ベテランの実力
「……何をしたんだよ、あんた」
「“居合い斬り”、っていうジョブスキルさ。相手の攻撃にぶつけるための能力だ。相手が消費したのと全く同じだけのMPを消費して、一閃する。完全に相手の技を一刀両断できる」
たとえそれが奥義であっても、ということなのだろう。奥義を持っていない俺がそんな事を心配する必要はないのだが、沙羅が破れたのは大きい。というかむしろ、奥義を持っていない分俺の攻撃は絶対に無効化されてしまう。
そもそもあれだけ動きの良い人が相手だから、当てられるかどうかも分かったものではない。がむしゃらに突っ走っても力を無駄に消費するだけなのだから慎重にならなくては。
幸いなことに、相手は俺を油断しきっていて、さっき沙羅にしていたように先手を譲ってくれている。その間に、俺がヒュウガに勝つための手口を探すことにする。
まず、さっきの話を聞く限りに、“殲滅の大剛弓”を無効化するのに半分近くのMPを消費しているはずだ。さっき沙羅は残していたゲージを全て消費して撃ったのだから間違いない。そして相手にはそれを回復する手段が無い。
そして、相手の魔法剣は作り直すだけで魔力を消費する。相手の攻撃手段にも制限がかかっている。おそらく、しばらくは緑迅のままで攻めてくるだろう。
持ち込むべきは持久戦、相手の攻撃を全て回避するか受け流すか。そうすると勝機は見えてくるはずだ。そのためには“炸裂球”はあまり使わない方が良いだろう。少ない消費で手数を多く。それが一番だ。
「先手はもらいますよ」
不意を突こうにも心眼がある手前、死角はない。真正面から行くしか無い訳だ。さっき作っておいたのは何の変哲もないただの球だ。だが、威力だけは今からでも付け足すことができる。
「“得点王”! ……“音速球”!」
無難に攻め立てるならこれが一番だ。得点王スキルによる威力の補正、“音速球”の速度、反応が一瞬でも遅れたら痛手となるオーソドックスな戦法だ。
だが、この技も欠点の無い最良の攻撃ではない。蹴る瞬間に回避されたら、何もない場所を貫くだけだ。だからここは、視覚では分かりにくいところから不意を突く。
ボールを軽くトスして空中に浮かせる。タイミングが合うように、落下を見極めてキックの体勢に入った。そして、俺が蹴りのスイングを始めたタイミング、案の定彼はその瞬間に合わせて飛び退いた。
だけど、俺はまだボールを蹴っていない。一瞬だけ、蹴ると見せかけて足を動かしたがすぐに止めたからだ。意表をつかれたヒュウガは、回避のために跳んだために、不安定な体勢だった。
俺が蹴らなかったがためにボールは地面につく。俺がまだ蹴らないと思ったヒュウガが、もう一度回避できるようにと、体勢を立て直そうとしたその瞬間、地面に当たったボールは浮き上がった。
浮き上がったばかりのボールを、俺はすぐさま蹴り飛ばす。サッカーというよりも、ラグビーでドロップキックと言われるやり方だ。地面とぶつかり、跳ね返った瞬間を狙い澄まし、その反射する勢いを上乗せするものだ。一度蹴ると見せかけてフェイントをかけられるから練習しておいたのだが、まさかこんな所で役に立つとは。
一応は狙い通り飛んでいき、音速であるので撃ってからの回避は不可能。まずは一撃、相手に攻撃を当てることに成功した。
「くっ……」
「よっしゃ!」
衝突したボールは上空へと打ち上がった。あれを再利用したいところだが、そのためには向こうに近づかないといけない。また後で回収すれば良いと思って次のボールを錬成した。
だが、次の瞬間に上空の球は真っ二つになっていた。俺が球を錬成している隙に、ヒュウガは最初の方の球を緑色の剣戟でぶった切った。
勿論その時にも魔力は消費している。またしても、相手の攻撃可能回数が削られた。
「どうだ、あんたが嘗めてかかった相手にやられる気分は」
「まぐれあたりだ、次は無いよ」
