不幸な藤村くん
我ながら、かなり危機的な状況に立たされているなと感じている。一体どうしてこうなったのかも見当がつかない。普通にいつも通りログインしただけのつもりだ。
まあ、普段と少し違うところがあるとすれば、昨日の対戦相手の人がフレンドリーに話しかけてくれたことだろうか。昨日の試合で、奇跡的に俺一人で勝つことができた、父と娘の二人組、話しかけてきたのはそのうちの娘の方だ。
たまたま競技場の方に試合を観に来たら、どこかで見たような顔を見つけたらしい。よくよく思い返すと昨日の対戦相手の少年だったと気付いたようだ。
実際は向こうの方が年上らしいがやたらと背が低いために、“少年”と呼ばれるのには抵抗がある。だが、それを口にするとまたしても試合の時のように怒りだすのだろうと思うと、言えるはずもない。
とりあえず、友達に絡むような彼女を無下に扱う訳にもいかず、緊張で竦みそうになる自分自身を落ちつけて、接待中だった。幸い、今はもう彼女は去って行ったため、もう話を合わせる必要も無い。
だが、今の俺はもっと面倒な事態に直面していた。
「えっと……沙羅……」
「何?」
振り向いた沙羅の表情は五分前からずっとこうだ。眉間に皺を寄せたまま殺気を飛ばしている。何か気に入らない事でもあったのだろうか。ちなみに、このように殺気を飛ばしてくるのは珍しい事ではなく、俺が原因の時も八つ当たりの時もある。
沙羅が来たおかげで、小さい高校生がどこかに行ってくれたのは大助かりだがまさか八つ当たりの被害にあうとは。今日はまだろくに会話もしていないので怒らせているはずもない。
「機嫌悪いけど、どうした?」
「あ? 五月蠅いから黙っててくれる?」
思っている以上に沙羅の怒りは深刻なようだ。今までとは違い、八つ当たりのはずなのに、俺に向かって異常なまでの怒りをぶつけてくる。
いや、もしかしたら俺が何かしたのか。理不尽に、無関係の人間に勝手に怒るほど、沙羅は馬鹿ではない。もしや、昨日自分が戦えなかったから……それに、神崎さんに嘗められた雪辱を晴らす邪魔もしてしまったしな。
「そうカリカリすんなって。相談ぐらいのる……」
「黙れって聞こえなかったの? しばらく話しかけないで。ベラベラ喋りたかったら他の人と喋ってれば?」
そう言われた俺は、ムッとする以前に恐れを感じた。普通、ここまで酷い扱いを受ければ俺だって少しは苛立つが、この沙羅の恐ろしさを前にするとい、それすらも湧いてこない。むしろ逃げ出したい気分だ。
一応、辺りの様子を窺って見るが、見知った顔なんて無い。というかこのゲームをやっている人間での顔なじみなんて、沙羅と学校の友達とせいぜい天野の相棒のアテナが限界だ。都合良く知り合いが近くを通りかかるだなんて思えない。
話す相手もいないので、黙って試合でも見ておくことにする。今戦っているのは、紫電という人だ。圧倒的窮地に陥ったように見えたが、相方の女性の力で守られる。そして、今度は自分の番だとばかりに奥義を発動した。
「羨ましいな、奥義……」
サッカーボールを武器とする俺に、奥義に相当する威力の攻撃は無い。だから、ここからの対戦中に、相手方に奥義を使われるようなことがあったら、まず確実に喰らうしかない。
沙羅は……カタストロフィって言ってたっけな、そんな奥義があるはずだ。弓だから、昨日神崎さんが勝負を決する時に使ったあの技と一緒のはずだ。
天野にも、神槍何とかっていうのがある。魔法銃使いのアテナ、夕凪にも何かしらがあるらしい。バリアという武器ですらないものにもある始末。やはり、変な武器には奥義なんてないものである。
「紫電……羨ましいな」
誰もが認める実力者、紫電。もちろん大剣はかなりメジャーなものなので、今使っていたような高威力の奥義もある。それよりも、あんな風に息の合ったコンビがいることが羨ましい。
俺はまだ、沙羅の足を引っ張っているだけのような気がする。確かに戦えるようにはなってきたが、それでもまだ沙羅には及ばない。ピンチになったら余裕のある沙羅がこっちも護ってくれる形だ。奥義を撃たれた時には、沙羅がカタストロフィで何とかすると言っている。
「何が羨ましいの?」
嫌なものを見るような目つきで、沙羅はこっちを睨んできた。どうやら、独り言が聞こえてしまったらしい。というか、嫌いなものを見るのと同じ目で俺を見ないでくれ。
「相方と、あれだけい……」
息が合った動きができるのは凄いよな、そう続けようとしたその時だ。少し落ちつきかけていた沙羅の目つきがまた鋭くなった。まだ言葉を言いきってもいないし、地雷を踏んだ覚えもない。
なんで今日の沙羅はこんなに理不尽にまで怒ってるんだ?
胸に鋭い痛みが走ったかと思うと、俺は沙羅に胸元を鷲掴みにされていた。
「カナリアと比べて単細胞でとっつきにくい相方で悪かったわね」
いきなり俺は胸を押されて突き飛ばされた。急に重心を崩されたので盛大に尻もちをつく。本当に、今日の沙羅は一体何だって言うんだ。
今度こそ本当に俺が怒らせてしまったのだろうか、沙羅は俺に背を向けて歩き出した。しばらく一人にさせろという感じである。
着いて行ったらまた怒鳴られるというのは経験則で分かっている。今まで何度謝ろうとして追いかけたら怒鳴りつけられたことか。
「今日はあたしだけで闘うから」
冷淡な声で、沙羅はそう口にする。昨日の俺を労っている……とは考えにくい。
「私だってちゃんと強いって教えてあげるから」
いや、元々弱いだなんてこれっぽっちも思っていない。昨日の俺と比べて沙羅はずっと強い。そんな事分かり切っているのに今さら何を証明するというのだろうか。
「りょ、了解」
もはやそれしか言えない。次第に遠ざかって行く沙羅の背中を見ながら考える。もちろん、今日どうしてあんなに機嫌が悪いのかについてだ。
去り際に「いっぺん死んでこい」と聞こえたのは、きっと気のせいだろうと思っておこう。
友達(夕凪)は引きこもり、相方は勝手にキレる。
そして頼る相手もいない藤村くん。
じつは沙羅がいないと藤村は全然知り合いがいないようですね。
次回、珍しく沙羅が視点になります、では。




