窮地脱出
「腹立つわね、藤村のくせに」
「天野のくせに手ぇ抜いてるのも腹立つけどな」
「うっさい!」
怒りを露わにしているのとは裏腹に、天野は防御を固めた。どうやら自分から踏み出そうという気配はない。距離が変わらないというならばこちらにとっては好都合だ。
だが、その油断を諌めるために遠くから沙羅が注意を呼び掛けてきた。
「藤村! 奥義撃たせない! こっちに余裕が無いから自分で何とかして!」
その言葉に俺はハッとする。そうだ、このままあの天野が大人しく引き下がる訳が無い。これは、攻撃のための防御。どうやら手加減せずにかかってこいというセリフ通りに行動しているらしい。
「残念ね藤村。私の武器はただの槍じゃなくて重槍、突進は可能とはいえ速度が遅いっていう特徴があるわ。ただ、その短所をひっくり返すのが大盾による防御よ」
自分の防御力に関しては絶大な自信がある、と言う訳か。沙羅の言う通り奥義を撃とうとしているのだろう、MPの消費量が半端じゃない。沙羅とアテナが同等の実力と考えると、やはりこれは俺が処理しないといけない。
生半可な攻撃力だとスタミナや時間を無駄にするだけ、ここは全力で攻撃することにする。
「“得点王”……からの“メテオショット”」
メテオショットは単純に攻撃力を強化するスキルだ。確かに俺の覚えている技の中では相当の攻撃力だが、最強でもなく、奥義にも程遠い。
隕石というよりも、彗星のような尾を引いて空気中を弾道が走る。ちんけな盾ぐらいなら貫通できる威力だがどうだろうか。
「無駄なのよね、それが。“光の盾”」
突然に天野の構えた盾が極光を放った。その眩しさに思わず目が眩んだ。悔しくもそのあまりの輝きに目を閉じてしまうほどだ。
目を開くと、天野が無傷だっただけではなく、先程撃ちだしたシュートの方も、跡形もなく消えていた。ボールを残さずにだ。という事はこれは防御でも何でもない。
「攻撃技か……」
「よく気付いたね。その通り、光の盾は正面の狭い範囲にだけど衝撃を飛ばすアタックスキル。サイドとか後ろとかは無理だけどね」
救いといえるのは攻撃範囲が狭いことぐらいだろうか。とりあえずは近接攻撃なのだろう。射程距離は俺の方が上だ。だが、威力は高い。俺の最強に近い威力が消し飛ぶぐらいにだ。
現段階での最高威力の攻撃だったので、これが無力化されるとどうにもならない。着々と、天野は奥義のために魔力を充てんしている。
沙羅の方を見てみると、アテナ相手に息つく暇もない攻防を繰り広げている。さすが、クイックドロウがある分二人はもうとっくに奥義を撃ちあい、打ち消し合ったようだ。残っているMPが半分を切っている。
これ以上よそ見をしている暇はない。普通に奥義を撃とうとした場合、近接武器ならばおおよそ一分、遠距離なら三分の溜めを本来必要とする。もう何だかんだで三十秒は使ってしまっている。残り時間は半分以下。威力を相殺する手立ても無いのだから、喰らったら敗北間違いなしだ。
どうにかして攻撃を当てる手段を考える。盾が邪魔で攻撃が当たらない。当たれば敗北、防御不可能……それならば。
「……錬成」
両手で一つずつボールを作りだす。正直、上手く行くかどうかは駆けのレベルだ。しっかりと狙いを見極める。それだけではない、もう一つ技術がいるのだからよりいっそう集中力がいる。
刻一刻と時間は過ぎるが、焦ったら外すことは間違いない。多少時間を使ってでも狙いを完璧に定める。残り五秒、それぐらいのタイミングにまずは一発目のボールを蹴りだした。だが、そのボールの軌道に競技中の三人ともが目を点にした。
まるで、見当違いの方向に飛んでいったのだから。具体的には、天野よりも右斜め上の方向だ。
