梶本先生緊張中
「さてと……行きますか」
初日はシードで休み、昨日も試合スケジュールの都合やアクシデントによって待ちぼうけを喰らったが、ついに俺達も試合に臨むことになった。初の試合で年甲斐も無くうずうずしているのだが、先生の方はそうでもないらしい。
さっきからしきりにソワソワとしている嫌なタイプの緊張感に呑まれているようだ。
「大丈夫ですか、梶本先生」
「えっ、ああはい。いやあ……ちょっと対戦相手があれなもので」
今日の午後に試合の対戦相手を確認して分かったらしいのだが、その相手が実は芸能人だったらしい。俺はテレビをあまり見ないのでその芸能人を知らなかったが、先生によるとかなり有名なタレントなのだそうだ。
問題は、先生がそのタレントのファンである、という事だ。そのせいか、今日の放課後のクラブ活動の指導もあまり身が入らなかったらしい。落ち込み半分喜び半分、といったところだろうか。
「えっと……何て言う人でしたっけ?」
「テレビでは金城 茜、こっちでは夕闇っていう名前らしいです」
「夕闇……響きだけは似てるな」
その言葉に一瞬怪訝そうな顔をした先生だが、すぐに何の事か悟ったらしい。“一応”教え子だからだろうか。
「夕凪くんですね」
「はい。それにしても朝のニュースは驚きました」
「ああ、姉の方も目立ってしましたし」
「いや、美波の方が、と言うべきでしょう。メインはあっちだったと思うんで」
知名度は世界でも上位に属する夕凪だ、それにあの容姿もあるんだからファンクラブがあってもおかしくはない。そしてその余波が美波にも広がろうとしているのだが……やはり親としては少し不安だ。
まあ、ここはバーチャルの仮想空間なのだから何が起こるという訳でもないから安心できる。その上今の世の中は治安維持の技術の発展が著しく、殺人も強盗で未遂で終わるから、現実でも心配は要らないのだが。
プライバシーを守るために、家の中が覗かれることはない。だが、それ以外の、例えば道路や街、図書館などの公共施設のほとんどは監視カメラによる厳戒態勢に守られている。そのため、パソコンを使った犯罪が、今世紀最も猛威を奮っている。
「そういえば……ハナビの乗っ取りって聞いたことないですね。こんだけ大掛かりな舞台なんですから、テロリストとかライバル会社とか仕掛けてきそうなのですが」
「ハッキング対策のセキュリティが充実していて、プログラミングのスペシャリストに、最高レベルのハッカーも高給で雇っているそうです。まずハッキングしそうな人がいないんですよ」
「へえ、初めて訊きましたね。神崎さんはなぜその事を?」
そう問われて、つい自分が口を滑らせてしまったことに気がついた。だが、言ってしまったことはもう取り消せない。
それでも、話すべきか少し思案したが意を決して語りだした。
「昔、どこかの企業がそれを企てたらしいです。まあ、惨敗したらしいんですけど。その当時のメンバーの一人が……妻なんです」
「…………もしかして、不味いこと訊きました?」
「いえ、単純に妻が『惨敗した事が恥ずかしい』から言わないでって言ってただけなので」
ちなみに、その企業としては乗っ取りではなく産業スパイが目的だったらしいので、ハッキングしようとした事自体はあまり悪びれていなかった。むしろ、当時の自分にはそれこそが仕事だったのだからと胸を張っているぐらいである。
一応その会社の中では二番目に腕が良かったために、自信があったらしく、それで失敗したのが悔しかったらしい。
「そのせいで、あんまり夕凪や美波にQuest Onlineをして欲しくないようです。一応は許可していますが、あまり浮かない顔をしていて」
「自分の事は言ってないんですか?」
「ああ、それは大丈夫ですよ。あんただったら大丈夫でしょ、みたいな」
ようやく、先生の緊張も解けてきたみたいだ。そして、もう一度今日の戦い方をおさらいする。まずは二人がかりで片方を倒す。これは、とりあえず夕闇ではない方に決まった。先生が夕闇を牽制しつつ攻撃、そして俺が強力な一撃を加え、倒す。
そこからは役割後退。先生がメインで俺が敵の誘導だ。
「そう言えば……向こうの装備品ってかなりの上位装備ですよね?」
「というよりもこっち防御力がペラっペラと言いますか……」
「フットワークで長期戦に持ち込むしかないんですよねえ」
とはいっても、そのフットワークなら自分たちはかなりできる方だ。二日前から試合を見てきてはいるが、ランキング上位でも大したことのないのもいれば、美波みたいに低ランクながら暴れている者もいる。
でもって相手は男が一人いるが、第一試合に出ていたのを見る限り、大した実力者にも見えなかった。装備が全体的に重たいものばかりで、動きが鈍重だったからだ。
さらにはもう一人は女性タレント。話によるとスポーツはできないのだとか。バラエティなんかでもそういうゲーム的なものでは早い段階で脱落するらしい。ファンの梶本先生が言っているのだから間違いないだろう。
「でも、今日の昼にどうして気付いたんですか? 相手が芸能人だって」
「生徒に言われたんですよ。神崎さんだから言えるんですけど、娘さんから……」
どうやら、美波が先生に直接言いに言ったらしい。その様子では、どうやら俺達がコンビを組んでいる事を美波はもう気付いているようだ。
だけど、夕凪を見る限りそっちは気付いている素振りは無い。黙っているのだろうか、気にしていないのだろうか。まあ、知らない可能性が高そうだ。
ふと、自分がQuest Onlineを始めた経緯を思い出した。美波が母さんを説得しているのを、援護した時に自分もやろうと思ったからだ。美波みたいに、夕凪の好きなものを通して触れ合おうと。
そして、先生の方はなぜ始めたと言っていただろうか。美波と、その友達の天野さんが話しているのを聞いたからではなかっただろうか。あそこだったら夕凪に会えると。
そのせいで天野さんもプレイしているようだ。もしかして、これだけ多くの夕凪関係者が揃っているのは、もしかしたら美波が謀ったのだろうか。
そう思うと、少し娘の事がたのもしく思えてきた。確かに誘導されているのだが、別にそれに嫌悪感は感じない。昔から美波の方がしっかりしていたから、夕凪のために色々するのは親として喜ばしい。
「よし、もう腹は決まりました。好きなタレント関係無く勝ちに行きますよ!」
「いやいや、負ける気だったんですか」
なんだかんだで十五程度年上なので、自分の方がしっかりしているとは思う。今の発言にもう少し釘を打ちたくなったが、すぐにそれはやめた。先に向こうから語り始めたからだ。
「まあ、教え子のためですから」
若かろうと何だろうと、この人はちゃんと教師として、夕凪と接そうとしてくれている。それが分かったからだ。
「さて行きましょう」
握り拳を鳴らしながら、俺は自分の戦う競技場へと向かう。藤村くんや天野さんには悪いが、俺たちは一勝するだけで夕凪と出会える。そのため、この試合だけを全力で乗り切れば良いのだ。
「我が子二人よ待ってろよ」
最初で最後の関門に、ようやくさしかかる瞬間だった。
何か色々話題あるのになぜタイトルが先生のどうでも良い緊張なのか……。
それは作者にも分からない……。
冗談はさておき、次回他のメインキャラと比べてむさ苦しい二人組、ようやく始動です。




