よりも危機感の方が圧倒的に強いのが感じられる。確かに“英雄之剣”は強力な攻撃力ブースト能力だが、当の使い手には何の補正もかからないという欠点がある。

 つい先程は、何とかこれ以上邪魔をされないようにと、先生の方に気を配っていたのだが、今となってはそれも忘れている。横で、大きく息を吸い込んだ先生の姿に、気付いていない。


「“斬撃とば……」

「姉貴! 後ろ!」

「“説教”!」


 怒涛の方向を喰らった彼女が吹き飛ぶのは、実に三回目の事だった。だが、今回はもうほとんど時間はいらないので、軽く吹き飛ばした程度だが。

 それでも、時間稼ぎは充分だ。


「くっそ……まだ0じゃねえ」


 弟くん、asahiがようやく解放されたようで、斧を握りしめていた。彼も、奥義を発動させようと躍起になっている。

 一応は割合ダメージの攻撃なので、相手の体力を完全になくすのは不可能。だから彼がこのように反撃してくるのも不自然ではない。だけど、止めをさしていなかったのは別に忘れていたからではないのだ。


「“一文字スラッシュ”……」


 技名を呟くと共に、白銀の光を受けた刀身が瞬いた。斬撃はasahiの、虫の息のような残り少ないHPを完全に消し去って、一人目を退場させることに成功した。

 そう、一々止めを先生に譲った理由は、ここから先のウォーミングアップのためだ。


「……一回戦負けだなんて洒落になんないわね」


 ここから先は、格上との、本気の闘いになりそうだ。

 緊張感に包まれた先生の顔には、もう浮ついた緊張感はどこにも見えたらなかった。

さあ、次回夕闇の逆襲。

本気の彼女に素人二人はどう立ち向かうのか……。


次回、この二人の闘いは完結し、さらに次の話で姉弟サイドに移ります。

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