今度はこっちの番だとでも言うように、おもむろに大地を蹴って駆けだしてきた。距離を詰められると一気にジリ貧になってしまうので俺は後退していく。だが、広さに限りのある空間ではそれにも限界がある。少しずつ、背後の壁が迫って来つつある。
ここで俺は、追い詰められたふりをしなくてはならない。油断して相手が攻撃してくるその隙をつくために。
最終的に、俺の背中は闘技場端の壁にぶつかった。もう、逃げ場はない。
「喰らいな」
ヒュウガが何も無い空間を斜めにぶった切って衝撃波を作りだす。もう、他の剣に属性変換するつもりはないのだろう。
しゃがもうが横に跳ぼうが盾に飛ぼうが、沙羅の時みたいに放射状に拡散されたらまともに攻撃を浴びてしまう。そのため、他の人から見ると俺が追い詰められた構図になっているのだろう。だが、実際は違う。
「サッカー選手スキルLv2、“守備選手”」
両手にグローブ状の光のエネルギーが纏われる。キーパーグローブを模したものである。そして、右手で握りこぶしを作り、真正面から真空波を殴りつけた。
キーパーが手を使ってするのはキャッチだけじゃない。ボールを弾くパンチングも時として重要となる。真っ直ぐ前から強い衝撃を叩きつけられた翡翠色の斬撃は、それを撃った本人の方へと跳ね返った。
「どうだ?」
ヒュウガはその間にも俺に接近していたのだが、自分の攻撃を真正面から浴びたせいで、後ろに大きくのけぞった。元の威力が高いせいか、さっきの俺の攻撃よりも効果的に体力を減らすことができた。
それなのに、ヒュウガはまだ楽しそうに笑っている。
「何笑ってんすか」
「肉を斬らせて……」
その目に、少し不安のようなものを感じた俺は一瞬足が竦んでしまった。立ち止まっているのはまずいと思って駆けだしたが、ほんの一瞬だけ出るのが遅かったようだ。宙を舞う無数の刃が、いくつか俺に襲いかかってきていた。
舌打ちしながらも、懸命にそれらを回避する。二、三発もらってしまったが大した致命傷ではない。
これはおそらく相手がネットから脱出する際に用いたものだ。“虚空”と呼んでいた、空気中に斬撃を生みだす能力。だけど、それすらも彼にとっては囮でしか無かった。
俺が動揺しているそのさなか、彼は俺の懐の中に入ってきていた。
「骨を断とう」
斜め下から緑色の刃が走ってくるのをすかさず捉えた。一か八か、手で受け止めてみる。グローブがまだ発動しているから大ダメージを負う心配はないはずだ。
狙い通り、威力を殺すことはできたが衝突の瞬間の衝撃によって大きく俺は吹き飛ばされた。HPにダメージを受けてはいないが、強めに身を打ったので少しばかり痛む。剣で斬られるのは痛くないが、このような痛みは消えてくれない。
「……素の運動能力が高いのか、君は。申し訳ないが必要以上に甘く見ていたようだ」
ここで彼は、その侮りを捨てたとでも言わんばかりに、刀身の種類を変えてみせた。風を纏った刃から、燃え盛る紅蓮の炎へと。
漏れ出た炎がヒュウガ本人に纏わりつき、鎧のようになる。まるでその姿は美術で習った不動明王のようだった。
「“魔法剣・朱雀”」
彼の背後にそびえる炎の影が、こちらを必要以上に威圧してくる。ゆらめく炎は蛇の舌のように、見る者を戦慄させるかのような威厳を持っているようだ。
そんな折に彼は、俺に問いかけた。
「君は今、楽しむことができているか?」
その言葉に、俺の焦りはなおさらに加速して行った。
最後のシーンではすごんでいますが、実はやられてばっかのヒュウガです。
致命傷はまだありませんが、ネットに掴まりカタストロフィをくらいかけ、フェイントに引っ掛かり自分の攻撃を跳ね返され……。
まあ、それもこれも全部油断してたのが原因ですが(沙羅の方はしっかり見切っていたのですが)
次回、この二人の闘いは決着して次の闘いに向かいます。
次戦うのは誰なのか、そもそもこれはどちらが勝つのか、次回もよろしくお願いします。




