鬱屈する沙羅
三人称になりました。
ですが、メインは沙羅になります。
前半の沙羅、想像すると怖いです。
「あぁー、もう! ムカつく!」
静かな所でひっそりとしておきたいと思った沙羅は、とりあえず集会所に来ていた。噂に聞いていた通り、バトフェスに集中しているため、誰もクエストをしている者がいない。
運営の人すらも、設置されているテレビでフェスの方を観戦している。誰も自分のことをじろじろと眺めてくる者はいない。そのように判断できたので、沙羅は怒りをぶちまけた。
いきなり何だろうと運営の女性がじろりと見てきたが、沙羅は気にする素振りも無い。下手したら壊してしまうんじゃないかと思うぐらい強い勢いで、机を殴りつけた。
イライラしている原因は、彼女自身分かり切っている。
「ほんっと何なのよ藤村の馬鹿野郎は!」
彼女がこんなにもご立腹な理由は、先程のやりとりである。いつも通りログイン、さて、今日の試合も頑張ろうと意気込んでいると、相方が昨日の対戦相手と仲よさげに話していたのだ。
初めて沙羅、自分自身と会った時にはろくに口も聞かなかったくせに、あの対戦相手の女の人とはほぼ初対面で流暢に話している。その事実に、心の底から苛立ちの炎が立ち上がってきた訳だ。
現実としては、藤村としては相手の女子との会話を楽しくは思っていなかったため、より一層藤村が不憫なのだが。
「それとも何? 私が怖いって事?」
確かに目つきが悪いのは自分自身でも分かっていた。彼女が幼稚園時代に友達を睨んだだけで泣かせた回数は数えられない。小学校時代は近付くだけで顔を引きつらせるクラスメイトもいた。今では、怒った顔はちょっとした不良よりも怖いと言われているぐらいだ。
なまじっか顔が整っているだけ残念だと噂されているのも知っているが、彼女はいつも余計な御世話だと気にしないでいた。
「それに紫電が羨ましいって何様だぁっ!」
カナリアみたいな人とコンビを組みたい、そのように藤村が口にしたとも沙羅は勘違いしている。実際は、あの二人みたいに息の合った動きができるよう、自分も強くなりたいという意味だったのだが。
沙羅が最後まで聞かなかったのが原因であるため、やはり不遇なのは藤村だったりする。
「あんなんと比べんなよ! あれより綺麗な奴なんかそうそういるかぁ!」
叫んでから沙羅は考える。そう言えば、神崎 美波も同様に綺麗だったなあと。その彼女と容姿の似ているアテナも凄い美人だ。
ここで沙羅がその三人を引き合いに出して勝手に僻みだすのだが、初対面で自分も美人だと言われたことを忘れている。ちゃんと自分も褒められていたのに、忘れてしまっては藤村の不憫さがより一層際立つ。
「やっぱり可愛らしく振る舞う方が良いのか……」
そもそもその喋り方もどちらかと言うと男子に近い。昔からこんな風に強気な性格だったのに、かなり言葉も男らしい部分がある。
「お客様、少々五月蠅いです」
「あ、すいません!」
後ろから、注意されたので振り返って謝ってみる。しかし、振り返ってみてから彼女は目を見開いた。運営の者が注意しに来たと思ったら、そこには違う人が立っていたのだから。
「……見覚えあるわね。何の冗談?」
「いや、ちょっと話してみたくてね」
振り返った所に立っていたのは、小柄な少年だった。小柄、と言っても自分と同年代にしてはという意味で、女子にしては高めの沙羅よりも少し背が低い程度だ。黒い髪の毛が短く切りそろえられている。
顔からはとても幼い印象を受けるが、中身はとても大人びているのだと、藤村から沙羅は聞いたことがあった。それにしても、遠巻きに見ているよりも随分格好良い顔立ちだ。
「親友の相方調査? 親友奪われて妬いてるの?」
「あー、それもあるんだけど……美波に勝った人を見てみたくて」
そう言えばこの男のパートナーは神崎 美波だったと思い出す。顔立ちもそっくりで、髪の毛を取り変えたらほとんど見分けがつかなさそうだ。
