劣勢……?
開始の合図と同時に三人が動きだした。一応最初は俺は手を出さないようにしておく。ただし、巻き添えを喰らいたくないので闘技場の端の方へと非難した。もう既に、激戦は始まっている。
開始直後の全員の行動はこうだ。まず、相手側の二人が両サイドに散った。そして沙羅は俺の方に向かって片手を出して、ひらひらと動かして向こうに行っていろと伝えた。その合図通りに俺は従う。
次の瞬間に沙羅は上空へと飛び上がっていた。装備品の羽衣の特殊能力で、基本的に実力者はこの装備をつけていることが多い。実際に夕凪と神崎さんがこれを装備している。
「“流星群”!」
矢筒に手を添え、そのまま一本目の矢を錬成する。攻撃範囲の広い技なので狙いを定める必要性は無い。すぐさま弦を引絞って手を離した。弾性力を弓から受けて飛び出した矢は、空中で分裂してその数を増やした。まずは、“弓矢の雨”の効果だ。
飛び出したばかりのそれらの速度は大して速くない。ただしこれらは徐々にスピードを上げて行き、最終的に高速になる。だが、今のところの動きはまだゆっくりだ。
その特性を利用して、沙羅は二本目の矢を作りだす。羽衣で天を舞うようにして、高度を下げた。既にシソとヒュウガはそちらへと走り寄っている。
ヒュウガが、刀身の無い刀の柄だけを取り出した。そこに魔力をつぎ込んで、自分の力で刃を生み出していく。
「“魔法剣・緑迅”」
魔法の力そのものである刃が飛び出し、柄だけだったヒュウガの得物は長剣へと姿を変えた。その刃は緑色に透き通っていて、エメラルドのような姿は見とれるぐらいに美しい。
ヒュウガはその翡翠色の刃で、空間を切り裂いた。その瞬間、三日月形の斬撃が空を駆ける。カマイタチみたいだ、ふとそう感じた。
だが、それに反応できないほど沙羅の反射神経は悪くない。あっさりと体を翻すようにして避けた。シソはというと、まだ攻撃する素振りは無い。
「“剛弓”!」
二本目の矢は、通常のものよりも大きく、貫通力にすぐれる剛弓だ。弓使いの主力とする技で、コストパフォーマンスに優れている。だが妙な事に、隙を突かれたはずのヒュウガに、動揺は見受けられない。
どうしてだ、そう思ったがすぐに思い出した。シソは試作段階からプレイしているユーザー、つまり特殊な武器などが流通する前からこのゲームをプレイしている。オーソドックスな武器にオーソドックスなジョブ、それらを兼ね備えている。
その読みは正しかったらしく、隣のシソが動いた。どこからともなく光の盾を取り出して、仲間を“庇った”。
武器は剣、ジョブはナイトという、極めてファンタジー作品の主人公の王道とも言える姿だ。見た目が中々粗野で、言動が下品なことから少しイメージに合わないのだが、間違いなくそうだ。
ナイトのジョブスキルのLv1、仲間を庇う能力、その名の通り“庇う”。元々二人でストーリーを探検したり、クエストを多人数でプレイする前提のゲームのため、仲間を守るというのには意味がある。そのための能力だ。しかも攻撃を代わりに引き受けた際、自分の防御能力が強化され、受けるダメージは減る。
「やるわね」
「君はそんな風に余裕ぶってる暇は無いよ」
「何ですって」
ヒュウガが不意に、得意げな笑みを浮かべた。どういう事かと沙羅は訝しむが、何の事だか分かっていない。遠くから状況を見渡している俺は、危険を伝えるために声を張り上げた。
「沙羅! 上だ!」
その声に反応して上を見上げてようやく気付いたらしい。さっき沙羅を素通りした緑色の斬撃が、舞い戻って来ている。そう、あれは物理攻撃ではなくて魔法なので遠隔操作も可能なのだ。
不味いと思ってまた回避しようとしたが、状況はさらに悪くなる。突如として、空中でそのカマイタチは無数に分裂した。
「これがこっちなりの全体攻撃さ」
放射状に広がっているので、下に行けば行くほど扇のように攻撃範囲は広くなる。水平方向に素早く移動しようとするが、目の前に氷の壁が現れて目の前を阻んだ。
ヒュウガが、剣を振り上げている。その刃はもう既に緑色ではなく、透明に透き通っている。今現れた氷の壁から考えても、その属性に対応した刀身なのだろう。
