楽しむ心
「楽しんでるか、だって?」
急に真剣な顔つきになったと思ったらそんなふざけた質問だ。俺はおもいっきり嫌悪感を露わにした。その様子さえ、ヒュウガは気に入らないようだ。
「ああそうだ。君を見ていると、必死さしか伝わってこない」
「勝つために必死になるのが悪いことだってのかよ」
自分でもよく分からないほどに苛立った俺はヒュウガの言葉にかみついた。心に余裕がないから、こういう風に一々反発してしまうのだろうか。だけど、それを判断する冷静ささえ今の俺には無い。
「そうじゃない。必死すぎると言うべきか。頑張るのは良い事だけれど、君がやっているのは頑張って何かをしようとしているんじゃなくて、頑張るために頑張ってるみたいだ」
「意味分かんないですよ」
「何というか、ゆとりが無い。君はここを戦場か何かと勘違いしていないか」
「違うっていうのか」
「当たり前だ。別に俺たちは命を賭けている訳じゃない。これはゲームだぞ、楽しんで何ぼの代物だろうが」
「うるっせぇよ!」
かかっているものが違うんだと、俺はヒュウガに向かって吠えた。負けそうになっている現状、それはさぞ負け犬の遠吠えのごとく映ったことだろう。だけど、そう思われてでも俺は叫ばないといけない。
「君は、別に目的があるっていうのかい?」
「そうだよ、だから負けられないんだ」
「だけど、そのせいで負けるんだ」
彼の後ろで燃え盛る炎の勢いがより一層増した。灼熱の地獄みたいだけれど、今の俺はそんなのに怯えるほど、普通の状態じゃなかった。それ以上に、俺が今ここにいる理由を、愚弄されている方が応えたのだから。
「他の何かのためじゃなく、自分が楽しんでいるから俺は強いって言われてたんだと思う。俺だけじゃない。今、俺よりも強いって言われてる皇帝、その皇帝の相方、無課金の帝王のイザナギ、彼らは皆このゲームを楽しんでやってる。だから強いんだ。まあ、“あいつ”は例外的に楽しんでないけど強いけどな」
イザナギ、その名前を聞いた時に、彼の言っている言葉が初めて心に突き刺さった。イザナギ、夕凪のプレイヤーネーム。あいつと会うために、俺はここにいる。
あいつと闘うまで俺は負ける訳にはいかない。面を合わせて伝えたいことがある。訊きたいことがある。だから、こんな所で負けられない。
「誰かのために動くのが、悪いっていうのかよ」
「違う。そのせいで焦っているのが問題なんだ」
さっきの彼の言う通りだ。ずっと、沙羅が闘ってた時からヒュウガは楽しんでいた。ピンチに立っても、相方が倒されても、ずっとずっと、楽しんでプレイしていた。だから、彼は強い。
夕凪だって強い。事実この人よりも圧倒的に強いのだろう。それは、自分が楽しいと思ってこのゲームに全力で取り組んでいるからだ。誰かのためとか、気取った理由じゃなくて、やりたいからやってる。
それに引き換え俺はどうだろうか。友達に会う、ただそれだけの理由で始めた俺だ。強くなりたいと願ったのも、その目的あってのこと。心の底から、力が欲しいから強くなりたいと思った訳じゃない。
「初めから君は、俺の魔力切れを狙っていた。そのために殺伐とした思いで、ちょこまかと逃げ回る。それが君という人間なのか」
そうだ、そんな甘い考えを持っているからこんな所で躓きそうになっている。分かるとか分からないとかじゃなくて、疑いようの無い事実だと見つめないといけない。
「負けたって楽しければ良いんだ。勝ってもつまらなかったら意味が無い」
こんな風に必死で逃げ回って、死に物狂いで勝利を掴んで何になるのか。死線をくぐり抜ける、戦争下における兵士と同じだ。
でも、俺は楽しむだけで満足するのか。
「もう一度訊く。君は今、楽しめているか?」
こんだけ実力差があって、楽しむもクソも無いと思う。負けたくない、悔しい、腹が立つ。そんなんばっかりだ。自分が嫌になってくる。
「君は、自分を犠牲にするほどの理由があるっていうのか?」
自分は一体何をやってるのか、それが自分にすら分かんなくなってくる。最初は夕凪に会おうと思った。それだけだった。学校に来てくれないんだからこうするしかないって。
じゃあ何で最初から家にまで俺は押し掛けなかった、それぐらいしても良かったじゃないか。もう一年以上も経つんだぞ。
何で俺は、そうしなかったんだ。ずっと引っかかってた。でも今なら分かる。怖かったんだ。俺が、何の意味も無いただの知り合いだったら、ってそう思ったら。
そして、俺が今ここにいるのって多分、夕凪のためじゃない。
「だんまりか。仕方ない、もう終わらせよう」