「確かに勝ったけど、あの時その人は……」
「風邪引いてたんだよね。本調子だったら結果は逆だっただろうし」
「喧嘩売りに来たの?」
まさか、と彼は首を横に振った。それにしてもなぜ、自分がここにいると彼が知ったのか理解できない彼女は首を傾げた。
「いやー観戦してたらさ、後ろで痴話喧嘩が聞こえてきてさ。女の人が一方的に怒ってて……そしたら知ってる人だったんだ。後、喧嘩は売ってないよぉ。美波を信用してるだけ」
「素晴らしき兄弟愛ですこと」
わざとらしく冷淡な溜め息をついてイザナギを見下ろした。余裕を持ち続けているように見せかけようとしたのだが、その逆に余裕なんてないと気付かれているような気もする。
やはり姉の美波同様にそういう面はやりづらい。
「そう言えばさっきのデカイ独り言聞いてたんだけど……」
「うっ……」
己の失態を呪いながら、沙羅は赤面する。まさか途中から誰かが入ってくるとは思っていなかったのだから。
「あんた英明好きだよね?」
「ハア…………? ……………………いやいやいやいや! 無い! ない! ナイ!」
「顔真っ赤にして否定しないでよ。僕そこまで鈍くないんだけど?」
「……顔の割に可愛くない」
「あんたに言われたくなーい」
その一言に心を抉られたかのようなダメージを受ける。だが、それも気にせずにイザナギは一人で喋り続ける。
「まあ、気持ちは分かるよ。英明そこまでカッコよくないけど、悪くはないから顔は女子から見ても及第点だと思うんだ。でも、英明に限っては容姿なんて大して関係無いけどね」
「じゃあ何だって言うのよ」
色々と複雑な思いが胸の中で渦巻いて、声が裏返る。それを聞いてイザナギはクスクスと笑いだした。これこそが余裕だよ、そう伝えるかのように。
「何笑ってんのよ」
「いや、たまに、ほんの極稀には女子っぽいのかと思うと、英明に伝えたいくらいだよ」
「余計な事したら分かってんでしょうねぇ」
はいはいごめんごめん、適当にあしらいながら彼はさっきの話に戻す。英明の何が最も優れているか、についてだ。
「僕が唯一心を許せる親友だ。こっちの方が、もっと強い」
そのまま彼は、自分の胸元を指差した。心の方が強いと言いたいのだろうか。
「その英明にあんな態度を取り続けるなら、僕の方から文句を言うよ」
「それこそあんたに言われたくない」
「……まったくだ。言い返されちゃったね」
「その親友って言葉、本人にもちゃんと言いなさいよ」
それを伝えるために藤村は死に物狂いで頑張っているんだから。そう伝えようとしたが、伝えずに心の中にしまい込んだ。その言葉は、きっと藤村の方から伝えたいだろうし、聞きたいだろうから。
だからここでは、沙羅は何も言わない。
「当たり前でしょ」
「……そう。偵察される前に戻ることにするわ」
「どうぞどうぞ。向こうは美波と楽しげに話してるはずだから」
「えっ、どういう……」
「だから、英明と美波が仲よさげにクラスメイトトークしてるから、邪魔しに行った方が良いんじゃないかな、と。あ、でもさっき違うって言ってたから行かなくてもいっか」
ホントに可愛さ余って憎さ百倍だと毒づきながら沙羅は集会所を走って出て行った。沙羅が出て行ったかと思うと、入れ違いにイザナミ……美波が入ってくる。
「ただいまー。収穫あり。やっぱり夕凪の予想通りね」
「やっぱり? だとすると、英明は最終的に結構強くなりそうだね」
楽しそうに夕凪が微笑むのを見て、美波は怪訝そうな顔をする。
「どうしたの? 変な顔して」
「いや、英明にも春がきたかなー、と」
「はあ? 言ってる間にもう夏よ」
「そうじゃないんだって」
観戦に戻るために夕凪は集会所を出ていく。そう言えば、もうすぐ藤村と沙羅の二人組の二人組の試合だったと美波も思い出した。
与えられたヒントが少なくて混乱する美波を尻目に、夕凪は楽しそうに笑ったままだった。
あ、ちなみに作者としては沙羅みたいな女子を見たら速攻で逃げます。