「ちょ藤村! どこ撃ってんのよ!」
「ここ一番で外すとかダサすぎるよ」
「沙羅ちゃん、どんまい」
沙羅から心配されるのはありがたく、天野から馬鹿にされるのは腹立たしいがまだ予想できていた。ただ、アテナから心配されると情けなさが極まってくる。
だが、俺は誰に心配されなくても大丈夫だしましてや馬鹿にされる言われも無い。狙い通りにボールは飛んでいったのだから。強力な斜め回転がかかったボールは、左下へと軌道を修正していく。盾の射程外から、天野目がけて。
だが、天野はまだそれに気付いていない。だが、もうすぐ再び視界に入り直すので気付かれるだろう。でも、タイミング合わせもばっちりだった。ボールが飛んで行っている間に天野のチャージは完了した。
時は満ちたと言わんばかりに、天野は盾をどけて身を乗り出すようにした。右手を包み込むように巨大な光の槍が纏っていた。
だが、これが第二の攻撃のチャンス。盾が邪魔ならば本人がどけるのを待つまでだ。そして、投げられる前に決着をつける。
「“音速球”!」
二つ目に作っていた方のボールをすぐさま蹴りだした。今度はまっすぐ飛ばせば良いだけなので大して狙いをつける必要はない。無防備になっていた天野の胴体に、一撃がめり込む。
しかし天野の方には応えている素振りは無い。もはやこの程度の体力消費は大したダメージでは無いと言いたげだ。
「“神槍ぐんぐ……」
いざそのグングニルを投擲しようとしたその瞬間だ。最初に蹴りだしていた方、すなわちカーブを描いていた方のボールが天野の左肩に触れた。
「にるっ”……?」
「炸裂!」
今まさに光の槍が手から離れようとした瞬間に、左肩でサッカーボールが炸裂した。爆風に吹き飛ばされて天野の体勢は崩れる。それと同時に、グングニルはまるで見当違いの方向に飛んでいった。
フィールドをグングニルは抉って進むが、その先には誰も立っていない。フィールドの端にたどり着いた奥義は、虚しくも消えていった。
機転で圧倒的窮地を乗りきった俺を見て、観客席が一気に爆発するようにわいた。この試合は番外編のようなものなので特別に知らせてくれているのだろうか。
「うげ、やられた」
「気を抜いていいのか?」
「抜くかっての」
そこから先の展開は、ほとんどスキルは使わなかった。相手の距離に入りこむか、自分の距離を保つか、それだけの闘いだった。特に天野は半分以上のMPをロスしたので、節約せざるを得ない。
時折天野が俺の懐に入り込み、俺は槍の突きを回避し、相手の動きが遅い事を利用して広い空間へと逃げ出る。だが、沙羅達の闘いのとばっちりに合わないように逃げるのは中々に頭を使う。
そうこうしながら闘い続けていると、いつの間にか十分が経っていたようだ。
「それでは、本来の対戦の方に戻りたいと思います。どうぞ、バトルフェスティバルを引き続きお楽しみください」
その放送と共に戦闘は中断される。天野も沙羅もアテナも、攻撃の手を止めた。向こう側はどうやら、アテナの方がやや有利な状況に終わったようだ。
「差し引きゼロ、引き分けってとこね」
「……次は負けませんよ、アテナさん」
「次こそ私が勝つからな」
「期待せずにその時を待っててくれ」
実はもう調べているから知っている、この二人と対戦するためには夕凪に勝つ必要があるということに。正直俺は夕凪との戦いが終わった後にまだ闘う気力があるのか分からない。
それ以上に勝てる気もしない。二人合わせての実力なら神崎さん達の方が上だ。多分あの二人がリベンジする機会は、ないんだと思う。
それでも、その時までは絶対に負けられない。今から始まる試合のために、喝を入れなおした。