「……まれ」
それはきっと、俺自身がそうしたいって思ったからだ。
「何?」
「黙れって。こっちが黙ってりゃ良い気になってべらべらと適当なことばっか言いやがって。勝ってもつまらなかったら意味が無い? 勝つために来てんだよこっちは。自分を犠牲に? そんな高尚な考えじゃねえよ。俺がそうしたいからそうしてんだ。あんたが楽しんでんのと理由は変わらない。そして、俺が一々動くほどの価値があるかって訊いたよな、今。当たり前だろうが」
左手を掲げて、新しい球を錬成した。通常のボールではなくて、青色のボールだ。
「意味がなかったら最初っからこんなことしてねえよ。……でもまあ、あんたの言ってることも一個だけ当たってたな」
「いきなり雰囲気が変わったな。どうしたんだ?」
「こすいマネしてあんたに勝ったって意味が無いんだってな。“炸裂球”だ、今度は本気だ」
まあ、楽しくないと言うと嘘になる。実際俺だってそれなりにQuest Onlineを楽しんでいるとは思う。さすがに、ヒュウガほどではない、というだけで。
だから、楽しまないといけないっていう説教は分かった。でも、負けても良いって心だけはどうしても理解できない。
「だから今度は俺から説教してやるよ。負けて良いって思ってるうちは誰にも勝てないって」
「……良い目つきだ。今度こそ行くよ!」
それを掛け声として、ヒュウガが動いた。魔法剣は、赤熱の炎で光り輝いている。地を焦がすような業火を、剣だけでなくヒュウガ自身も纏っている。
さっきまでなら、いかに逃げるかばかり考えていただろう。でももう性根は入れなおした。もう逃げたくはない。ヒュウガが接近してくるのを待ち構える。成功するとしたら今しかない。相手が、まだ俺の狙いに気が付いていない今しか。
本来このボールは近接の戦闘に向かない。振り回すにしてもリーチが無い。かと言って素手のような操作性もない。蹴りだそうとしても相手の攻撃の方が早い。確実に距離を取らないと機能しないのだ。
だけど、それは額面通りにサッカーボールとして使えばの話だ。“炸裂球”なら、もっと違う使い方も出来る。
「大層な口を聞いていたが、諦めたのか?」
もうすぐ、魔法剣の射程圏内に俺は入るだろう。自分が相手の攻撃を喰らわないようにすることを考えると今が一番のチャンスだろう。
俺は、手に持ったサッカーボールを蹴りださずに、直接そのままヒュウガに投げつけた。距離も全然無かったので不意のその行動にヒュウガは対応できなかった。
狙い通り、柄を持つその手に爆風がヒットする。爆発半径を狭めておいたので、体ごと吹っ飛ばず、腕と剣だけが爆風に煽られる。その衝撃で魔法剣はヒュウガの手を離れ、地面を転がって遠くまで飛んでいった。
その隙に、大量のボールを追加で作りだした。スタミナのゲージが許す限り、上限いっぱいだけの量の“炸裂球”だ。これら全てを爆発させたら、大概のプレイヤーのHPはすぐになくなる。軽装備でフットワーク重視のヒュウガだったらなおさらだ。
俺の両手からこぼれ出し、まだまだ溢れ出たそれらを見たヒュウガは焦ったのだろう。急いで剣を拾おうと走りだした。だけどそれも、想定内だ。
「“得点王”にも、走力はいるんだよ」
あっさりと走りでヒュウガに追いついた。チームで一番の選手というのは、陸上で行う全てのスポーツで一番基礎となる走りの部分だって突出しているのが普通だ。
追いついたは良いが、俺は今手に球を持っていない。その様子を見て彼は安堵したようだ。だけど彼は忘れている。さっき俺は、サッカーボールを投げた。普通と違う使い方をしたんだ。
だから今度だって、普通とは違う使い方だってするさ。
「ここはグラウンドじゃない」
「そうだな、それがどうした」
「ファールなんて無いんだよ!」
そのまま俺は、“得点王”を発動させたまま、ヒュウガを蹴った。異常なまでに脚力が強化されるスキルだ。人一人だって軽く蹴り飛ばせる。腹の真ん中に蹴りを叩きこまれた彼の身体は、いとも容易く吹っ飛んだ。
その先には“炸裂球”がゴロゴロ転がっている。もちろん、今度の爆発の威力はつい先程のものとは比較にならないほど強い。
「楽しかったかバトルマニア。こっちは楽しかったよ」
爆発音が幾重にも重なり合い、長かった二回戦はこれにてようやく幕が下りた。惜しみない歓声が、俺に向かって降り注がれる。それを聞くと疲れが一気に吹き飛んだ。
やっぱり俺もこのゲームに侵されてきているみたいだな、ふとそう考える。そして、ヒュウガの方を振り向いて最後に一言だけ残しておいた。
「ありがとな」