「“魔法剣・明鏡”」
沙羅が上空を仰ぐと、もう目の前に真空の刃は迫っていた。そして刹那の後に、それらは沙羅に襲いかかる。体力のゲージが大幅に削られた。それと同時に氷の壁も空気の斬撃にぶつかって砕け散る。キラキラと瞬きながら氷の欠片が舞い散った。
次の瞬間、魔法剣の刀身が藍色に煌めき始める。今度は何だというのだろうか。
「“魔法剣・止水”!」
舞い散る氷の欠片が一斉に融解し、水になる。降り注ぐ水流は重力に逆らって今度は上へと昇り始める。その圧倒的な水量で、沙羅の身体を呑みこんだ。またしても一気に沙羅の体力が減少する。もう既に、三分の一ぐらいしか残っていない。
水の攻撃を喰らった沙羅は、全身びしょびしょになりながらも、毅然とした態度だった。
「やるじゃない」
「まだ余裕があんのかよ、嬢ちゃん。今度は俺がやってやんよ」
ようやく鞘から抜き出されたシソの白銀の剣が光を浴びて瞬いた。本人そっくりな、細身の剣だった。
彼はそのまま刃に魔力を乗せて攻撃力を上乗せさせる。その刃は青色に輝いた。“気剣”系統の上位能力だろう。
「ちんけな技ね、さっきの奴と違って」
「うるせえよ、これでも奥義だぜ」
そのセリフがいささか本当かどうか疑わしいが、MPの消費量を観察してみると、本当に莫大な量を消費している。それにしては、“殲滅の大剛弓”や“神槍グングニル”と比べると攻撃範囲は圧倒的に狭そうだ。
「剣の奥義は“英雄之剣”、魔力とスタミナを消費して、一定時間剣の威力を著しく飛躍させる」
沙羅が逃げていくのに合わせて、シソも真下を追うようについていく。ただでさえHPがなくなってきている沙羅の圧倒的不利だ。さっきからの感じからすると、こいつの攻撃がはずれてももう一人の追撃が来る。
こうなったら俺が加勢するしかない。そう思った俺はボールを錬成した。だが、攻撃の手を止めていたヒュウガがいち早くそれに反応した。睨みつけられた俺は攻撃こそ出来なくなったものの、ヒュウガの意識を惹きつけておくことには成功している。
「そう逃げんなよ、どうせてめえの負けだ」
「そうかしら、試合展開も思い出せないおバカさんはそう思ってるのかしら」
沙羅の挑発的な言葉に、シソは眉間に皺を寄せた。小娘から何度も挑発されてしまっているので、機嫌が悪くなってもいるのだろう。
とうとう沙羅の真下にたどり着いたシソは真上を見上げた。羽衣の能力で空中を移動できるとはいえ、一応は立っているのと同じ向きでしか動けない。つまり実際には空中を歩いている感じになる。
そして、弓は真下には撃ちにくい。そのためにシソは真下に来たのだろう。場数が多いだけあって油断できない。
「これでどうなんだよてめえは手ぇ出せねえだろ!」
「まんまと誘導に乗っかったわね」
「あぁ!?」
ここに来て、ようやく不安げな表情が完全に消失した沙羅がシソをあざ笑うようにして微笑んだ。いや、きっとさっきまでの焦りも全て演技だったのだろう。
沙羅は基本、短気でせっかちだが、弓を手に持つとそれらは見受けられなくなる。じっくりと集中して狙いを定めて、敵を罠にはめる。まるでジョブの、狩人のように――――。
「あんたは知らないみたいだから教えてあげるわ。私の最初に使った技は本来、着弾と同時に爆発するの」
“炸裂弓”も含んだ三種の技合成だから当たり前、だが沙羅はあえて地面に着くと同時に爆発させずにここまで取っておいた。間違いなく獲物を狩り取るために、油断しきったところを叩くために。
事実として、シソは爆心地となるであろうど真ん中で、さっきまで高圧的な態度を取っていたのだから。
「てっめぇ……」
「まずは一人目」
沙羅が親指を立てて下に向ける。それを合図にして、地面から一気に爆炎が立ち上った。黒煙がシソを覆い尽くす中、爆発の起きた一部の岩盤と共にシソの体力ゲージも一気に吹っ飛んだ。
黒い煙の中で、煤を吸い込んだシソが苦しそうに咳をする声だけがしている。それを聞いたヒュウガは顔を一気にしかめた。
「くそ……俺まで気付けなかった」
「次はあんたよ、覚悟しなさい」
空に座する狩人は、次なる獲物を前にして好戦的な目で笑っていた。




