ハンター発動
「にしてもシソが一撃ってどんな威力だよ」
「一気にMP消費してぶちかましたからね。もう丁度半分しか残ってないわ」
呆れた表情のヒュウガが溜め息を吐いた。相方が倒されたことに対して不甲斐無く思っているのか、沙羅が強いから困っているのかは分からない。だが、おそらくは前者だろう。
彼には焦りというものが、まだ一切見られないのだから。
「後はあなた一人よ。一人で戦えるのかしら?」
「心配無用だよ」
まだ一切のダメージを負っていないヒュウガは、魔法剣の刀身をもう一度錬成した。一番最初の緑色の刃、風属性の“緑迅”だ。
彼は狙いを定めがてら、指で指し示す要領で切先を沙羅の方へと向けた。
「俺の体力はまだ残ってる。そしてそっちはもうかなり減っている。どちらが有利かは一目瞭然だ」
「いや、藤村がいるんだけど」
「彼は今はまだ手を出さない。一対一で闘うなら、彼は大した脅威じゃない」
えらく舐められたものだと、少し苛立ちが生じるが、事実俺は沙羅よりも弱い。ほとんど一人で沙羅の体力をあれだけ奪ったのだから相当の実力者だ。
おそらく、万全の状態で俺とヒュウガが戦えば、軍配はあちらに上がるだろう。それを考えると俺は、負けないがためにただちに参戦するべきなのだろう。だけどそれはできない。沙羅のプライドを、汚すことになるのだから。
だけどここで沙羅が負けると、俺は夕凪と闘う前に敗退する。それはそれで、絶対に許されない結末だ。
「大丈夫だ、藤村」
俺の心の中の葛藤を見透かしたように、沙羅は俺に語りかけてきた。その声には、今日初めての優しさがこもった声だった。
「私は負けないから」
それだけ呟くと、沙羅は矢を手に取った。もう一度ヒュウガに向かっていくつもりだ。その様子を見て、ヒュウガは笑ってみせた。笑うといっても、屈託のない笑顔で、心底楽しんでいるようだ。
「良いね、そんぐらいで来てくれないと楽しくないよ」
「その余裕、今に無くさせてやるよ」
「じゃあさっさと撃ってきなよ。先手はあげるから」
そう言って、彼は剣を両手で構えた。いつでも矢を弾き返してやると言わん態度だ。事実、風を操る剣なのだから、それも不可能ではない。その目には、一切ぶれない“楽しむ心”が宿っていた。
そしてそれは、沙羅の方にも伝播しているようでもある。普段ならこの挑発にも乗りがちな沙羅だが、落ちついて次の一手を打とうとしている。
両者構えつつも、膠着状態が続いている。数秒間の睨みあいの後に、ヒュウガの方が音をあげた。
「ちょっと、かかってこいって言ってんだから、早くしてくれよ」
「もう仕掛けてるわよ」
ヒュウガが呑気に一歩足を踏み出したところで、沙羅の布石は発動した。不意にヒュウガの真下からネットが飛び出したのだ。
「なっ……んだこれ?」
「狩人スキルLv1“罠師”、バージョン“捕縛網”」
矢を掴んでいる方の手を、沙羅は手繰り寄せるように動かした。それに従って、目に見えない力で引っ張られたネットは空中に浮き上がった。網が絡まって中で身動きが取れておらず、反撃はできそうにない。
その隙に沙羅は、矢を弓につがえて素早く発射した。その矢は剛弓でもなく他のスキルでもなく、ただの矢だった。まるで、防がれることが分かっているかのような行動だ。
「剣豪スキルLv1“虚空”」
突然、空気中から無数の斬撃が生まれた。突然現れたその斬撃に阻まれて、沙羅の撃った矢は無力化される。そしてその無数の斬撃は、ヒュウガを閉じ込めているネットをも切り裂いた。
咄嗟に受け身を取った彼は無傷だ。地面を転がった際に付着した汚れを払いながら余裕そうにしている。
「どうだい?」
「その隙を待っていたんだけどね」
眉間に皺を寄せたヒュウガが何かを口にするよりも早く、そいつは動いた。ヒュウガが網に掴まったタイミングに沙羅が放った、第二の布石だ。それは、犬の形をしたエネルギー体だった。
狩人スキルLv2“猟犬”。MPではなくスタミナを消費して発動する。膨大なスタミナを消費するが、遠隔操作で操れる犬型のエネルギー体の召喚を行い、一定以上のダメージを受けるまでは戦い続ける。
完全に死角からの攻撃、これは決まったと思ったのだが、そう上手くはいかなかった。
「剣豪スキルLv2“心眼”」
直後に彼は振り返り、沙羅の召喚した猟犬を視野に入れる。そして剣を振りかぶったかと思うと、緑色の空飛ぶ斬撃が空を駆けていた。
三日月形の真空波に切り裂かれた犬は、あっさりと消滅する。それほど相手の攻撃力が高い証拠だ。だけど、沙羅の攻撃はここで終わりはしなかった。
「最後! “居合い撃ち”プラス!」
そう口にした直後、沙羅のMP,スタミナの両方のゲージが一気に消し飛んでゼロとなる。競技場を覆うような巨大な矢が、一瞬にして弓から放たれた。
「“殲滅の大剛弓”!」
背後を取ったが、きっとこれも相手には悟られているだろう。一応は心眼を発動しているのだから。だが、今から奥義のためのエネルギーを溜めている時間は無い。猛スピードで光線のごとき極光の鏃がヒュウガを貫かんと疾走している。
「剣豪スキルLv3……」
勝ちを確信して“殲滅の大剛弓”が当たる瞬間を待つ。もう既に、ヒュウガに打つ手はない。これで詰みだ。
「“居合い斬り”」
網膜を焼くような強烈な光が会場中を包み込んだ。どうやらいたちの最後っ屁のように最後に一矢報いようと何かを放ったようだ。それが沙羅の奥義と衝突して爆発したのだろう。
光で少しだけ目がチカチカしていて、煙が立ち込めている。そのせいで周囲の様子は何も見えなくなっているが、きっと沙羅の勝ちなのだろう。自分は競技場の端に位置しているので、観客席の方が見える。彼らは一様に興奮しているため、勝負が決しているのだろう。
少しずつ煙が晴れて行き、場の情景が見えるようになるとようやく目がチカチカするのも治ってきた。二人の様子を見ると、やはり体力は空になっていた。
ただしそれは、沙羅の体力だった訳だが。
「何で……」
何が起こったのか理解できずただ呆然と沙羅は立ちすくんでいる。それに対してヒュウガは、窮地を乗り越えて冷や冷やしながらも、安堵の表情を浮かべていた。
「あっぶねー」
体力を全て削り取られた沙羅が、闘いの邪魔にならないようにすぐに競技場外に転送される。どうやら、本当に沙羅の方が負けてしまったらしい。
さっき沙羅に剣を向けたように、今度は俺の方に切先を向けてきた。
「さあ少年、どっからでもかかって来な」
言いようの無い不安に包まれつつも、俺は序盤に作っておいたボールを手に取った。
俺はヒュウガに勝てるのか。そんな不安に包まれつつも、後半戦が始まろうとしていた。
勝ちそうな雰囲気が一転してピンチに!
と言う訳で次回は彼が頑張ってくれます。
どっちが勝つのか……皆様の予想通りですが次回もよろしくお願いします。
っていうかいつの間にかメインがこいつになっちゃってるね。
しばらくしたらまた、ずっと神崎姉弟のターンに戻りますけど。




